第82話:弱いのは誰か
「るぁぁああああああああ!」
「はぁああああああああ!」
街の広場に響く轟音。レウスとボルトは突き出した互いの拳を容赦なく打ち付ける。
その度に衝撃波が町中を駆け抜け、ビリビリとした感覚が遠くから見ているリセの頬に届いた。
「チッ、早い……! まるで別人だな」
稲妻による加速を繰り返す自分のスピードについてくるレウスを忌々しそうに睨みながら、次の移動先へと稲妻を走らせるボルト。
空中までも自分の移動先にして縦横無尽に空を駆け抜けるボルトに対し、レウスは驚異的な跳躍力と脚力を用いて攻撃を叩きこむ。ボルトもレウスの攻撃に反応してはいるが、次第に防御一辺倒になる機会が多くなってきた。
「グォアアアアアアアアアアアア!」
「っ!? おも、い」
最初は片手で制していたレウスの拳が次第に止められなくなり、ついに両手をクロスさせて防御するボルト。
兵士から傭兵、そして魔術士として転身したボルト。その戦闘経験は裏魔術協会でも指折りだろう。しかしそんな彼の記憶の中でもこれほどの突破力を持った拳は数えるほどだった。
「レウス。すごい……」
ボルトのスピードに翻弄されることなく拳を叩きこんでいくレウスを、リセは曇りのない瞳で呆然と見つめる。
やがてボルトは悔しそうに奥歯を噛みしめると、両手につけていた手袋を地面へと落とした。
その瞬間舞い上がる粉塵が広場を包み、手袋の落下先にあった石畳は見るも無残に砕け散る。
軽くなった両手をぷらぷらと動かしたボルトは地面に降り立つと、迫ってくるレウスを真っ直ぐに見据えて吠えた。
「調子に乗るなよ小僧。リミッターを付けているのは貴様ひとりと思うな」
「ガッ!?」
近づいてきたレウスに、見えない何かが突き刺さる。
気づけばレウスは顔面から鮮血を噴き出しながら、くらくらと頭を揺らしていた。
「そんな。残像も捉えられない」
レウスの様子から察するに、ボルトの攻撃を受けたのは明らかだろう。しかし、その動きが全く捉えれない。
これまでは残像だけはかろうじて見えていたが、今の攻撃はそれすらもとらえられない。
攻撃を受けたという事すらわからず、確かなダメージだけが事実として残る。レウスはその事に気づきながらも吠えることで己を鼓舞して右拳を突き出した。
「グァアアアアアアアアアア!」
「遅い」
「ガゥッ!?」
いつのまにかレウスの頭部は横に揺れ、ぐにゃりと歪んだ視界の中で腹部の激痛を迎える。
遠目から見ているリセですら、腹部と頭部に攻撃を受けたことを“推測”するのが精いっぱいだった。
「見えない左、クイックボルト。気づいた時には殴られている」
ボルトは右拳を解きながら膝が笑っているレウスを見下して小さく息を落とす。
それでもレウスはボルトを真っ直ぐに睨みつけていたが、その頭部は上方からの圧力によって地面へとめり込んだ。
「強靭なる右、ガルムストライク。その一撃は全てを断ち切る」
「ガ、ア……」
地面にめり込んだレウスの頭部。その瞳から光は消え、力なき咆哮だけが微かに広場に響く。
あまりにもあっけない幕切れに、リセはかたかたと震えながら言葉を落とした。
「レウ、ス」
「まあ、よくやった方だろう。裏魔術協会でも俺の右に耐えられる者は―――」
「オァアアアアアアアアアア!」
「なっ!?」
右拳の下に沈んでいたレウスの頭が持ち上がり、光を失ったはずの赤い瞳が再びボルトをとらえる。
その全身からは鮮血が溢れ、泥だらけになった顔面からは生気が感じられない。しかしそれでも意思は萎えていないのか、レウスの両目は静かにボルトを睨んでいた。
「レウス!」
リセは心配そうに眉を顰め、両手で握った槍の柄を持ち直す。
実はずっとリセはレウスのアシストをするタイミングを読んでいた。しかし自分が対峙しているならまだしも、戦闘の中に割って入るのは容易なことではない。まして下手に参戦すればそれが隙となり、レウスを傷つけてしまいかねない。
そうしてリセがボルトの隙を探っている間にボルトは次なる標的を睨みつけた。
「ちっ、仕方ない。ならばこれはどうする?」
「っ!」
「あぶない! お兄さん!」
ボルトは広場の端で倒れている職員に向かって稲妻の道を作ると、それに乗って高速で移動する。
その移動力に乗せる形で突き出した拳が職員の顔面を捉えようという刹那、レウスは自身の額でその強靭な拳を受け止めた。
「グッ」
「そうだ。そして、それが貴様の弱さだ」
自身の攻撃がクリティカルヒットしたことを確認し、ボルトは左拳の連撃をレウスの小さな体に叩き込む。
すでに限界を超えていたレウスの体はその攻撃をもって意識を断ち切り、まるで糸の切れたあやつり人形のように地面に転がった。
「ァ……」
「正義は時に、弱さとなる。そんな男ひとり見捨てられないから、貴様は負けたのだ」
ボルトは楽しそうに笑いながら、意識を手放したレウスの頭を踏みつける。
そんなボルトの背後に、前髪で両目が隠れたリセが降り立った。
「ちが、う」
「あ?」
消え入りそうなリセの声。しかしその言葉を確かに聞き取っていたボルトが不機嫌そうに聞き返すと、リセはその青い両目でしっかりとボルトを見つめながら言葉を続けた。
「そんな男ひとり見捨てられなかったんじゃない。“そんな男ひとり倒せなかった”のが、あなた」
「っ!?」
妙に力のあるリセの言葉に息を飲み、両目を見開くボルト。
しかしその言葉の意味するところを理解すると、怒りに歯を食いしばりながらその両拳を静かに握りこんだ。




