第79話:能力と、魔術と
高速で空中を進むサイコ。そんなサイコに対してリリナは地上から火球を発射するが、そのことごとくが回避され空を切る。
「どうした? そんなスピードでは私を捉えることなどできんぞ」
「くっそ。やっぱ魔術のレベルが違いすぎるわ」
リリナは自身の魔力が枯渇していくことを感じながら、両肩を上下させて呼吸を乱す。
そんなリリナの様子を見たサイコは、その表情に余裕を浮かべて言葉を発した。
「ならば止まってやろう。これならば当てられるかな?」
「舐めてくれるねぇ……ファイア・ボゥル!」
空中で停止して隙だらけになったサイコに対し、特大の火球を発射するリリナ。
サイコは迫りくる火球に右手をかざし、余裕を持ってその軌道を逸らそうとする。
「まあ、無駄だがな。私の念力はどんな攻撃も通さん」
「それはどうかな」
「何っ!?」
サイコが瞬きをした一瞬で、リリナはサイコの背後に浮遊する。
サイコはすぐに体を反転させ、リリナの姿を視認した。
リリナの背中にはいつのまにか機械的な翼が生えており、両手に装備されていた手甲はいつのまにか解除されていた。
「見えなかったでしょ。まあ、私も初めてやったんだけどさ」
「その背中の翼は!?」
「手甲を改変したんだよ。魔装を全身で整える時間はないけど、既に生成した魔装を改変するなら難しくない」
リリナは自信に満ちた表情でサイコを見つめ、軽くなった両手をぷらぷらさせる。
リリナ自身は簡単だと告げているが、魔装の改変は決して簡単なものではない。それを理解しているからこそ、サイコは楽しそうに笑った。
「スピード重視の装備、というわけか。ならば少し、遊んでやろう」
「悪いけど、スピードならもう負けないよ」
その会話を最後に、二人の姿は常人の目から完全に消える。
超スピードで空中を進む二人の間には火球による爆発だけが残り、高速で移動することによる風圧が周囲の地面を小さく揺らした。
「ふふっ。伊達にナンバリングされているわけではないという事か」
「そゆこと」
やがて二人は元の位置に戻って静止し、その視線を交わしながら言葉を紡ぐ。
次の瞬間サイコは右手を空に突き上げ、その手にリリナの注意が向いた隙にリリナの周囲に鋭利な刃物のような瓦礫を無数に浮遊させた。
「しかし、これならばどうかな?」
「全方位を……っ!?」
先ほどのリリナの攻撃に対するお返しのように、リリナの周囲を瓦礫で囲むサイコ。
瓦礫のひとつひとつは無機質に浮遊しているが、その中の一つでもリリナの体に激突すれば怪我では済まないだろう。
その事実に気づいたリリナが額に汗を流した瞬間、サイコは突き上げた右手を振り下ろした。
「避けられるなら、避けてみるがいい」
サイコが右手を振り下ろした瞬間、まるで鎖から解き放たれた獣のようにナイフのような瓦礫が中心のリリナに向かって突き進んでいく。
リリナはスピードを生かしていくつかの瓦礫を回避するが、それでも避けきれない瓦礫が三つほどリリナの頭部に迫る。
リリナはそれらの瓦礫を視認すると、すぐに両手を顔の横に振り上げた。
「くっそ……! 魔装変形・りなりなシールド!」
背中から生えていた機械的な翼はいつのまにか手甲に姿を変え、さらにシールドとなってリリナの頭部を守る。
シールドに弾かれて地面に落下した瓦礫を見て、サイコは小さく息を落とした。
「今度は両腕に魔装を集中して防御したか。しかしそのネーミングセンスはなんとかならんのか?」
サイコはやれやれと顔を横に振りながら、リリナに向かって言葉を紡ぐ。
リリナはぷくーっと頬を膨らませると、不満そうに返事を返した。
「なんでよ、可愛いじゃん。りなりなシールド」
「可愛くはない」
「…………」
「可愛くはない」
「二回も言うな! もう許さんかんね!」
リリナは突き出した右手から光線を発射し、サイコの頭部を攻撃する。
しかしサイコは少しだけ首を動かしてその光線を回避すると、落ち着いた様子で言葉を続けた。
「互いに時間もない。そろそろ終わりにしよう」
「そりゃ、同感だね。私は迷子を捜してる途中だし」
リリナは両腕の手甲を再び背中の翼に改変し、身構えながら勝気な表情でサイコを見据える。
その刹那、リリナの顔を巨大な影が包み込んだ。
「ん? ……っ!?」
「ならばこの一撃で、その使命もろとも砕いてやろう」
「いっ、家ぇ!?」
いつのまにかリリナの頭上には一軒の屋敷が浮遊し、その巨大な影にリリナの体はすっぽりと包まれている。
サイコはリリナから距離を取りながら高笑いを響かせた。
「ははははははっ! 油断したな!」
「くっそ、変形して回避しても間に合わない。どうする……!?」
既に落下を始めているその屋敷。圧倒的な重圧と死の予感がリリナを包み込む。
サイコは魔力の出力を最大にして、巨大な屋敷をリリナに向かって落下させた。
「潰れろぉおおおおおおおおおお!」
「っ!?」
圧倒的な重量を持つ屋敷は両目を見開いたリリナの体に触れ、そのまま地面に向かって圧し潰していく。
やがて鈍い轟音と共に、屋敷はその体を破壊しながら地面へと落下した。
屋敷に圧し潰される形となったリリナの生存は、もはや絶望的だろう。
「終わった、か。壮大な物語ほど、エンディングはあっけないものだな」
サイコはどこか寂しそうに笑いながら、小さく言葉を落とす。
ゆっくりと地面に降り立ったサイコは、革靴の踵を鳴らしながら落下した屋敷を背に歩き出す。
そうして数歩歩き出したその瞬間、背後に落下していた屋敷が粉々に吹き飛ばされた。
「勝手に、終わりに、すんなっての!」
「何っ!?」
「一点集中魔装変形・りなりなブレイク。これで、攻撃力も五分だね」
リリナはその頭部から出血して片目をつぶりながらも、右手を高々と突き上げる。
その右手には重厚な手甲が装備され、その拳は天に向かって聳え立つ。
拳の先にはひとつの瓦礫もなく、リリナに落下したはずの屋敷は粉々に粉砕されている。
粉塵の中に立つリリナの姿にはある種の誇りすら感じられ、その姿を見たサイコは妙な敗北感を覚えた。
しかしサイコは自身の中に生まれたその感情を直視できず、激昂する。
「攻撃力特化だと? くだらん! くらええええええええええええ!」
サイコは地面に落下した屋敷の残骸を大きく固めてリリナに向かって発射する。
その大きさは明らかに致死量で、激突した生物の命を躊躇いなく奪うだろう。
しかしリリナはその瓦礫の塊を回避し、歯を見せて笑った。
「魔装変形・りなりなウィング!」
「避けた!?」
相手は確かにさっきまで、自分より格下だったはず。
しかし、今はどうだ。
攻撃力もスピードも、自分と遜色のないレベルまで上がっている。
いや、もしかしたら―――
「よーやく変形にも慣れてきた、かな。ここで終わりにするよ」
リリナはにーっと笑いながら、右手に全身の魔装を集中させる。
華奢だったその右手はやがて巨大な拳となり、肘の部分にはまるで噴出口のように噴き出す風が集められた。
「この、魔術士風情がぁぁぁぁあ!」
生まれて初めて自身のピンチを感じ取ったサイコは、地面の石畳全てを隆起させてリリナを攻撃する。
しかしリリナは足元から発射されてくる石畳全てを回避し、サイコの懐に飛び込んだ。
「魔術士? 違うよ。私は―――」
「っ!?」
「魔法少女……っ、だぁあ!」
「あぐっ!?」
リリナの手甲の肘部分から夥しい量の風が噴出され、圧倒的なスピードと重量を持った拳がサイコに向かって突き出される。
その拳はサイコの腹部に激突し、その一撃だけでサイコの意識ははるか遠くまで吹き飛ばされる。
サイコの体は突き出されたリリナの拳に吹き飛ばされ、後方に積み上げられていた瓦礫の山に激突する。
まるでこれまで利用されてきた恨みを晴らすように瓦礫は崩れ、サイコの体を圧し潰した。
「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ……」
「…………」
白目をむいて気絶するサイコの様子を確かめながら、乱れた呼吸を繰り返すリリナ。
体の前に突き出された手甲はやがて四散し、リリナは全身の疲労感と戦いながらかろうじて笑ってみせた。
「あー、まったく。無茶させてくれるよ、このおじさん」
「…………」
リリナの呟きに、サイコは答えない。答えることができない。
その姿を確認したリリナは踵を返し、そのまま歩き始めた。
「はやくレウスちゃん達のところにいかな、きゃ……」
リリナは魔力消費によって動かなくなった右手を抑えながら、ふらふらと歩き出す。
その視線の先には、事前に確認した爆発現場が映っていた。
「まだ、だ。まだおわら、ない……!」
次第に離れていくリリナ。その背中に向かって、人の身長ほどもある鋭利な鉄骨が発射される。
サイコに残された最後の魔力を使ったその一撃が、ふらつきながら歩くリリナの小さな背中に迫る。
今のリリナにはその攻撃を回避する体力も、魔力も残されていない。それどころか、攻撃の存在に気づくことすらできないだろう。
リリナの背中に向かって迫っていく鉄骨。しかしその鉄骨が激突しようという刹那、まるで鉄骨ははじめからそこになかったかのように“空間に飲み込まれた”。
「っ!? 馬鹿、な……」
鉄骨が何もない空間に飲み込まれ消えるという、あり得ないその現象。
サイコはその現象を最後の視界に収め、意識を手放していく。
そしてそれと同時にリリナも膝を折り、地面に向かって倒れこんだ。
「…………」
「あらあら、なんだか頑張ってると思ったら……疲れちゃったみたいねぇ」
倒れるリリナを優しく抱きかかえる、金髪の女性。
女性の背中には白く大きな羽が生え、光に反射した金色の光がリリナを包む。
リリナは薄れ行く意識の中でその女性のシルエットだけを見つめて、言葉にならない声を発した。
「ん……」
「今は、おやすみなさい。あなたはよく頑張ったわぁ」
女性は優しくリリナの頭を撫で、リリナは頭部に感じた暖かさに身を委ねる。
まるで包み込まれるような優しい香りと、どこか懐かしい温もり。
その二つに抱かれながら、リリナはゆっくりとその意識を手放していった。
「さて、とりあえず安全な場所に運ばないとねぇ。それにしてもあの子。この街に来てるのかしらぁ」
女性は少し困ったように笑いながらリリナを抱きかかえると、背中の翼を羽ばたかせて町の外へと飛んでいく。
石畳の上には白い羽が落とされ、リリナは温もりに包まれたままラスカトニアの外へと運ばれていった。




