第78話:魔術による、夢の実現
「るぁぁああああああああ!」
「遅い!」
リリナの放った火球がサイコに向かって放たれるが、サイコは余裕の表情でそれを回避する。
度重なる魔力の放出によって、リリナの体力は確実に限界へと近づいていた。
「はぁっはぁっはぁっ……!」
「大丈夫か? 息が上がっているようだが」
サイコは空中からリリナを見下ろしながら、両手を広げてゆっくりと浮遊を続ける。
汗一つ流していないサイコの様子に焦りを感じながらも、リリナは疲労によって震える右手をサイコへと突き出した。
「まだまだ……! ファイア・ボゥル!」
「無駄だ。その程度の魔術では脅しにもならんよ」
サイコはわざとギリギリまで引き寄せながら、前髪の先端を火球にかすらせる。
明らかに挑発を伴ったその回避行動を見たリリナは悔しそうに奥歯を噛みしめた。
「私も忙しいのでね、そろそろ決めさせてもらおう!」
「っ!?」
サイコが右手を上げた瞬間、無数の瓦礫が空からリリナに向かって降り注ぐ。
瓦礫を打ち落とし時には回避して直撃を避けるリリナだったが、やがて激突することは目に見えていた。
「ははははっ! 魔術協会ナンバー7がこのザマか!」
無様に地面を転がるように逃げ回るリリナを見下ろして、サイコはこらえ切れずに破顔する。
やがてサイコが両手を左右に広げると、落下していたはずの瓦礫がリリナの左右に集まってきた。
「っ!?」
「君のチカラも信念も、この一撃で圧し潰す! そして私が、正義となる!」
「あぐああああああっ!?」
集まってきた瓦礫は容赦なく左右からリリナを圧し潰し、悲痛な叫びがサイコの耳をつんざく。
サイコはその声を心地よさそうに聞くと、顔を左右に振りながら言葉を続けた。
「終わった、か。他愛もない」
「勝手に、終わりに、すんなっての!」
「なっ!?」
閉じたはずの瓦礫を内側から開いたリリナは、勝気な笑みを浮かべる。
その両腕には頑強な魔装が装着されており、青白いオーラを放っていた。
「腕部魔装、完了。部分的な魔装でも、防御くらいはできるってね」
リリナは震える両手で左右から迫ってくる瓦礫を支えながら、サイコに向かって笑顔を見せる。
無理やり作った笑顔だということはわかっている。しかしその余裕があること自体、サイコは許せなかった。
左右に広げていた両手を体の前で合わせて、サイコはさらなる念力を瓦礫に送る。
「そのまま潰れるがいい!」
「あああぁぁぁ……! ファイア・ボゥル!」
リリナは左右の瓦礫を支えていた両手を一瞬だけ離し、自身の足元に火球を発射する。
地面に激突した火球はやがて爆発し、爆風によってリリナの体は後方に吹き飛ばされた。
「なっ。爆風で、自身を吹き飛ばした!?」
「あー、くっそ。なんて不細工な防御だよ。魔法少女の名が泣くわ」
全身に爆発によるダメージを負いながらも瓦礫によるプレスを回避したリリナは、片膝を地面に付きながら乱れた呼吸を整える。
サイコは小さく息を落とすと、どこか呆れた様子で返事を返した。
「まだそんな減らず口を叩けるとは。その気概だけ誉めてやろう」
「へっ、私はおしゃべりなんでね。死ぬまでこの調子だよ」
リリナは懸命に笑顔を作りながら、出来るだけ余裕のある表情を見せようとする。
その虚勢が鼻についたサイコは、苛立った様子で声を荒げた。
「ならばその口、二度と開けないようにしてやろう!」
サイコが突き出した右手の先をリリナに向けると、落下していた全ての瓦礫が再び息を吹き返したようにリリナに向かって突っ込んでくる。
リリナは懸命に瓦礫を避けながらも、やがて挟み込むように迫ってきた巨大な瓦礫を両手で防いだ。
「ぐっう。ちょっと、女の子にこの瓦礫はないんじゃない?」
「そのままいつまで耐えられるか、見守ってやろう」
サイコは明らかにピンチを迎えているリリナを見下しながら、さらに念動力を強めていく。
リリナはいつのまにか両足に魔装によるブーツを装着すると、足元に逆巻く風を生成した。
「ムーヴィング・エア!」
空中に浮遊して瓦礫による圧殺を回避したリリナは、空中を進んでサイコの隙を探る。
サイコは自身の周りを高速で進むリリナの風を頬で感じながら、小さく笑って言葉を続けた。
「風の魔術による浮遊か。スピード勝負というのも面白い」
サイコは自身の体を高速で移動させると、空中を進んでいたリリナと並走する。
肩にかけた上着を風に靡かせながら目の前に登場したサイコを確認すると、リリナは咄嗟に呪文の詠唱を始めた。
「雷の槍よ、今神の元より舞い降りて、眼前の敵を貫かん。そこにいたるは―――」
「遅い!」
「あっぐっ!?」
呪文詠唱中のリリナの腹部に、拳ほどの大きさの瓦礫が突き刺さる。
サイコは主に、瓦礫などの硬い物質を操って離れた場所から相手を攻撃する。それは自身のチカラに圧倒的な自信を持ちながらも、万が一の可能性も摘み取ろうというサイコのしたたかさの表れだった。そしてサイコの念動力の発動スピードは、一般的な魔術士とは一線を画している。
「私は裏魔術協会内で“魔術士殺し”と呼ばれているが、理由はわかるか?」
「さあ、ね。知らないよ」
リリナはこれまでに感じたことのない腹部の痛みを抱えながら、サイコの問いに答える。
サイコはやれやれと顔を横に振ると、返事を返した。
「普通魔術は呪文詠唱が必要になるが、私の魔術……念動力の発動にそれはない。つまり―――」
「つまり、詠唱時間による隙がある限り魔術士はあんたに勝てない。ってわけか」
「ご名答。私が裏魔術協会ナンバー1でいられるのも、このチカラあってのことだ」
実際サイコは、裏魔術協会内での勝負ではほとんど負けたことがない。そんなサイコに土を付けた人物。それが裏魔術協会ナンバーゼロだ。
サイコは自分が唯一勝てなかった男の顔を思い浮かべて奥歯を噛みしめるが、目の前で苦しむリリナを見ると余裕を取り戻した。
「ははっ。確かにそりゃ凄い。ぶっちゃけ八方塞がりだわ」
「なら諦めたらどうだ? この私に負けるのだ、決して恥ではない」
サイコの発言には驕りが見えるものの、それは決して大げさな話ではない。念動力を操る世界で唯一の魔術士であるサイコに負けるなら、ほとんどの魔術士は納得するだろう。
目の前のこの、一人の少女を除いては。
「ま、そうかもね。でも“諦めて負けた”ってのがどーしても気に入らないんだわ、これが」
リリナは悪戯な笑顔を浮かべながら、ゆっくりと右手をサイコへと突き出す。
未だ戦闘の意思が萎えないリリナの姿を見たサイコは、少しだけ楽しそうに口端を釣り上げた。




