第65話:理由
「リリィさん! レウスくん達はリリィさんたちが心配で村を出たんです! どうか怒らないであげてください!」
リリィの静かな気配を感じたシリルは、咄嗟に言葉を発する。
そんなシリルの言葉を聞いたリリィは、小さく息を落としながら返事を返した。
「……もちろん、怒るつもりはないさ。ただ、二人には安全な場所にいてほしかったんだ」
リリィはどこかつらそうな目で遠くの空を見つめ、眉を顰める。
そんなリリィの鎧をトントンと叩き、リセは首を傾げながら質問した。
「リリィさん。リリィさんがいるってことは、私のお母さんたちもここにいるの?」
「いや、私とは別行動だ。しかし……急を要していたとはいえ、黙って村を出てしまったのは失敗だったかもしれないな」
リリィは眉を顰めた状態で、自身の失策を攻めているのか大きく息を落とす。
そんなリリィに対して、シリルはゆっくりと質問した。
「リリィさん。良ければ話してくれませんか? 一体、何があったのか」
「そう、だな。ここまで事態が進展してしまっては、もはやレウスたちにとっても無関係ではないだろう。幸い私は仮の家をこの国で貰っているから、まずはそこに向かうとしよう」
リリィは踵を返し、颯爽と歩き出す。
そんなリリィの背中を三人は慌てて追いかけるが、いつのまにかレウスはリリィのすぐ隣を歩いていた。
「…………」
「レウス、すまなかった。お前にはつらい思いをさせてしまったな」
隣を歩くレウスの表情から全てを察したリリィは、ガントレットを外した手で優しくレウスの頭を撫でる。
そんなリリィの言葉を受けたレウスは、ぷいっと顔を背けながら言葉を返した。
「……べつに、つらくねえし」
「―――そうか」
ぶっきらぼうなレウスの言葉。その言葉の奥にある感情を読み取ったリリィはそれ以上何も言わず、ただ前に歩みを進める。
四人が去った後の広場には、まるで未来を暗示するように凄惨な状態が広がっていた。
リリィの家に到着した四人は今、リビングにある机を挟んで座っている。
リリィは机に両肘を乗せて両手を組むと、おもむろに話を始めた。
「ここまで旅をしてきて気づいているかもしれないが、最近裏社会で強力な魔術機構を利用した兵器が出回っている」
「っ!? 確かに、この国に到着するまでに何度も対峙しました」
シリルの脳裏に、ラスニアで戦った盗賊団の姿が思い出される。
確かに彼らも、持っているのが不自然なほど強力な兵器を所持していた。
「本来ならあのような兵器は国家に属した魔術士レベルが持っているべき代物だが、今は町のチンピラですら所有している者がいる。これがどういう状況かわかるか?」
リリィは真っ直ぐにシリルを見つめ、淡々とした調子で言葉を紡ぐ。
そんなリリィの言葉を受けたシリルは、ごくりと喉を鳴らしながら返事を返した。
「裏社会と騎士団との力関係の逆転……ですか」
「そうだ。これまで均衡を保ってきたが、あれほどの兵器を町のチンピラレベルが所有しているとなると、騎士団も苦戦せざるをえない。結果として町の治安は悪化し、最悪の場合国の崩壊を招くだろう」
「それが、リリィさん達が村を出た、りゆう?」
リリィの話を聞いていたリセは、シロを強く抱きしめながら首を傾げる。
そんなリセに視線を向けると、リリィはさらに言葉を続けた。
「いや、ここからが肝心なのだ。私たちが独自に調べを進めたところ、どうやら裏社会に兵器を供給している一つの集団が存在していることがわかった。彼らは魔術機構を搭載した兵器を配ることで利益を得て組織を巨大化し、最終的には―――」
「最終的には?」
苦々しい表情で言葉に詰まったリリィに続きを促すように、柔らかな声を発するシリル。
その声に呼応するように、リリィはさらに言葉を紡いだ。
「最終的には、今現在存在するすべての国家の崩壊。そして魔術協会の壊滅を目論んでいる」
「そん、な……」
あまりに大きな野望に、言葉を失うシリル。
しかし先ほど襲ってきた黒服の男たちの戦闘力、そして町のチンピラ達が力を増しているという事実を鑑みれば、あながち達成不可能な目標ではない。
だからこそ、恐ろしかった。
「でもそんなこと、可能なの?」
「今の奴らの資金力・技術力を考えれば不可能ではない。いや、不可能ではないレベルまで成長してしまった、と言うべきか」
リセの言葉を受け、淡々と言葉を続けるリリィ。
そんなリリィの言葉を聞いていたシリルはある疑問に到達し、それを質問した。
「それでその集団とは、いったい何者なんでしょうか?」
「あくまで私が調べた範囲だが……その集団の幹部は全て高レベルの魔術士で構成されているらしい。彼らは魔術協会の破滅を唱えて魔術協会に属していない魔術士を集め、ここまで成長してきた」
「成長……」
「そうだ。その組織の名は、裏魔術協会。世界中の国家を破壊し、魔術協会を破滅させるべく生まれた組織だ」
リリィの口から落とされた言葉は、どこか重く、暗い雰囲気を漂わせている。
その組織の名を聞いたシリルは再び喉を鳴らし、眉間に皺を寄せながら言葉を紡いだ。
「裏魔術……協会」
シリルはふとももの上に重ねていた自身の手を強く握り、突然やってき
た正体不明の悪寒に耐える。
そしてリリィたちの会話を聞いていたレウスは眉を顰め、心配そうな瞳でリリィの横顔をただ見つめていた。




