第60話:開幕・武術大会
「すっげー! これがブレイドアーツの武術大会かぁ!」
「人がたくさんいる……」
三人は無事に武術大会の観戦チケットを入手し、観覧席からコロシアムの中心にある闘技場を見つめる。
闘技場の周りには三人と同じように武術大会の観戦に来た人々で溢れ、会場は異様な熱気に包まれていた。
リセはどこか不安そうに周りの人々を見回すと、両腕で抱えていたシロを強く抱きしめた。
「大丈夫ですよ、リセさん。ここから動かなければ迷子にもなりません」
「ん。ずっとここにいる」
にっこりと微笑んだシリルが優しくリセの頭を撫でると、リセはシロに顔を埋めながらこくこくと頷く。
シロは首裏に当たるリセの息遣いが気になったのか、不満そうに鼻息を噴き出していた。
「おっ! なんかごついおっさん達が出てきたぜ! 選手かな!?」
「そうですね。そろそろ予選が始まりますので、参加者の皆さんでしょう」
闘技場に用意された出入り口の中から、屈強な男達がぞろぞろと入場してくる。
鎧を着込んだ騎士のような風体の者から身軽さを追求した盗賊風の男などその見た目は様々だが、一人の男が入ってきたことで会場はどよめきに包まれた。
「おいおい、なんだよあのおっさん。他の剣士の倍はあるんじゃねえの?」
「大きい……」
顔面に大きな傷を負った大男が闘技場に入った瞬間、会場はどよめきに包まれる。
その男は頭の毛を全て剃り上げており、3メートルはゆうに越えているであろう屈強な体格からはオーラすらも感じられる。
背中に背負った大剣は妖しく輝き、その背中からレウスは強大なプレッシャーを感じた。
「あいつ、やべえな……」
「えっ?」
レウスの低い声に驚いたリセがその横顔を見ると、レウスは険しい表情で傷面の男を見つめている。
その視線の先を追いかけたリセは、その男の全身から放たれる圧倒的なオーラに息を飲んだ。
そして試合開始の鐘が鳴った瞬間、闘技場は地獄と化した。
「オオオオオオオオオオオオオオオ!」
傷面の男は背中に背負った大剣を振り回し、周りにいた剣士達を次々に吹き飛ばしていく。
そんな男の勢いに息を飲みながら、レウスはシリルへと質問した。
「ね、ねーちゃん。あいつめちゃくちゃ暴れてるけど、あれいいのかよ!?」
「予選は乱戦によるバトルロイヤルですので、問題はありません。しかしあの強さは異常ですね……」
シリルは真剣な表情になりながら、傷面の男の勢いを肌で感じ取る。
傷面の男は大量に集まってきた剣士達を次々と吹き飛ばしながら、鬼神のごとき勢いで闘技場内を暴れまわった。
剣士達は時に複数人で結託して同時に傷面の男に襲い掛かるが、男は見た目に反した素早さと器用さでその攻撃を回避し、返す刃で複数の重装剣士を吹き飛ばしていく。
その姿はまるで巨大なモンスターのようで、リセは思わずその体を震わせた。
「あんなの……倒せるやつなんて、いない。強すぎる……」
「……っ!」
レウスは自分があの場に立っていない悔しさからなのか、それとも傷面の男への恐怖からなのか。恐らくはその両方で、その小さな拳を震わせる。
その間にも傷面の男は唸り声を上げながら周りの剣士達を吹き飛ばし、騒いでいた観衆もいつのまにか静かになってしまっていた。
「オオオオオオオオオオオオオ!」
「ひ、ひいっ!?」
傷面の男は逃げ出そうとする剣士にも容赦なく襲い掛かり、次々と吹き飛ばしていく。
男の倒した剣士達が三桁をゆうに越えようかという時には、すっかり観衆達も声を失っていた。
「みんな、静かになっちゃった……」
「無理も、ねえよ。あんなの人間じゃねえ」
レウスは何故か悔しそうに奥歯を噛み締め、傷面の男の背中を見つめる。
そしてついに闘技場には、傷面の男と重厚な黒い鎧を全身に纏った剣士だけが残された。
「お、おいあいつ、黒騎士じゃねえか!?」
「ほんと、だ。でも、座ってる……」
黒騎士は傷面の男の動きに欠片も反応を返さず、闘技場の隅で自身の剣を抱きながらあぐらをかいて座っている。
そんな黒騎士の姿が気に食わなかったのか、傷面の男は圧倒的なスピードで黒騎士との距離を詰めた。
「速いっ!? あいつ、スピードもハンパじゃねえ!」
レウスは観客席から身を乗り出し、傷面の男の圧倒的なスピードに目を奪われる。
そうしている間にも黒騎士と男の距離はどんどん縮まり、傷面の男はその巨大な剣を振り上げた。
「逃げろ! そいつのパワーは伊達じゃねえ!」
レウスは相変わらず無防備にあぐらをかいている黒騎士に対し、声を荒げる。
しかし黒騎士はその重厚なメットの下に表情を隠し、一言も返事を返すことはない。
やがて傷面の男の剣が黒騎士の頭部を押しつぶそうと襲い掛かった瞬間、レウスはぎゅっと両目を瞑った。
「っ!?」
リセはその光景を見た瞬間、信じられずに言葉を失う。
しかし震える手でレウスの服を引っ張ると、やがて言葉を紡いだ。
「れ、うす。あれ、見て……」
「えっ……!?」
「…………」
目を開いたレウスの視界に飛び込んできた、その光景。
傷面の男は大剣を地面にめり込ませ、そこを中心として巨大なクレーターが精製されている。
しかしその中心に、黒騎士の姿はなく。
気付けば傷面の男の背後では、黒騎士が腕を組んで佇んでいた。
「っ!?」
傷面の男は自身が背後を取られたことが信じられず、すぐに後ろを振り向く。
黒騎士はそんな男の形相に欠片も動揺することなく、静かにその場に佇んでいた。




