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第76話:サイコ

「さて。リセちゃん達は爆発現場に向かってるはずだから、あっちの方か」

「にぁ」


 リリナとシロは魔術協会を出てから、駆け足で爆発現場へ向かう。

 しかし先ほどまで溢れるように響いてきていた悲鳴や怒号が、いつのまにかすっかり消え去っている。

 静寂を守る通りを走るリリナはその現象が理解できず、首を傾げた。


「しっかしこの辺、妙に人が少なくない? 本部や外壁のところにはあんなに人がいたのに」

「にぁ」


 リリナの言葉に返事を返すシロ。リリナの脳裏には、ラスカトニアの外壁付近で逃げ惑う人々の恐怖に満ちた表情がこびりついていた。

 ラスカトニアの人口は諸外国と比べてもかなり多い。王国騎士団と魔術協会が誘導しているとはいえ、数時間足らずで避難が完了するとは思えない。

 であれば、この周辺の異様な静けさはどう理解すれば良いのか。

 しばらく思案を続けるリリナだったが、やがてぶんぶんと顔を横に振って思考を切り替えた。


「まあいいか。とにかく今はリセちゃん達を―――」

「にゃっ!」

「あの金髪……まさかリセちゃん!?」


 視界にギリギリ収まるくらいの遠距離に、金色の塊が動いているのが見える。

 背の高さから察するに、その後ろ姿はリセで間違いないだろう。

 リリナは走りながら片手をメガホンのように使い、前方の二人に向かって声を張り上げた。


「おおーい二人とも! こっちに―――」

「フーッ!」


 リリナの言葉を遮るように、シロは眉間に皺を寄せ、警戒心をむき出しにする。

 豹変したシロの様子に気づいたリリナが頭に疑問符を浮かべていると、それは突然空から降ってきた。


「どうしたにゃんこ……おわぁっ!?」


 進行方向に危険な意思を感じたリリナは、無意識に進んでいたスピードを緩める。

 その眼前には巨大な瓦礫が落下し、舞い上がった土埃がリリナを包んだ。


「ふむ、外したか。伊達にナンバリング魔術士ではないということかな? それとも、単なる偶然か」


 土埃を手で払いながら瓦礫の上を見上げると、上空からゆっくりと一人の男が降りてくる。

 男の体は明らかに浮遊しており、小奇麗な黒いTシャツと黒いズボン、そして肩にかけた白い上着が目を引く。

 しかし男の上品で涼しげな顔立ちとは裏腹に、その男の周囲に浮遊しているものを見たリリナは目を疑った。


「あ、あ……」

「怯えることはない。私の名はサイコ。裏魔術協会でナンバー1をやっている」


 サイコと名乗った男はゆっくりと落ちてきた瓦礫の上に着地すると、両手を広げながら穏やかな声で自己紹介する。

 しかしリリナは、男の周囲にいくつも浮かんでいる住人達の姿に目を奪われていた。


「その、そのひとたち、は……」


 リリナは身じろぎ一つしないで浮遊している人々の姿に悲劇の匂いを感じ取り、震える手で指さしながら口を開く。

 そんなリリナの言葉を聞いたサイコは、にっこりと笑いながら返事を返した。


「ああ、これかい? ここに来る途中邪魔だったのでね、ちょっとどいてもらったんだ」

「―――っ」


 まったく悪びれる様子のない。むしろ道端に落ちていた石をどかした程度の認識しかないサイコの言葉に、うすら寒い何を感じるリリナ。

 しかし眉間に皺を寄せて毅然とした態度のまま、リリナは落ち着いて言葉を続けた。


「その人たちを、ゆっくり降ろしな」

「ああ、睨まないでくれ。怖いなぁ。うっかり落としてしまいそうだ」

「やめっ―――!?」


 サイコの目に殺意が宿ったことを察したリリナは、動揺して口を開く。

 その刹那に生まれた大きな隙を、サイコは見逃さなかった。


「卑怯千万。確かこういうのを、極東の国ではそう呼ぶんだったかな」

「あっぐ……!?」


 いつのまにか腹部に打ち込まれている、拳ほどの大きさをした瓦礫。

 急所にねじ込まれた瓦礫の衝撃を受け、がっくりと両膝を地面に落とすリリナ。

 乱れた呼吸のままサイコを見上げると、サイコはやれやれといった様子で顔を横に振った。


「ナンバリング魔術士様が情けないことだ。……ほら、みんな降ろしたぞ? これで君の心配が一つ無くなったわけだ」


 サイコはゆっくりと浮遊させていた人々を地面に降ろし、自身もその体を地面に降り立たせる。

 乱れた呼吸を懸命に直しているリリナを見下ろすと、小さく息を落としながらさらに言葉を続けた。


「―――もっとも君にとって一番重要なのは、目の前の現実をどうにかする方だろうがね」

「っ!?」


 死角から襲い掛かってきた瓦礫を後方飛びで回避し、整ってきた呼吸と共にサイコを見据えるリリナ。

 思ったよりも高い運動性能を見たサイコは嬉しそうに笑った。


「へぇ、運動もできるのか。私は運動って苦手だな。もっとも、運動神経などそもそも私には不要なのだが」


 そうして再び浮き上がる、サイコの体。

 両手を左右に軽く広げて浮かび上がったその姿には確かな威圧感があり、あれが彼本来の戦闘態勢なのだと直感させる。

 しかし今はとにかく、リセたちの安全を確保しなければ。そう考えたリリナは、シロに向かって目くばせをした。


「にゃんこ。あんたは先にリセちゃん達のところに―――っていねぇ!?」


 先ほどまでシロがいたはずの場所には、ただ無機質な石畳だけが残っている。

 思わず声を荒げたリリナを見たサイコはくすくすと笑いながら、口を開いた。


「あの綺麗なネコなら、さっさと行ってしまったよ。どうやら君は嫌われているようだ」

「へっ、丁度いい。守る対象はない方が戦いやすいってもんだ」


 リリナは勝気な表情で上空に浮遊したサイコを見上げる。

 そんなリリナの言葉を受けたサイコは空に右手を掲げる。

 まるでその手に呼応するように、地面に散乱していた瓦礫がサイコの浮遊している場所からさらに上空へと集まっていく。

やがてサイコは振り上げた右手をゆっくりと振り下ろした。


「ふむ。しかし……君自身の体は、君が守るより他はない」

「っ!? ファイア・ボゥル!」


 猛スピードで落下してきた瓦礫を、リリナの右手から放たれた火球が粉砕する。

 その破壊を見下ろしたサイコは、控えめに拍手を送りながら口を開いた。


「ほう、素晴らしい威力だ。賞賛に値するよ。もっとも、私の前では無力だが」

「っ! 無力かどうか……確かめてみろ!」


 リリナは右手をサイコに向かって突き出し、闘志漲る瞳で睨みつける。

 そんなリリナを見下ろしているサイコは、苦笑いを浮かべながら小さく息を落とした。

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