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第81話:雷の拳

「速さと強さを兼ね備えた存在、雷。そのチカラ全てを手に入れた俺に死角は無い。子どもといっても手加減しないぞ」


 ボルトは両手を包んでいる厚手の手袋の位置を直しながらレウスを見下ろし、嘲笑するような表情のまま言葉を発する。

 レウスは両拳を打ち鳴らすと、挑戦的な笑みを浮かべながら返事を返した。


「へっ、そりゃありがてぇ。手加減なんかされたら気持ち悪くってしょーがねぇや」

「言うじゃないか小僧。なら少し遊んでやろう」

「っ!?」


 ボルトは自身の両足の下からレウスの背後に向かって電流を生成すると、その上を超高速で移動する。

 結果的にレウスの背後まで瞬間的に移動したボルトはレウスの頭部に回し蹴りを放つが、背後からの殺気に本能的に反応したレウスは咄嗟に手甲で回し蹴りを防御した。


「この攻撃に反応するか。なら、この拳はどうかな?」

「ぐっ……!」


 回し蹴りを放った後の状態から間髪入れず、ボルトは自身の右拳からレウスの頭部までの間に雷を生成する。

 まるで狙いをつけるように右拳を前に突き出していたボルトだったが、気づいた時にはその拳がレウスの眼前にまで迫っていた。


「ぐっう!?」


 またしても驚異的な反射神経によって鉄製の手甲をボルトの拳との間に入れ、攻撃を防ぐレウス。

 突き出した拳を防がれる形になったボルトだったが、その表情には余裕が感じられた。


「ほう。なかなか良い手甲だ。しかし―――」

「なっ!?」


 ボルトの拳をしっかりと受け止めていたはずの手甲が、ボルトの拳を受けた部分からひび割れ始める。

 やがて鉄のように強靭な手甲は、ガラスが砕けるようにパラパラと四散した。


「はや、い。見えなかった」


 二人の様子を見ていたリセはボルトの拳のスピードが遠目からでも追えなかったことに驚愕し、両目を見開く。

 レウスはバックステップを繰り返してボルトとの間に距離を取ると、砕けた右手甲を庇うようにしながら勝気な笑顔を浮かべた。


「へっ、ビビんなよリセ。手甲なんざまた造ればいいんだからな」

「創術か。その年で見事なもんだ」


 ボルトは突き出していた拳を引きながら態勢を整えて言葉を発する。

 レウスはにいっと笑いながらもボルトの攻撃を警戒し、じりじりとすり足で距離を離した。


「すげえ創術師が周りにいたもんでね。教えてもらったのさ」

「それは結構。しかし、俺とお前たちとの間にある戦力を埋めるほどではないな」


 両手を左右に広げ、やれやれといった様子で顔を横に振るボルト。

 レウスは先ほど見たボルトのスピードを見切れる距離に来たことを確認すると、両拳を上げてファイティングポーズを取った。


「そいつはどうかな? やってみなきゃわかんねーよ」

「いや―――わかるさ」

「あっぐ!?」


 ボルトは先ほどよりもさらに速いスピードでレウスとの距離を詰め、レウスの腹部にボディブローを叩きこむ。

 その様子を見たリセは、反射的に叫んでいた。


「レウス!」

「見たところお前はスピードに自信がありそうだが、俺との差はどのくらいだ?」

「っ!」


 ボルトは右手を振って雷を生成すると、それをリセの背後まで線路のように伸ばす。

 その雷に両足を乗せると、ボルトは超高速で空中を移動してリセの背後を取った。


「くっ……!」

「ははは。遅い遅い」


 リセは背中の翼を羽ばたかせて空中を移動するがボルトはリセの移動先に素早く雷のレールを伸ばし、リセよりも一手早く移動する。

 ボルトの姿を視界に認める度に移動先を変えて常人には見えないほどのスピードで空中を縦横無尽に進むリセだったが、ボルトはその上を行くスピードで空中を移動してリセの行く手を阻んだ。


「はぁっはぁっ……はっ!?」

「確かに速い。が、俺には及ばない」


 息を切らせて地上に降り立ったリセの隙を突き、ボルトは握りこんだ拳をリセの顔面へと突き出す。

 圧倒的なプレッシャーと共に近づいてくる拳にリセが両目を瞑ったその時、広場を包むように建てられている家の外壁を駆け抜けたレウスが二人の間に割って入る。

二人の間に入ったレウスは両腕をクロスさせてボルトの拳を受け止めた。


「レウス!?」

「へぇ、小僧まだ動けたのか。頑丈な奴だな」


 いつのまにか目の前に割って入ってきたレウスを見たボルトは、少しだけ楽しそうに言葉を発する。

 レウスはそんなボルトの言葉に反応することなく、背後のリセに向かって質問した。


「リセ。職員の兄ちゃんと住民はどうなった?」

「お兄さんは、痛みで気絶してる。住民は、みんな避難した」

「―――そうか」


 リセの言葉を受けたレウスは弾くようにボルトの拳を跳ねのけると、乱れた呼吸を繰り返す。

 明らかにダメージを残しているその様子を見下しながら、ボルトはさらに言葉を続けた。


「心配するな小僧。お前たちを殺したら、逃げた連中も全員同じ場所に送ってやる」

「へっ。それを聞いちゃ引き下がれねえな。どうせもう隠す相手もいねぇんだ、こっちも本気で行かせてもらうぜ」

「……何?」


 先ほどとは少し違ったレウスの雰囲気と言葉に、眉をひそませるボルト。

 リセはレウスの言葉の意味するところを理解し、声を荒げた。


「っ!? レウス、だめ!」

「おああああああああああああああ!」


 レウスは自身の中の衝動を全て解放する。

 全身からは漆黒のオーラが溢れ、黒光りする角の下で赤い瞳が妖しく輝く。

 体に感じるプレッシャーを受けたボルトは、驚愕の表情を浮かべながら口を開いた。


「なんだこの気迫は。こいつ、本当にガキか!?」

「こっからが本番だ。このクソパツキン野郎」


 レウスの言葉は低く低く響き、ボルトの腹部に重く不快な感覚を覚えさせる。

 それが人の根幹に根付く恐怖だと気づいた時、ボルトは険しい表情で言葉を続けた。


「竜、族……! こんなところで会うとはな」

「レウス……」


 正体を明かしてしまったレウスを、リセは心配そうに見つめる。

 やがてボルトは状況を冷静に分析すると、高笑いを響かせた。


「ふふ、はははは! 作戦変更だ。竜族のガキはバカみたいな値段で売れる。こいつを捕まえない手はない」

「やってみろやエセ軍人。捕まえようとしたその手を、粉々にぶっ壊してやる」


 レウスはいつのまにか生成した両拳の手甲を打ち鳴らし、態勢を低くしながら拳を構える。

 その姿に言いようのない脅威を感じたボルトは、真剣な表情で真っ直ぐにレウスを見据えた。


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