第84話:信念なき剣
ラスカトニアの広場の中心で、金髪の女性とボルトが対峙する。
警戒心を強めながらもボルトは努めて平静を装いながら口を開いた。
「まさかナンバリング魔術士、しかもナンバーワンに会えるとはな」
「だから違うと言っているでしょう? その頭には筋肉でも詰まっているのかしら」
女性は深いため息を落とすと、胸の下で腕を組む。
リセはそんな女性を見上げると、不安そうな表情で言葉を紡いだ。
「シロ……?」
「ええ、シロです。それよりあなたは下がっていなさい」
シロはリセの顔を一瞥するとすぐにボルトへと顔を向け、淡々とした調子で言葉を発する。
ぶんぶんと顔を横に振りながらリセは返事を返した。
「それは、だめ。私も戦う」
「あら。その状態のあなたに一体何ができると言うのかしら」
「そんなこと―――えっ?」
シロに言い返そうとしたリセの体から、一瞬にして力が抜ける。
しっかり立とうとするリセだったが、四肢に力が入らない。
シロは風を操って倒れそうになるリセの体を支えると、呆れた様子でため息を落とした。
「ごらんなさい。あなたの体はとっくに限界ですわ。あのうるさい子どもと同じくね」
「…………」
リセは言い返す体力もないのか、悲しそうに眉を顰めながら暖かい風に身を委ねる。
そんなリセの姿を横目で見たシロは持っている杖を横に振った。
「わかったなら、下がっていなさい」
「あっ!?」
リセの体を支えていた風はそのままリセの体をレウスの隣まで運ぶ。
少し遠くにリセを運んだシロは無事着地したことを確かめると再びボルトへと視線を戻した。
「おやおや。ナンバーワンは鉄の女と聞いていたが、随分とお優しいことで」
「わたくしは邪魔者を排除しただけですわ。それにーーー」
「っ!?」
特に感情の灯っていなかったシロの瞳の奥に、ドロドロとした闇が満たされていく。
その瞳に根源的な恐怖を感じたボルトは思わず唾を飲み込んだ。
「不用品は徹底的に廃棄しなければなりませんもの」
「ふっ、ふふ。噂もあながち間違ってはいないか。これほどの殺気を感じたのは数えるほどだ」
ボルトは額から冷たい汗を流しながら、目の前のシロを見返す。
シロは小さく息を落とすとさらに言葉を続けた。
「わたくし無駄な問答は嫌いですの。今すぐ泣いて謝るなら楽に殺してあげますわ」
「へっ。そりゃどうも……!」
ボルトは脳内で呪文を詠唱し、振り抜いた腕から雷をシロに向かって発射する。
しかしシロは眉ひとつ動かさず杖を自身の体の前にかざすと、シールドを生成して雷を弾いた。
「このわたくしに挑むだけでも愚かしいのに雷を使うなんて。笑いを通り越して呆れますわね」
「なっ。無傷、だと?」
「わたくしの本来の属性は雷。そのくらい調べておきなさいな」
シロは呆れた様子で顔を横に振る。その仕草に一瞬の隙を感じ取ったボルトはレールのような雷を四方に伸ばし、高速で移動を始めた。
「なら、こいつはどうかな!?」
「…………」
「見切れまい! この速さは魔術士には驚異的だからなぁ!」
ボルトは常人の目では残像すら捉えられない超スピードで移動し、シロの目が自分の目をとらえていないことを確認すると背後へと回り込む。
右拳を握りこんで体の後ろに引き、シロの後頭部に拳を突き出した瞬間、シロは盛大なため息を落とした。
「はぁ」
「へぶっ!?」
シロのため息と同時に、圧縮された風の拳がシロの体を中心に四方へと発射される。
その拳はシロの背後にいたボルトの腹部も的確にとらえ、ボルトは攻撃をやめて膝を着いた。
「見切るも何もありませんわ。見えないなら全方位を破壊すれば良いだけのこと」
「き、貴様。あのガキどもがどうなってもいいのか!?」
シロの放った攻撃はリセたちのいる方角へも飛んでおり、リセたちの背後の壁はところどころ痛々しく破壊されていた。
シロはそんな壁を見ることもなく返事を返し、さらに風の拳をボルトに向かって発射した。
「知りませんわね」
「あがぁあああああああ!?」
「あなたは自身の非道さを“戦闘経験”と言い換えてましたけれど、わたくしから見れば何のことはない。ただ卑怯なだけですわ」
「ぐっう……!」
シロの言葉を受けたボルトは悔しそうに奥歯を噛み締め、シロを真っ直ぐに睨みつける。
シロは杖の先端をボルトに向けると、感情の灯っていない瞳で言葉を続けた。
「魔術はもっと気高いものです。あなたの頭では一生わからないでしょうけれど」
「へっ。無駄口叩くのはやめときな。上を見ろ!」
「…………」
いつのまにかシロの頭上には暗雲が立ち込め、その中で不気味な雷音が響いている。
まるで飢えた獣の唸り声のようなそれは、低く重くその場に響いた。
「汝に紡ぎしは雷帝の抱擁。拡散せよ、閃光の宴。”ライトニングディザスター”!」
ボルトの呪文詠唱に呼応し、強力な雷撃が辺り一面を無差別に襲う。
しかしその一撃が地面に到達するより前にシロは杖を天にかざして口を開いた。
「ライトニング、キャンセラー」
「なぁっ!?」
雷の進行方向に波紋が広がり、その波紋の中に雷が吸い込まれて消えていく。
まるで初めからなかったように無数の雷と雷雲はその姿を消し、広場の上空には青空が広がった。
「いくら上級魔術でも、魔術士が低脳ではこの程度。キャンセルするのは造作もないことですわ」
「…………」
シロは見下すような視線でボルトを射抜きながら髪を風に流す。
ボルトは俯いた状態で、その表情をうかがい知る事は出来なかった。
「筋肉ダルマの分際で人の言葉を話せたことは誉めてあげますわ。でも―――」
「へ、へっ。無駄な問答は嫌いなんだろう!? そんな事言ってる間に、こっちは準備完了だぜ!」
「あら」
ボルトの右腕に金色の雷が集結する。
やがて雷は巨大な剣の形となり、ボルトの右手を剣に変えた。
「俺のオリジナル魔術ライトニングブレード。キャンセルできるものならしてみるがいい!」
ボルトは一瞬にしてシロとの距離を詰めて自身の剣の射程範囲に収める。
移動スピードすら力に変えて、上段からシロに斬りかかった。
「……クイーン・オブ・ライトニング」
「なっ。受けた!?」
ボルトの渾身の一撃。しかし振り下ろされた剣を青白く輝く貴婦人の杖が受け止める。
独自の理論で生成されたオリジナルの魔術をキャンセルすることはできない。しかし、魔術で受ける事はできる。
シロは貴婦人の巨大な杖で剣を受け止めたまま口を開いた。
「ヌルい剣ですわ。信念も、意地すらも感じられない。そんなものでは何も貫けませんわね」
「そん、な。俺のとっておきを……」
ボルトは失意のまま数歩後退り、恐怖の表情を浮かべる。
そんなボルトに対し、シロは眉ひとつ動かさず自身の杖の先端を突きつけた。
「―――お死になさい」




