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第64話:鎧の下は

 振り下ろされた男の手斧を漆黒の剣で受け止めている黒騎士の表情は、重厚なメットに包まれて窺い知ることはできない。

 しかしピクリとも動かない自分の斧に焦りを感じているのか、男の方はその表情が曇ってきた。


「オオオオオオオオオッ!」

「!? あいつら、三人がかりで!?」


 苦戦している男の様子を察したのか、仲間らしき黒服の男たちが黒騎士に群がって同時に手斧を振り下ろす。

 合計三本の手斧を受け止めることになった黒騎士だったが、受け止めている漆黒の剣は欠片も震えていなかった。


「すげ、え。あの怪力を三人分受け止めて、欠片も動じてない」

「…………」


 シリルは自身のすぐ近くで行われている攻防に声を失い、その方向にただ顔を向ける。

 しかしその心の奥底で、シリルは確かに感じていた。

 黒騎士から放たれるこの静かな闘志は、一体何なのか。

 今まで自分が出会ってきたどの戦士とも違う、静かだが強烈な闘志。

 シリルはその気迫に押されていたが、黒騎士が軽々と三本の手斧をはじき返した音で意識を取り戻した。

 周囲に気を配ると、逃げ惑う人々の困惑した声と断末魔が聞こえてくる。

 ならば、この場で自分がすべきことなど考えるまでもなかった。


「リセさん、レウスくん。私から絶対に離れないでください。とにかく暴れている人たちを無力化します」

「うん。わかった」

「お、おう。でもすげえ数だぜ?」


 いくら姉ちゃんでも無理なんじゃ……とレウスが小さく言葉を落とし、そんなレウスの言葉を聞いたシリルは安心させるように優しくその頭を撫でる。

 やがてシリルは意を決したように眉間に皺を寄せ、黒騎士に向かって言葉を発した。


「黒騎士さん! ここは一般の方が大勢いらっしゃいます。私と協力して、黒服の皆さんを倒しましょう!」


 シリルはどうにか現状を打破して人々を助けようと、黒騎士の背中に声をかける。

 しかし黒騎士はシリルに振り返ることもなく、小さな声で言葉を落とした。


「その必要は、ない」

「えっ?」


 突然の黒騎士の言葉にシリルが驚いていると、広場で暴れていた黒服の男たちが次々と吹き飛んで建物の壁へとめり込んでいく。

 黒騎士は周囲を見回してそれ以上敵がいないことを確認すると、小さく息を落としながら言葉を続けた。


「必要ない。もうすでに、全員倒している」

「……す、ごい」


 シリルは黒騎士の圧倒的な実力に声も出せず、しかし叫び声が止まったことも事実なので、頭が混乱している。

 そんなシリルのローブの裾を、リセがくいくいと引っ張った。


「おねえさん。だいじょうぶ?」

「あっ。は、はい。大丈夫です」


 シリルは慌ててリセの声に応え、改めて周囲の状況を確認する。

 どうやら広場にいたほとんどの観光客は逃げることができたようだ。

 今広場には、倒れた黒服の男たちがただ転がっている。

 そんな状況を理解したシリルは、再び黒騎士へ語り掛けた。


「それにしても、驚きました。まさか黒騎士さんが助けてくれるなんて……」

「そーそー! おっさん意外といいやつじゃん!」

「助かった。ありがとう」


 リセはいつのまにかシロを抱えた状態でぺこりと頭を下げ、シリルは深々と頭を下げる。

 そんな二人の様子を見た黒騎士は剣を鞘の中に仕舞いながら言葉を返した。


「……いや、驚いたのは私の方だ」

「えっ―――?」


 黒騎士はゆっくりとした動作で自身のメットを外し、地面へと放り投げる。

 漆黒のメットから解放された黒い髪は茜色の光に照らされながら風に流れ、美しく輝く。

 赤い瞳は鋭く前だけを見つめ、凛々しくも美しい顔立ちは息をするのも忘れさせる。

 黒騎士……いやリリィは真っ直ぐにレウスを見つめ、悲しそうに言葉を落とした。


「レウス 。何故お前がこんなところにいる? アスカと一緒に留守番しているはずだろう」

「あ、あ……」


 リリィの顔を見たレウスは声を言葉にすることができず、ぱくぱくと口を動かす。

 そんなレウスの代わりになるように、リセが驚いた表情のまま言葉を紡いだ。


「リリィ……さん?」

「…………」


 リリィはリセの言葉を受けると悲しそうに視線を向け、眉をひそませる。

 ブレイドアーツの町は徐々に茜色の光も消え、群青色の空が広がりはじめていた。


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