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第71話:シリルの不安

 リリィから各国で勢力を拡大している裏魔術協会の現状を報告され、顔をしかめるガルドレッド。

 裏魔術協会は現在ラスカトニアの隣国を次々と支配し、明らかに魔術協会本部のあるラスカトニアにも攻め入ってくるだろう。

 種族戦争が終結し、平和な時代が続けた。しかしそれも永遠ではない。

 その事実に顔を背けたくなるガルドレッドだったが、やがて冷静に思考を回転させるとリリィの話が真実であると結論付け、正面から立ち向かう決意を固めた。

 そうしてそのまま話を続ける三人だったが、リリィがブレイドアーツの黒騎士であることを告げられると、ガルドレッドは驚きに目を見開いた。


「なるほど。あなたがあの有名な黒騎士なのですね。どうりでただ者ではないと思いました」

「いやいや。貴殿の知性と品格にも驚かされたぞ。……いや、これは失言だったな」


 ともすれば種族差別とも思える発言をしてしまったことに気づいたリリィは、口元に手を当てながらすまなそうに眉を顰める。

 しかしガルドレッドは口元の逞しい牙を覗かせながら穏やかに微笑んだ。


「はっはっはっ。お気になさらず。種族戦争時代にバーバリアンが犯した罪は大きい。これも罰のひとつでしょう」


 直情的……いや、知能が極端に発達していないバーバリアンは各国にとって御しやすく重要な戦力であり、各国の兵士として多く採用された。

 しかしながら本能に従って生きすぎるバーバリアンの蛮行は凄まじく、今でも多くの国でその蛮行の歴史が語り継がれていく。

 そんなバーバリアンでありながら他種族よりも高い知能と知識を有した希少な存在、それがガルドレッド卿である。

 とはいえ、彼がどんなに紳士な振る舞いをしてもかつてのバーバリアンの蛮行が消えるわけではない。ガルドレッドもそれがわかっているから、どこか覚悟をしているのかもしれない。

 リリィはそんなガルドレッドの心情をくみ取り、再び申し訳なさそうに頭を下げた。


「本当にすまない。しかし、私の話はどうか信じてほしい」

「もちろんですリリィさん。私が各支部から受けていた情報とも一致しますし、これは早急に警備の強化を―――」

「かわいいー! ネコさんだぁ!」


 話をしているガルドレッドの言葉をつんざくように響く、茶色い髪の少女の高い声。

 フォアラはその大きな瞳を輝かせながらリセの腕に抱かれているシロを嬉しそうに見つめた。


「よかったらだっこ、する?」

「いいのー!? わーい!」

「にぁー……」


 シロは不貞腐れたような表情を浮かべながらも、まんざらでもない様子でフォアラの腕の中に納まっている。

 和気あいあいとした子ども達の様子をしばらく見守っていたガルドレッドだったが、今重大な話をしている最中であることを思い出し、口を開いた。


「……フォアラ。今大事な話をしているので、その二人と少し遊んできなさい」

「わかったー! いこっ!」

「おう! 俺、レウス!」

「わたしは、リセ」

「フォアラだよ! あっちにおもちゃいっぱいあるから、あそぼ!」

「おう!」


 フォアラを先頭としてレウスとリセもその後を追い、玄関横のスペースに用意されたおもちゃの山に駆け寄っていく。

 普段フォアラが過ごしているその空間には今、三つの笑顔が花咲いていた。


「……この街を、守らなくてはな」


 リリィは楽しそうに笑いあっている三人の表情を見つめると、決意を新たに言葉を落とす。

 そんなリリィの言葉を聞いたガルドレッドは同じく真剣な表情で言葉を返した。


「そうですね。この街もこの街で生きる人々もまた尊い。失うにはあまりにも惜しい」

「相手は、強大なんですか?」


 二人の話を聞いていたシリルは同感であると感じながらも、未だ姿の見えない敵に不安を隠せない。

 そんなシリルの言葉を聞いたガルドレッドは、シリルの方に体を向けながら言葉を返した。


「そうですね。裏魔術協会の規模は日々拡大していますし、脅威であることは間違いないでしょう。いくつかの隣国はすでに取り込まれているという噂もあります」

「となると、保有している戦力も強大だな」


 リリィは自身の顎に曲げた人差し指を当てながら、真剣な表情でガルドレッドの話を聞く。

 そんなリリィの声を聴いたガルドレッドは、こくりと頷きながらリリィの言葉に答えた。


「はい。少なくともラスカトニア騎士団だけで裏魔術協会を撃退するのは困難でしょう」

「そんな時のための私たち、ですよね」

「ナンバーゼロのおっしゃる通りです。魔術は元来特殊能力者のようなチカラを“持たざる者”のための技術。それを悪用するなど到底許せません」


 炎を操るもの、氷を操るもの。この世界には生まれながらにそういった特殊能力を持って生まれてくる者が少なくない。

 しかしながら、そういった力を持たない“持たざる者”が存在することもまた事実。後学で習得することのできる魔術は、そんな持たざる者たちの希望として造られたものだった。

 だからこそ、その悪用は許されない。魔術を悪用することは即ち、泥水をすすって血を吐きながら先人たちが作り上げてきた魔術という文化を踏みにじる行為だからだ。

 少なくともガルドレッド達は、そう考えている。そしてその考えは、リリィにもすぐ理解できた。


「ガルドレッド卿。裏魔術協会について他にわかっていることはないか? 戦闘になる可能性がある以上、情報はあるに越したことはない」

「どうやら裏魔術協会にもナンバリング制度があるようで、その中でも特に強力な魔術士は4人。数こそ我が魔術協会に届きませんが、その実力は本物だという噂です」

「なるほど。ただの噂と一笑するのは簡単だが、複数の国を保持している以上事実と考えるべきだろうな」


 敵の強大な姿が見えてきたリリィは、口元を強く結びながら重々しく言葉を紡ぐ。

 そんなリリィの呟きを受けたガルドレッドは、険しい表情で口を開いた。


「特に裏魔術協会のナンバーゼロは、人外じみた実力の持ち主ということです。あくまで噂ですが、複数の国を掌握したのは実質その男の力によるものだとか」

「国をとるほどの力、か。悪い冗談だな」

「裏魔術協会の、ナンバーゼロ……」


 シリルは自身と同じ肩書を持った存在に出会ったことはない。というより、シリルを超える魔術士は魔術協会に存在していない。とはいえ、世界は広い。それはシリルも十二分にわかっていたし、自身の力を過信しているわけでもない。そしてだからこそ、ぬぐえない恐怖があった。


「ご安心くださいナンバーゼロ。実力という意味では、我らが魔術協会も負けておりません。ジャスティスにも警備を強化するよう伝えておきます」

「お願いしますガルドレッドさん。ところで今ラスカトニアには、何人のナンバリング魔術士が滞在しているんですか?」

「ナンバーゼロを含め、戦闘が可能な魔術士は二人だけです。全ナンバリング魔術士には当然非常招集をかけますが、到着には時間がかかるでしょう」


 ガルドレッドは事前に現在の状況を予期できなかったことを悔しく思いながらも、俯きながらシリルに言葉を送る。

 そんなガルドレッドの言葉を受けたシリルは口ごもりながらも返事を返した。


「ふたり―――いえ、そうですね。しばらくは私とジャスティスさんで耐えることになるでしょう」

「???」


 なんだかスッキリしない言い方をするシリルを不思議に思い、頭に疑問符を浮かべるリリィ。

 しかしそんなリリィの様子に構わず、ガルドレッドは言葉を続けた。


「まあともかく、皆さんも今日はお疲れでしょう。今宵は本部にお泊りになってください」

「そう、ですね。私の家では狭いですし、お言葉に甘えます」

「よろしく頼む」


 シリルとリリィは同時に小さく頭を下げ、ガルドレッドへと宿泊の手配を依頼する。

 ガルドレッドは快くその依頼を受けると、微笑みながら頷いた。


「わかりました。では、さっそく手配してきましょう」

「ええーっ!? みんなお泊りするの!? やったぁ!」

「よっしゃ! 一晩中遊ぼうぜ!」

「子どもは、寝るのが仕事」


 遠くからなんとなく話を聞いていたフォアラは、さらに瞳をキラキラさせて嬉しそうに飛び跳ねる。

 そんなフォアラと一緒に楽しそうにしているレウスたちを感じ取ったシリルは、不安そうな表情で眉を顰めた。


「……シリル、大丈夫か?」

「ふぇっ!? あ、えと、だいじょぶでつ!」


 心配そうな表情で声をかけてきたリリィに対し、動揺した様子で返事を返すシリル。

 そんなシリルの様子を見たリリィは小さく微笑みながら、優しい声で言葉を紡いだ。


「まあ、そう深刻になるな。頭で考えるとどうしても悪い方に考える。しかしいざ動いてみれば、視界が開けることもあるだろう」

「リリィさん……」


 昔と何も変わらない、優しくも力強いその声。

 そのリリィの声を聴いたシリルは感極まって口を一文字に結びながら、少しだけ俯いた。


「シリルの愛した街と人だ。私も全力をもってそれを守ろう。だから……大丈夫だ」


 リリィはにっこりと微笑みながらシリルの頭をぽんぽんと撫で、言葉を紡ぐ。

 そんなリリィの手の感触をくすぐったそうに受けたシリルは、頬を赤くしながら返事を返した。


「ありがとう、ございます。ちょっと、安心しました」


 シリルはガラス張りで作られた魔術協会本部の壁から刺してくる日の光を感じながら、穏やかに微笑む。

 しかしその表情にはほんの少しの曇りが見られ、いつもと様子の違うシリルの雰囲気に、リリィは心配そうに眉を顰めていた。

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