第8話:ほんの少し、お別れ
「ねーちゃん……ほんとにもう、大丈夫かよ?」
クロイシスの魔術協会の出口で、レウスは心配そうに女性を見上げる。
女性は柔らかに微笑むと膝を折り、レウスと目線を合わせた。
「大丈夫ですよ、レウスくん。心配してくれてありがとう」
女性のスカートの裾からは新品の義足が覗き、ぱっと見ではそれが義足だとは気付かない。
レウスは恥ずかしそうにそっぽを向き、手を頭の後ろで組んだ。
「べっ、べつに、心配してるわけじゃねーよ。病人はとっとと休んでろ!」
「ふふっ……ありがとう」
レウスの言葉を受けるとさらに嬉しそうに女性は微笑み、レウスはそんな笑顔を見てさらに頬を紅潮させる。
そんな女性の胸元に、金色の物体が勢いよくぶつかってきた。
「ひゃぅっ!? あ、リセさん。リセさんも、お元気で」
女性の胸元に全身でぶつかり、そのまましがみついた状態で、リセはイヤイヤと顔を横に振る。
女性は困ったようにその頭を撫でるが、リセはその両手を離してくれそうになかった。
「おいっ、なにしてんだよ! さっさと行くぞ!」
「あ……」
レウスは半ば無理矢理リセを女性から引き剥がし、自分の隣に立たせる。
リセは不満そうにしながらも一緒にはいられないことをわかっているのか、頬を膨らませたままそっぽを向いた。
「レウスくん、リセさん、本当にありがとう。あなたたちと一緒に過ごせて私、本当に楽しかったです」
「あっ……」
「…………」
女性はレウスとリセを同時に抱擁し、いつもより少しだけ強い力で抱きしめる。
レウスは眉間に皺を寄せながらも頬を赤く染め、リセは気持ちよさそうに目を細めながら女性の抱擁を受け入れていた。
「ん……そろそろ、時間です。お2人のご両親は、街の中央広場で待っているはずですよ」
女性は2人の頭を同時に撫で、嬉しそうに微笑む。
リセはこくん、と頷くと、まるで見納めにするように真っ直ぐ女性を見つめた。
「―――なま、え」
「えっ?」
レウスはそっぽを向きながら、小さな声で言葉を紡ぐ。
女性はうまく聞き取ることが出来ず、首をかしげながら聞き直した。
「だから、名前! まだねーちゃんの名前、聞いてないだろ!」
「あっ!?」
女性は大きく口を開け、呆気にとられた顔で声を出す。
隣に立っていたリセは両目を見開いてレウスの方を向き、やがてこくこくと頷きながら女性へと視線を戻した。
「そう、ですね。ごめんなさい。私、うっかりしていました」
女性は名乗り損なっていたことが恥ずかしいのか頬を赤く染め、2人の体をもう一度だけ抱き寄せる。
そのまま耳元に顔を近づけると、2人の頬に軽いキスを落とした。
「私の名は、シリル。ブックマーカーのシリル=リーディングです」
シリルは2人の事を忘れないよう、もう一度だけ強く抱きしめる。
レウスは突然起きたキスの感触にあうあうと口を動かしながら頬を真っ赤に染め、リセは聞いた名前を胸の中に刻み込むように、何度も頭の中で反芻した。
「おおーい、そろそろ行くぞぉー!?」
2人が乗る予定の馬車の横で、馬車の運転手は両手をメガホンのように使って声を響かせる。
レウスとリセは名残惜しそうにシリルを見つめながらも、馬車の中へと入っていった。
「ねーちゃん、またな! またあおーぜ!」
「また、ぜったい、会う……!」
レウスは馬車の窓から体ごと飛び出し、豪快に両手を振る。
リセは窓から体を出し、懸命に片手を振っていた。
シリルはそんな2人の声をしっかりと記憶の中に焼きつけると、太陽のような笑顔で手を振った。
「ええっ! また、必ず!」
シリルは両手で大きく手を振り、馬車を見送る。
運転手の掛け声とともに駆け出した馬車は街道を勢いよく走り出し、やがて小さくなっていった。
「いっちゃい……ましたか」
シリルはたったひとりで、馬車の走り去った方角を見つめる。
廃工場での戦いの後、クロイシスの魔術士全員で探した結果、レウスとリセの両親は中央広場の宿屋に泊っていることがわかった。
きっと彼らはこの後、久しぶりに両親と再会できることだろう。
『……なんだか、あっという間の数日間でした』
シリルはぐぐーっと体を伸ばし、大きく息を吸い込む。
そうして見えることのない空を見上げると、小さく言葉を落とした。
「さて、と……では私もそろそろ、旅立ちますか」
体を伸ばし終えたシリルは、空を見上げて言葉を紡ぐ。
太陽は今日も強く輝き、この街の全てを照らし出してくれているようだ。
シリルの旅は続く。想い人を探して、今日も彼女は前を向いて歩きだす。
『元気に、してるかな……リリィさん』
シリルは想い人の姿を思い浮かべ、もう一度小さく微笑む。
クロイシスの街を吹き抜ける風は今日も爽やかに、街行く人々の間を駆け抜けていった。




