第80話:裏魔術協会ナンバー3
リリナがサイコと戦闘を始めるより少し前、レウスとリセは駆け足で爆発現場に向かっていた。
魔術協会の職員も住民避難のため向かっているはずだが、新人なのかどこか頼りない。
そんな職員を心配したレウスとリセは、煙が上がっている場所に向かって一直線に走っていた。
ほどなくして住宅街の中にある広場が見えてきたが、その広場の周辺にある家の外壁はことごとくボロボロになっている。
爆発の中心地と規模は不明だが、この一帯が非常に危険な状況であることは子どもである二人にも理解できた。
「爆発現場はここか。さっきの職員はどこだ?」
「あそこに、いる」
職員を探すレウスの隣で、広場の中心を指さすリセ。
その方角に視線を向けると、必死に住民を避難誘導する職員の姿が見えた。
「お、落ち着いてください! 落ち着いて避難を! だ、大丈夫だから落ち着いて!」
職員は質問攻めにあいながらも、懸命に住民たちを避難させようと誘導する。
しかし経験が浅いためか、住民たちの間にも不安が広がっているようだ。
「ていうか、あの兄ちゃんがまず落ち着かないとなんじゃねーの?」
「みんな不安に、なってる」
レウスはボリボリと頭を掻きながらどうしたものかと頭を回転させ、リセは困ったように眉を顰める。
その時、避難誘導する職員の上方にある外壁の一部が崩れ、瓦礫が職員に向かって落下してきているのが見えた。
「っ!? おいリセ、あれ……!」
「まずい!」
レウスは手甲、リセは槍を瞬時に生成して職員の上方へと飛翔する。
職員が気付いて上に目を向けた時には、目の前まで瓦礫が迫ってきていた。
「うわっ!? ―――えっ」
「あぶねーな兄ちゃん。大丈夫か?」
「怪我は、ない?」
レウスとリセはクロスする形で瓦礫に向かって飛翔し、空中で瓦礫を破壊する。
小石ほどにまで粉々になった瓦礫を浴びながら、職員はこくこくと頷いた。
「あ、ああ。ありがとう」
職員は目の前の現実がまだ受け止められていないのか、呆然とした表情で二人を見つめる。
しかし二人はそんな職員の様子を気にせず言葉を続けた。
「とにかく、ここにいちゃあぶねーな。兄ちゃんはそっちの人を誘導してくれよ」
「落ちてくる瓦礫は私たちが、対処する」
「えっ!? いや、しかし子どもに頼るわけには―――」
「その子どもに助けられたのは誰だよ」
「うぐっ」
レウスに痛いところを突かれた職員は、苦虫を嚙みつぶしたような表情で数歩後ずさる。
リセはそんな職員を見上げながら冷静な表情で言葉を発した。
「今は大人とかどうとか、言ってる場合じゃない」
「……たしかに。わかった! 出来るだけ迅速に誘導するから、その間だけ瓦礫を頼む!」
職員は真剣な表情で状況を分析すると、レウスたちに瓦礫の破壊を依頼して自身は避難誘導に戻る。
そんな職員の言葉を聞いたレウスは、強く手甲同士を打ち付けた。
「よっしゃ。じゃあ俺は地上で瓦礫を迎撃すっから、リセは空から落下地点を教えてくれよ」
「おーけー」
リセは空中に飛翔し、落下してきそうな瓦礫の位置を適宜レウスへと伝える。
瓦礫の位置を聞いたレウスは地上で落下位置まで移動し、落ちてきた瓦礫に向かって飛翔を繰り返して破壊し続けた。
広場にいた多くの住民たちの避難は滞りなく進み、職員はほっと息を落とす。
まだ住民は残っているが、完全に避難が完了するのも時間の問題だろう。
「よし、避難もだいぶ進んできたな。君たちもそろそろ―――」
「っ!? 兄ちゃん、あぶねぇ!」
「えっ?」
レウスの大声に振り向いた職員の顔面に向かって、黄色い稲妻が獣のように牙を剥く。
職員の顔面にその雷撃が激突しようかという刹那、気迫を込めたレウスの拳がその雷を打ち消した。
「あちちち……不意打ちかよ」
「上からも、見えなかった」
突然飛んできた雷撃に驚くリセと、右拳に走る痺れに奥歯を噛みしめるレウス。
そんな二人の元に、軍服を着たガタイの良い男が近づいてきた。
「当然だろう。俺の攻撃に反応しただけでも大したもんだ」
男は少し汚れた軍服に身を包み、短くそろえた金髪が日の光で輝いている。
威圧感のあるその目に射抜かれながら、レウスは面倒くさそうに質問した。
「あー、おっさん誰?」
「俺の名はボルト。裏魔術協会のナンバー3をやっている」
「うわぁ、ナンバリングかよ。たまんねーな」
「レウス。ふざけてる場合じゃない」
相手の正体を知ったレウスは強がっているのかふざけているのか、おちゃらけた様子で返事を返す。
そんなレウスに緊張感を持つようにリセが注意すると、レウスは眉間に皺を寄せながらボルトと名乗った男を見上げた。
「わぁってるよ。このおっさん、かなりヤバイ」
ボルトの足元にはバチバチと音を立てて雷が走り、雷を操る魔術士であることは容易に想像がつく。
しかし先ほどの一撃、レウスほどの動体視力を持ってしても完全に捉えることはできなかった。迎撃できたのは、本能に頼った部分が大きい。
その事実を鑑みるだけでも、ボルトの実力は明らかに自分たちよりも上だった。
「き、君たち。その男は……」
「兄ちゃん、残った人を連れてさっさと逃げてくれ」
ボルトの姿から実力をビリビリと感じた職員は震える指先でボルトを指さすが、その言葉を遮るようにレウスは先に避難するよう声をかける。
そんなレウスの言葉を理解した職員は、弾かれたように言葉を返した。
「いや、しかし―――」
「早く! この国の住民を助けるのがあんたの仕事だろ!?」
「っ!」
レウスの気迫の籠った言葉に、思わず声を失う職員。
リセはこくりと頷きながら、促すような優しい声で言葉を紡いだ。
「私たちはだいじょうぶ。早く行って」
「くっ……。いや、そうはいかない。いくらなんでもこのレベルの魔術士を前にして、逃げるわけには―――」
「逃げたくないのなら、逃げられないようにしてやろう」
「あっぐ!? あああああ……!」
ボルトが一瞬右腕を振ったその刹那、閃光のような速さを持った雷が職員の足を貫く。
職員は焼けた槍に突かれたように穴が開いた太ももを抑えながら、レウスたちへと言葉を発した。
「僕はだいじょうぶ、だ。君たちは早く、逃げろ!」
職員は途切れそうになる意識をかろうじて繋ぎ止めながら、レウスとリセに向かって言葉を発する。
しかしその言葉を受けたレウスとリセは逃げるどころか、職員とボルトの間に立ちふさがった。
「そう言われても、困る」
「ああ。逃げるわけにはいかねぇな」
レウスとリセは勇ましい表情で武器を構え、ボルトの顔を真っ直ぐに睨みつける。
レウスの表情には勝気な笑顔が浮かんでいたが、額からは一滴の汗が流れていた。
「ほう。子どもながらこの俺に反抗するか。その度胸だけは誉めてやる」
「へっ、あいにく俺たちは、あんたより強い魔術士をいっぱい知ってるもんでね」
レウスはまるでゴングのように手甲を打ち鳴らしながら、ボルトに対して挑戦的な視線をぶつける。
そんなレウスの視線を受けたボルトは、若干苛立った様子で奥歯を噛みしめた。




