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第66話:リビングにて

リリィの家の一階にあるリビングで四人は今、机を挟んでオレンジ色の淡い明りの下で会話を続けている。

 辺りはすっかり星空に包まれ、人々の多くが眠りについている時間。

 そんな静寂の時間の中で、リリィの声が続けて響いてきた。


「裏魔術協会の目的はただひとつ、魔術協会の破壊と世界の掌握だ」

「世界の掌握……世界征服ということですか?」


 シリルは怪訝そうな表情をしながら、リリィへと質問する。

 そんなシリルの言葉を聞いたリリィは、ゆっくりと落ち着いた様子で返事を返した。


「そうだ。魔術士の力は驚異的だが、それ故に力を制御する”何か”が必要になる。現在の魔術協会の発足理由はその部分にあるだろう?」

「ええ、確かに。魔術を悪用するのは容易ですし、それを律するのは各王国の騎士団だけでは難しいでしょう」


 魔術を習得するのは容易なことではない。しかしそれ故にその力は強大で、人の命も簡単に奪い取る。

 もともと魔術協会はそんな魔術を使用・研究する魔術士を管理するために発足された組織だった。


「うむ。魔術協会は各魔術士の研究成果と魔術自体の使用を管理しているわけだが、その体制に異議を唱えた者がいる」

「それが裏魔術協会の幹部、ですか」

「ああ。彼らは”魔術とは個人の力であり、集団に管理されるものではない”として魔術協会への入会を拒み続けている。一方魔術協会は世界の混乱と破壊を防ぐため、裏魔術協会とは対立する立場にある」

「”力を自由に使うべき”とするものと”力を正しく制御すべき”とするもの。対立するのは当然ですね」


 シリルは納得した様子で頷き、リリィに続きを促す。

 そんなシリルの言葉を聞いたリリィは、さらに言葉を続けた。


「ああ。人の思想は自由だ。その思想の正当性を主張するだけなら特に問題はなかったが、裏魔術協会は裏社会の人間と手を組み、強引な方法で各都市の魔術協会を占拠したり、力の誇示のために人々を虐殺するようになった。こうなってはもはやただの破壊行為だ。見過ごすことはできない」

「そっか。だからリリィさん達は、村を出たんだ」


 リセはようやく合点がいった様子で、シロを抱きしめながらこくこくと頷く。

 シロはそんなリセの腕の中で眠そうに目をとろけさせ、リリィは眉を顰めながら言葉を続けた。


「それについては、すまないと思っている。しかし現状を打破するには騎士団や魔術協会だけでなく、我々の力が必要だと思ったんだ。それに何より―――」

「何より?」

「私たちが平和に暮らしている村を。レウスとリセを、守りたかった。裏魔術協会の脅威が村に迫るその前に、芽を摘んでおきたかったんだ」


 リリィはその赤い瞳を鋭くしながら、強い意志を込めて言葉を紡ぐ。

 そんなリリィの気迫を感じたシリルはしっかりと頭で言葉を理解し、そして頷いた。


「なるほど。リリィさんたちが村を出たのはそういう事情があったんですね……」


 自分たちの生活を守るため。そして何より、子ども達という未来を守るため、リリィは再び剣を取った。

 昔と少しも変わらないその姿勢にシリルが小さく微笑んでいると、隣のリセの頭がぐらぐらと揺れていることに気が付いた。


「……ん」

「リセさん、眠くなっちゃいましたか?」


 こっくりこっくりと船をこいでいるリセの様子を察したシリルは、首をかしげながら質問する。

 リセはふるふると顔を横に振りながら返事を返した。


「だい、じょぶ。まだいける」

「いや……もうこんな時間だ。そろそろ眠っておいたほうが良いだろう」


 窓からチラリと外の様子を見たリリィは、子どもはとっくに寝る時間になっていることに気が付く。

 そんなリリィの言葉を受けたシリルはリセを連れて座っていた椅子を立ち上がった。


「では私たちは、お部屋に戻ります。レウスくんはどうしますか?」

「えっ……」

「…………」


 予想外のシリルの質問に、面食らった様子のレウス。

 シリルが無言のまま返事を待っていると、レウスは少し動揺した様子で視線を左右に泳がせて返事を返した。


「えっと、じゃあ、俺はもうちょっとここに、いる」

「……わかりました。では、おやすみなさい」

「おやすみ」


 既にふらふらとしているリセを連れ、二階へと上がっていくシリル。

 リセは最後の力を振り絞って目を開くと、階段を上りながらシリルに向かって質問した。


「おねーさん、レウスを置いてきてよかったの?」

「いいんですよ、これで。私たちがいたらレウスくん、素直になれませんから」


 シリルはどこか困ったように笑いながら、リセに向かって返事を返す。

 リセはそんなシリルの言葉の意味がわからず、頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。 






「…………」

「…………」


 リビングに残されたレウスとリセの間に、沈黙の時間が流れる。

 そんな沈黙の中、リリィは先に口を開いた。


「すまない、レウス。理由はどうであれ、寂しい想いをさせてしまったな」


 リリィは眉を顰めながら、以前見た時より少しだけ大きくなっている我が子を申し訳なさそうに見つめる。

 そんなリリィの言葉を受けたレウスは自身の履いているズボンをぎゅっと掴み、震える声で返事を返した。


「べつに、へいきだし。さびしいとかねーし」


 ぶっきらぼうなレウスの声。そんなレウスの声を聞いたリリィは、にっこりと微笑みながら言葉を続けた。


「そうか。レウスは強いな」

「そうだよ。俺は強いし、かーちゃんととーちゃんがいなくなっても、べつに……っ」


 返事を返すレウスの声に、限界が迫る。

 いつのまにかレウスの大きな瞳には大粒の涙が溢れ、その小さな両肩は震えていた。


「レウス。―――よく、頑張ったな」


 そんな息子の胸中を悟ったリリィは手甲を外すとレウスの頭を抱き寄せ、小さく言葉を落とす。

 リリィの優しい声と懐かしい香りに包まれたレウスは、ぽろぽろと涙を流しながらリリィを抱きしめ返した。


「うっ……ひっぐ。うああああああ……っ!」

「…………」


 自身の体を強く強く抱きしめるレウスを愛おしく思いながら、リリィは優しい手つきでその頭を撫でる。

 満点の星空に包まれた小さな一軒家。そのリビングでレウスは、小さな泣き声を響かせ続けていた。


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