第69話:ラスカトニア警備隊
程よい風の吹き抜ける平原を歩いてきた一行の前に、懐かしいラスカトニアの外壁と王城が見えてくる。
白く荘厳で美しい城は堂々と佇み、それを彩る水のアーチは爽やかに日の光を反射していた。
「見えてきたな。あそこがラスカトニアか」
リリィは肩車しているリセの足を押させながら遠目に見えてきたラスカトニアの姿を視界に収め、小さく言葉を落とす。
同じようにラスカトニアの姿を確認したシリルは、ほっと胸を撫で下ろした。
「良かった。とりあえず無事なようです」
リリィから裏魔術協会の話を聞いていたシリルは、魔術協会本部にも何か危険が迫っているのではないかと心配していたが、少なくとも遠目で見る限り異常は見当たらない。
そんなシリルの心中を知ってか知らずか、レウスは頭の後ろで手を組みながら言葉を返した。
「まあ、あの国は治安良いしな。そうそうやばいことにはなんねーだろ」
「……いや、それはどうかな」
「リリィさん?」
レウスの言葉に反応し、厳しい表情を見せるリリィ。
そんなリリィの言葉を受けたリセが不思議そうに首を傾げていると、リリィはにっこりと笑いながら言葉を続けた。
「いや、なんでもない。とにかく魔術協会本部に向かおうか」
「そうですね。ガルドレッドさんにご挨拶もしないと」
シリルはぽんっと両手を合わせ、リリィに向かって返事を返す。
そんな二人の会話を聞いていたレウスは、近づいてきたラスカトニアの外壁を指さした。
「おっ、あそこって正門じゃね? なんか懐かしいな~」
「そうですね。正門があるということは……」
「ム。ナンバーゼロ、ご帰還ですか? お疲れ様です!」
外壁の一部に建てられた門の前で一人の男が両腕を組み、仁王立ちしていた。
その黒い正装には汚れ一つ付いておらず、肩には短めのマントが装備されている。
つばの付いた硬質的な帽子にはラスカトニア王家の紋章が刻まれたメダルが付けられ、その権威を示す。
魔術協会ナンバー8“強硬右腕”の二つ名を持つ男ジャスティス=ジャストは、直立した状態で形式ばった敬礼をシリルに見せていた。
「あわ。えっと、ご苦労さまです!」
シリルはわたわたと両手を動かし、やがてぎこちない敬礼をジャスティスに返す。
慌てた様子のシリルを見たリセはくすくすと笑い、その笑い声に気づいたシリルは頬を赤く染めた。
「失礼ですがナンバーゼロ、こちらの方は?」
ジャスティスは鋭い眼光をしたまま被っている帽子を直し、リリィの方へと視線を向けながらシリルに向かって質問する。
質問の意図を理解したシリルは、微笑みながら返事を返した。
「えっと、この方はこちらにいるレウスくんのお母さんで、リリィさんと言います。今日はガルドレッドさんに至急お伝えしたい用件があるということで、私が取り次ぐことになりました」
「ム。そうですか。リリィ様、魔術協会へのご支援感謝致します」
最低限のシリルの紹介からリリィ来訪の意図をくみ取ったジャスティスは、軽く敬礼をしながら言葉を続ける。
そんなジャスティスの言葉を受けたリリィは、微笑みながら返事を返した。
「所詮私は一介の剣士にすぎない。今日はちょっとした報告をしに来ただけだよ」
「いえ。いつの時代も情報は貴重です。ガルドレッド……殿は協会本部におりますので、私から先に連絡しておきましょう」
「それは助かるな。ありがとう」
リリィは小さく頷きながら、連絡役を買って出てくれたジャスティスへとお礼の言葉を伝える。
やがてシリル達はジャスティスのいる正門を後にして、ラスカトニア中央にある魔術協会本部に向かって歩き出した。
ジャスティスがそんなシリル達の背中を直立不動の状態で見送っていると、警備隊の詰め所から一人の女性警備員が降りてきた。
「なんか優しくて綺麗な人だったなぁ。ちょっと憧れます」
キセはリリィの背中を見送りながら、ジャスティスに聞こえないよう小さな声で言葉を落とす。
しかしジャスティスは完全にキセの言葉を捉えており、視線を鋭くしたまま返事を返した。
「確かに、な。しかしそれ以上にプレッシャーを感じた」
「え……そうですか? 穏やかな方でしたが」
キセはジャスティスの言葉の意味がわからず、頭に疑問符を浮かべる。
相手の力量を全く把握できていないキセの様子を察したジャスティスは、大きくため息を落とした。
「はぁ……いいから貴様は魔術協会の本部に連絡を入れろ」
「??? はっ。了解しました!」
がっかりしているジャスティスの様子を不思議に思うキセだったが、やがて本部に連絡を入れるため警備隊の詰め所に戻った。
『女剣士リリィ、か。聞いたことはないが、ただならぬ雰囲気を纏っていた。情報というのも、最近隣国の様子がおかしいことと関係があるのかもしれんな』
「隊長すみません! 通信機の使い方を失念しました!」
「なのにこっちはこれか……まったく」
実力者を連れて帰ってきたナンバーゼロと比べ、我が警備隊の体たらくはどうしたことだ。
ジャスティスは強くなる頭痛を抑えながら、キセの頭に拳骨を落とすため踵を返した。




