第68話:これまでの旅路
ブレイドアーツを出発した四人と一匹は、街道を順調に進んでいく。
リリィに肩車された状態でにこにこしているリセの様子を察したシリルは、にっこりと微笑みながら言葉を紡いだ。
「ふふっ。リセさん、ずっとリリィさんの肩に乗ってますね」
「あいつは昔っから母ちゃんが好きだったからな~。久しぶりに会えて嬉しいんだろ」
レウスは頭の後ろで手を組みながら、リリィの肩に乗っているリセを見上げる。
そんなレウスの言葉を聞いたリセは、不満そうに眉間に皺を寄せながら返事を返した。
「レウス、うるさい。お姉さんは後でいっぱいくっつくから待ってて」
「ふふふっ、わかりました」
ふんすと鼻息を荒くしながらくっついてくることを予告するリセに対し、小さく笑うシリル。
そんな二人の様子をしばらく見ていたレウスは、やがて目の前の街道に視線を戻して言葉を落とした。
「別にいーけどよー。一度来た道を戻るってのはなんかつまんねーな」
「仕方あるまい。ラスカトニアに戻るには、この道が一番早いのだからな」
いま一行は、ブレイドアーツに向かう際に通った道を戻っている。
出発点であるラスカトニアに戻ろうとしているのだから当然だが、レウスはそれが面白くないらしい。
「ちぇ……わーってるよ」
レウスはつまらなそうに口を尖らせ、言葉を落とす。
そんなレウスの方に顔を向けながら、シリルは小さな声で囁いた。
「レウスくんは、リリィさんにくっつかなくていいんですか?」
「は、はぁっ!? お、俺は別に、手ぇ繋ぐとか思ってねえし!」
「えっと……そこまで明確には言ってないです」
「うっ、うるせーな! 姉ちゃんも気ぃ抜いてるとコケるぞ!」
レウスは顔を真っ赤にしながら、シリルに向かって言葉をぶつける。
和気あいあいとした雰囲気で会話をする二人を見たリリィは、大口を開けて笑った。
「はっはっは。まるでレウスとリセに姉が出来たようだな」
「お姉さん、ですか。それは良いですね」
きっとそれは、凄く楽しいだろう。
シリルは心の底からそう考え、頷きながら微笑んだ。
「おねーさんがお姉ちゃんになってくれるなら、さいこう」
「ま、悪くねーな。母ちゃんより料理うまいし」
「な!? 失礼だぞレウス! 私だってその、練習しているんだ!」
突然料理の腕を否定されたリリィは、少しだけ頬を膨らませながら反論する。
しかしレウスは頭の後ろで手を組みながら、悪びれる様子もなく言葉を続けた。
「なんかなー。母ちゃんの料理は“繊細さ”ってもんが足りねえんだよ。ま、その辺の飯屋より全然美味いけど」
「ていうか、レウスに繊細さとか言われたくない。失礼すぎる」
「あんだとー!? 俺がガサツだってのかよ!」
「ガサツじゃない。ただバカなだけ」
「悪化してんじゃねーか! やめろよ!」
リセからのあんまりな指摘に対し、ショックを受けながら言葉を返すレウス。
口論になりそうな二人の様子を察したシリルは、眉を顰めながら言葉を紡いだ。
「ま、まあまあ。腕についてはわかりませんが、私リリィさんのお料理食べてみたいです」
シリルはぐっと両手を握りこみながら、わくわくとした様子で希望を口にする。
そんなシリルの言葉を聞いたリリィは、小さく笑いながら返事を返した。
「ふむ。ならば今日の昼食は私が作ろう。だがあまり期待してくれるなよ」
「わぁぁ。リリィさんのお料理、楽しみです! 私も手伝います!」
シリルは花咲くような笑顔を見せながら、リリィに向かって言葉を返す。
そんなシリルの言葉を受けたリリィは、昔と変わらないその笑顔に安堵してこくりと頷いた。
「やー、久しぶりに食うと母ちゃんの料理もなかなかだな。姉ちゃんには負けるけど」
「そんな。とっても美味しかったですよ」
昼食のあと、一行は地面に座りながら食後のお茶を飲んでいる。
リリィの料理は多少量が多すぎたものの、味付け自体は全く問題なかった。
「私の料理は男向けというか、大雑把な味付けだからな、どうしても食べる人を選んでしまう。是非シリルには料理のいろはを教えてほしい」
「そっそんな。私なんか……」
「謙遜することはないさ。今朝の朝食は見事だった」
リリィは今朝シリルが準備した朝食を思い出しながら、にっこりと微笑んで料理の指南を依頼する。
そんなリリィの言葉を聞いたレウスは、リリィとシリルの料理の違いを改めて考えた。
「母ちゃんの料理は”街のきったない定食屋の美味い飯”って感じだけど、姉ちゃんの料理は”ホテルの最高級ディナー”って感じなんだよなぁ」
「タイプは違うけど、両方美味しい。わたしは、どっちも好き」
レウスの言葉を否定しないながらも、二人の料理がどちらも素晴らしかったと評するリセ。
リセは二人の料理の味を思い出しながら、素直な気持ちを口にしていた。
「ありがとうございます、リセさん」
「ありがとうリセ。リセは優しいな」
料理を褒められた二人は嬉しそうに笑い、リセの頭を優しく撫でる。
そんなリセの姿を見たレウスは、つまらなそうに口を尖らせた。
「ちっ。なんだよ……」
そっぽを向いた状態で、ふてくされたように口を尖らせるレウス。
気づけばそんなレウスの頭を、シリルが優しく撫でていた。
「??? なんで俺の頭撫でてんだ姉ちゃん」
「あ、えっと、なんとなく可愛いなって思って……」
シリルは苦笑いを浮かべながら、誤魔化すように笑い声を響かせる。
レウスは頭を優しく撫でる手の感触にまんざらでもない様子で、小さく言葉を落とした。
「なんだよもう。わけわかんねー」
「しかし、レウスもリセもよく懐いているな。これまでシリルがどれだけ二人のことを守ってくれたのか容易に想像できる」
そうでなければ、ここまで信頼されることはないだろう。
リリィは心からシリルに感謝し、そして尊敬していた。
「そう。お姉さんはいっぱい私たちを助けてくれた」
「ま、そうだな。そこは否定しねえよ」
リセとレウスは小さく頷きながら、リリィの言葉を肯定する。
シリルは恥ずかしそうに頬を赤く染めると言葉を落とした。
「な、なんだか恥ずかしいです」
「そうだ。よかったらこれまでの旅路について少し聞かせてくれないか?」
シリル達三人の旅路に興味を持ったのか、リリィはみんなのカップにおかわりのお茶を注ぎながら質問する。
そんなリリィの言葉を受けたレウスとリセは、迷わず言葉を返した。
「おう! じゃあ姉ちゃん説明よろしく!」
「よろしく」
「私ですかっ!? うぅ。わ、わかりました。まずですね……」
「ああ。ゆっくり話してくれ」
緊張した様子のシリルに苦笑いを浮かべながらも、優しく話を促すリリィ。
そんなリリィに導かれるまま、シリルはこれまでの旅路について説明を始めた。
「なるほど。少なくともこの旅の途中で二人のナンバリング魔術士に会っているのだな」
「はい。お二人とも凄い方でした」
三人の旅路の中でリリィが最も興味を持ったのは、ヴェリーミアとリリナの話だった。
そんなリリィの様子を見たレウスとリセは、同時に二人の魔術士の姿を頭に浮かべる。
「あー、まあ二人ともすっげー変な奴だったけどな」
「それは、同意する」
「あ、あはは……」
あんまりな言いぐさの二人に対し、大粒の汗を流すシリル。
リリィは顎の下に曲げた人差し指を当て、何かを考えるような姿勢で言葉を続けた。
「ふむ。ラスカトニアに戻る途中でその二人にも裏魔術協会の存在を伝えておきたいところだが……滞在中に会えるかどうかは微妙なところだな」
二人のいる街には立ち寄るものの、滞在時間やタイミングの問題もあり、実際会えるかどうかは正微妙なところだろう。
どうにか二人の魔術士に状況を伝えたいと考えているリリィの言葉に対し、シリルは微妙な表情を浮かべていた。
「あ、えっと……そうですね。会えるよう努力しましょう」
「???」
はっきりしないシリルの態度に疑問符を浮かべ、リリィは首を傾げる。
その時レウスが持っていたお茶を飲み干し、勢いよく立ち上がった。
「まあとにかく、そろそろ行こうぜ。俺飽きちまったよ」
「飽きたとかいう問題ではないが、そうだな。のんびりもしていられん」
「では、出発しましょうか」
立ち上がったレウスに合わせるように一行は片づけをはじめ、やがて水場から出発する。
程よい風の吹き抜ける平原を歩く一行を、日の光が穏やかに包んでいた。




