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第70話:ガルドレッドと歯ブラシ

 ジャスティス達の守る正門を抜けたシリル達は、少しだけ急ぎ足で魔術協会本部へと歩いていく。

 白を基調とした美しい街並みは一行を歓迎し、長く連なる赤い屋根が可愛らしい。

 美しい街並みを目にしたリリィは、辺りを見回しながら口を開いた。


「本当に美しい町だな。シリルが住みたくなるのもわかるような気がするよ」

「はいっ。ラスカトニアの皆さんは良い方ばかりですし、旅人さんも世界中からいらっしゃるので楽しいです」


 リリィの言葉を受けたシリルは、本当に楽しそうに笑いながら返事を返す。

 そんな二人の会話を聞いていたレウスは、頭の後ろで手を組みながら言葉を紡いだ。


「ま、賑やかな街なのは確かだよな。前来た時より人が多い気がするけど」

「レウスくん達が来たときは魔術協会の式典で皆さん中央広場に集まっていましたから。今の状態が本来のラスカトニアの姿と言っても良いですね」

「みんな、楽しそう。時々喧嘩してる人もいるけど」


 リセが視線を町中に向けると、魔術士らしき男たちがテーブルを挟んで本をいくつも広げ、熱い議論を交わしている姿が目に入る。

 シリルはそんな男たちの声を感じると、苦笑いを浮かべながら言葉を返した。


「あはは……魔術士は真面目な方が多い分議論が熱を帯びることもありますね。まあこれも、ラスカトニアの名物のひとつです」

「確かにそこかしこで魔術士達が議論しているな。活気があってよいことだ」


 リリィは感心した様子でこくこくと頷き、町の至る所で議論している魔術士達を見つめる。

 そんなリリィの様子とは裏腹に、リセに抱えられたシロはつまらなそうに鳴き声を響かせた。


「にぁ~……」

「ふふっ、退屈そうですね。確かにシロさんには興味のない議論かもしれません」


 シロの鳴き声に反応し、再び苦笑いを浮かべるシリル。

 そんなシリルの言葉を聞いたレウスは、横目でシロを見つめながら返事を返した。


「そりゃまあ、魔術の議論に興味持つわけねえよな。ネコだし」

「ネコだし」


 珍しくリセもレウスの意見に賛同し、こくこくと頷く。

 そんな二人の反応を聞いたシリルは、一瞬眉を顰めて迷いながらもやがて言葉を続けた。


「それは―――そうですね」

「…………」


 どことなく含みをもったシリルの反応をリリィは不思議に思い首を傾げたが、その後シリルは何事もなかったように前を見つめて足を進めている。

 やがてリリィも同じように前へと視線を戻すと、レウスの元気な声が響いてきた。


「おっ。それよりでけー建物が見えてきたぜ!」

「思ったより早く到着できましたね。こちらが魔術協会の中心部、魔術協会中央本部です」


 シリルは少しだけ早足になって一行の前に出ると、右手を掲げて自分の職場を紹介する。

 白い壁と魔術文様が美しいその建物は、見渡す限りすべての視界に広がるほど広大だ。

 庭には綺麗な水が流れ、木々と花々は歌うように風に流れている。

 町一つがすっぽり入ってしまいそうな大庭がよく整備された様子を見るだけでも、魔術協会の規模を推し量るには十分だった。


「おっきい……」

「ああ。見事な建物だな。頑丈そうでしっかりとした造りだが同時に品格を感じる」


 リリィは腕を組んで魔術協会本部を見上げ、感心した様子で目を細める。

 そんなリリィの言葉を聞いたシリルは、嬉しそうに言葉を続けた。


「ラスカトニア城より以前に建築されたもので、歴史的な価値も高いようです。旅人さんの間では“王城より大切にされてる”なんて冗談が流行っているくらいですよ」

「あながち冗談じゃねえかもなー。実際王様より姉ちゃんの方が偉いんじゃねえの?」


 レウスは歯を見せて笑いながら、からかうように口を開く。

 その言葉を聞いたシリルは、焦った様子でぶんぶんと両手を横に振った。


「そ、そんな! そんなことないですよ。あくまで魔術協会はラスカトニアの一機関ですから!」

「まあともかく、中に入るとしよう。報告は迅速にしておきたいからな」


 焦った様子のシリルを見て微笑みながら、リリィはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 そんなリリィの言葉を聞いた一行は、少しだけ早足で本部へと向かった。


「魔術協会といえば、あのでけぇおっさん思い出すな」


 魔術協会本部の大きな玄関前に立ったレウスは、飾りガラスで作られた美しい扉を見つめながら言葉を落とす。

 そんなレウスの言葉を聞いたシリルは、んーっと顎に指をあてながら口を開いた。


「大きいと言うと、ガルドレッドさんですか?」

「そうそう。バーバリアンで超ごついのに妙に丁寧に喋るおっさん」

「なんか元も子もない評価ですね……」


 シリルは困ったように笑いながら、怒りだすガルドレッドの姿を想像する。

 そんな二人の会話を聞いていたリセはガルドレッドの姿を思い出しながら言葉を発した。


「でもわたしはあの人、きらいじゃない」

「ガルドレッド卿、か。“知恵持つバーバリアン”ということで、ブレイドアーツまで噂は届いていたな」


 リリィは腕を組んで過去の記憶を辿りながら、確かめるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

 バーバリアンは本来、野蛮な種族である。

 略奪はもちろん、本能に任せた様々な悪行は全世界の知るところだろう。

 しかしながらその戦闘力は凄まじく、かつて種族戦争時代には重要な兵力としてどの軍も重宝していたようだ。

 もっとも平和な今の時代は、彼らにとってひどく窮屈なものなのかもしれない。


「ガルドレッドさんはバーバリアンですが、とても穏やかな方ですよ。私はもっぱら怒られてますが」


 シリルは大粒の汗を流しながら、少し恥ずかしそうに口を開く。

 そんなシリルを見たリリィは、にっこりと笑いながら言葉を返した。


「ふふっ。シリルのことだ。人助けに精を出しすぎたのではないか?」

「あぅ。正解です」


 リリィにあっさりと見破られたシリルは、がっくりと両肩を落とす。

 そんな二人の会話を聞いていたレウスは、気を取り直して目の前の扉に視線を戻した。


「ま、いーや! さっさと入ろうぜ!」

「そうだな。早く報告、を……」

「こらフォアラ! まだ食後の歯磨きが済んでないでしょう! 走り回るな!」

「あははははっ!」


 扉を開いた先に広がっていたのは、白い床が広がる美しく広い玄関。

 しかし何より一行の視線を集めたのは、小さな歯ブラシを持って金髪の少女を追いかけるガルドレッドの姿だった。


「や、やっと捕まえた……。フォアラ、お願いですから少しは言うことを聞きなさい」


 ガルドレッドはフォアラと呼ばれた金髪の少女を抱きかかえ、大きなため息を落とす。

 フォアラはその大きな瞳を開きながら小首を傾げ、不思議そうに口を開いた。


「んぇー? フォアラ、おいたんの話聞いてるよ?」

「いやそういうことじゃなく―――」

「あー! それ、おやつ!? おやつ!?」

「だぁぁぁ、もう! 走り回るなと言っているでしょう!」


 視線の端におやつを見つけたフォアラは、その緑色の瞳を輝かせながらとてとてと走っていく。

 そんなフォアラを歯ブラシ片手に追いかけるガルドレッドをジト目で見つめながら、レウスははっきりと言葉を発した。


「……おっさん。その子どっから誘拐してきたんだよ?」

「失敬な! この子はれっきとした魔術協会本部所属の魔術士で―――あれっ?」

「あはは。ガルドレッドさん、こんにちは」


 シリルは苦笑いを浮かべながら、歯ブラシ片手に突っ立っているガルドレッドへと言葉を送る。

 そんなシリルの言葉を受けたガルドレッドは少しだけ頬を赤く染めながらズレた眼鏡を直し、言葉を返した。


「えー、あー。ナンバーゼロ……おかえりなさい」

「えっと。ただいまです、ガルドレッドさん」

「馬鹿、な。あの凶暴なバーバリアンが子守をしている……」

「ゆかい」


 呆然とするリリィと、無表情なまま率直な感想を落とすリセ。

 やがて一行は魔術協会本部の中に入り、ガルドレッドへと話を始めた。

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