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第6話:ナンバーゼロ

「あなた、は。あなたという、人は……!」


 女性は歯を食いしばりながら腕の力で上半身を支え、その顔は真っ直ぐにスナッチを睨みつける。

 しかし満身創痍のその姿に力強さは感じられず、スナッチは笑い声を響かせた。


「ぎゃははははは! 人は所詮、“持つもの”と“持たざるもの”の2種類しか存在しねぇ! てめぇみたいに才能のねぇ屑共は、俺のように才能ある人間のために血を流してりゃいーんだよ!」


 スナッチは前髪をかき上げ、下品な笑い声を工場中に響かせる。

 女性は眉間にこの上ないほど力を籠め、そんなスナッチへと顔を向ける。

 握りこまれたその両手は、言葉よりも雄弁に女性の心情を語っていた。


「さっき俺のこと、許せねえとかほざいてたがよ……てめえみたいなただの女が、才能溢れるこの俺に一体何をしてくれるってんだぁ!? ぎゃははははははは!」


 スナッチは左手を前に突き出し、指と指の間に、小さな電流を生成する。

 手下の男たちはそんなスナッチの様子を見ると、一斉にどよめき始めた。


「あ、兄貴ぃ! そいつ結構上玉ですぜ!? これ以上傷物にしたら……」

「わぁってんだよ! ちっと気絶させて、その後お楽しみだろーが!」


 スナッチは再び男達へと言葉をぶつけると、下品な笑いを浮かべる。

 返答を聞いた男達は安心したように息を落とし、皆一様に下種な笑いを浮かべた。


「ぐっ、う。ゆるせ、ない。あなただけは絶対に、許さ、ない……!」


 女性は腹部を抑えたまま苦しそうに息を吐くレウスの様子を感じ、両拳の中に更に力を込めていく。

 スナッチはそんな女性の姿を見ると、左手に宿った電撃をさらに大きく強く生成した。

 電流はまるで呼吸するように蠢き、その輝きを増していく。


「ぎゃはははは! 勘違いするんじゃねぇ、馬鹿女が! てめぇは誰も守れねぇ。 才能のねえ偽善者女は、ただ俺の上で腰振ってりゃ、それでいいんだからよぉぉぉぉぉ!」


 一度大きく両目を見開くとスナッチの左手は強く輝かせ、その手の平から再び電撃が発射される。

 獣のように地面を駆けるその電撃はまるで意思を持つように、女性に向かって一直線に突き進む。

 その電撃が無慈悲に女性の頭部へと直撃しようとした、その刹那―――


「ライトニング・キャンセラー……!」


 女性の小さな呟きと共に、何かが弾けるような音が響く。そしてスナッチの電撃は空中へと四散した。

 スナッチは目の前で起こった出来事が理解できず、一瞬思考を停止させる。


「はっ!? なんっ……!? はっ!?」


 スナッチは慌ただしく視線を彷徨わせ、目の前の事態を把握できない。

 女性を取り囲んでいた男たちも場の雰囲気が変わったことに気付き、呆然としたまま女性を見つめていた。


「ムーヴィング・エア……!」


 女性は俯いたまま握っていた左手を開くと負傷した足に触れさせ、その部分に小さな渦巻く風を生成する。

 やがて渦巻く風に両足を乗せ、その体を空中へと浮き上がらせた。

 その肩では先ほど弾いたスナッチの電撃がパチパチと弾け、異様な雰囲気を放っている。


「おまえ……まさか、魔術士!? その様子だと風術士なのか!?」


 スナッチは目を白黒させながら、女性へと声をかける。

 女性は黙ったまま右手を上げ、そのまま天井へと振りかざした。


「あ、あ、ぎゃあああああああああああああああ!?」


 その刹那、女性を取り囲んでいた手下の男たちを荒れ狂う風が襲い、手下達は工場の壁を突き破って外へと吹き飛ばされていく。

 その後スナッチへと身体を向ける女性だったが、スナッチの方が一手速かった。


「ぶわぁかがああああ! 風術士だとわかりゃ、俺に怖いもんなんざねえんだよぉ!」


 スナッチは上着の内側から小瓶を取り出してそれを空中に投げると、素早く魔方陣を地面へと描く。

 眩い光を放つ魔方陣の中央に小瓶が落ちると、スナッチは踏みつけるようにしてそれを叩き割り、その足元から回転する光の渦が周囲に生成された。


「風術士、ならよぉ。この攻撃は防御できねぇだろうがああああああああああ!」


 スナッチは両手を広げ、宙に浮いていた光の渦から無数の光の線を発射する。

 金の輝きを携え、まるでドリルのように回転しながら一直線に女性に向かっていく、幾千もの光の筋。

 女性はまるでわかっていたように体をスナッチに向きなおすと、左手を自分の体の前にかざした。


「レイ・キャンセラー」


 女性のつぶやきと共に、まるで水面のような波紋が女性の左手を中心として展開され、光の筋はその波の中に吸い込まれていく。

 女性は空中に浮遊した状態のまま動揺もせず、スナッチの方へと静かに顔を向けた。


「どういう、ことだ。お前は、風術士のはずだろぉ!? だったらなんで、あの攻撃を防御できんだよぉ!?」


 風術士が得意とするのは、風の魔術に対する防御。だったら光の魔術をぶつけてやれば、それを満足に防御できないはずだ。

 なのに、目の前のこの女はいとも簡単に自分の魔術を防御した。いや……打ち消した。


「なんだ、そりゃ。ふざけんな! ふざけんなよ!」


 スナッチは目の前の事態が信じられず、声を荒げる。

 回避されなかったのであれば、自分の攻撃は100%目の前の女の体を貫き、自分は勝利の余韻に浸りながらほくそ笑んでいたはずだ。

 なのに、この事態はなんだ? 何が起こっている?


「俺ぁ……俺ぁ、1万人以上の会員数を誇る魔術協会、そのナンバー10の男だぞ!? 世界中の魔術士の中で、十番目につえぇ! 俺に勝てる魔術士なんて、この街には存在しねぇ! なのに―――!」


 なのになぜ、目の前のこの女は無傷でいられるのか。

 自分は負けない。相手が魔術師ならばその弱点となる属性を操り、絶対に負けることはない。

 その確信の下、スナッチは連続して魔術を繰り出した。


「だったら、こいつはどうだ。こいつも打ち消してみろよ、おらあああああああ!」


 スナッチは半狂乱になりながら上着に入っていた小瓶を次々と叩き割る。

 するとその小瓶から漏れ出した魔力を使い、炎、雷、水、氷、光、闇の魔術を連続して繰り出していった。

 しかしスナッチが繰り出した攻撃魔術の全ては女性に当たる直前に、女性の前へ展開された様々な障壁によって空中で打ち消された。


「!? そう、だ。思い出した……!」


 そんな女性の姿を見たスナッチは両目を見開き、先日の新聞で読んだ一面の記事を思い出す。

 その記事には大きな見出しで“ナンバーゼロついに出現か!?”と大々的に記されていた。


「その者はそれまでに読んだ魔術書の内容を全て習得し、全属性最高ランクの魔術を自在に操る、疑いようのない天才―――まさか、目の前のこの女がナンバーゼロ、だってのか!?」


 スナッチは驚愕に目を見開き、女性に向かって言葉をぶつける。

 女性は眉間に皺を寄せながら、返事を返した。


「その呼び方は―――やめてください。まだ仮の称号ですし、せっかく協会の職員さんが付けて下さったのに、あなたに呼ばれたくはありません」


 女性はスナッチを睨みつけながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 スナッチは完全に動揺し、上手く回らない口で言葉を発した。


「は、はひゃ、ナンバー、ぜろ。史上最高の、まじゅつし? ふざけんな、ふざけんな。ふざけんなよぉ……!」


 スナッチは生まれて初めて“恐怖”という感情を味わい、狂ったように笑い出す。

 自分以外に、全属性の魔術を操る者など、存在しない。

 どうせ誤報だろう。才能のない馬鹿共が、ペテンか何かに引っかかっているのだろうと高をくくっていた。

 しかし目の前の事実は、何よりも残酷な現実を浮かび上がらせる。

 そんな現実を見たスナッチはこっそりとナイフを取り出し、再びレウスへ向けようとする。

 しかしナイフをレウスへ近づけようとした、その刹那―――


「あっがっ!? あああああああああああああああ!?」


 その右手は炎の槍によって貫かれ、言いようのない痛みと熱がスナッチの手を焦がす。

 女性はスナッチに放った炎の槍を風の魔術で操作して引き抜くと、そのまま檻のカギ穴へと突き刺し、レウスを開放した。


「!? ねー、ちゃん。俺……!」


 レウスは女性へと駆け寄り、唖然としながらも宙に浮かぶ女性を見つめる。

 女性はレウスへと近づくと膝を曲げ、レウスと視線の高さを合わせた。


「ごめんなさい。私の決断が遅かったせいで、レウスくんには辛い思いをさせてしまいましたね……お腹は、まだ痛みますか?」

「うん……あ、あれ?」


 レウスは先ほどまで自分を苦しめていた鈍痛が無くなっていることに気付き、目を丸くしながらその小さなお腹を摩る。

 女性はそんなレウスの手に自分の手を重ねると、嬉しそうに微笑んだ。


「よかった……痛みは、無くなったみたいですね。もう、大丈夫ですよ」

「あっ、う、うん……」


 女性はゆっくりとした動作でレウスを抱きしめ、安堵のため息を落とす。

 レウスは石鹸のような香りと柔らかな感触に包まれ、自分の立ち位置すらわからなくなっていた。


「本当にごめんなさい。後で改めて、謝罪します。でも今は、この場から離れていて下さい」


 女性はレウスから少しだけ離れると、暖かな手の平でレウスの頭を撫で、出来るだけ柔らかな声で言葉を紡ぐ。

 レウスは混乱しながらも、その言葉に対してゆっくりと頷いた。


「あ、うん。わかっ……た」


 レウスは数歩後ずさると、そのまま踵を返して工場の外へと走り出す。

 わからないことだらけ。いや、この場で自分が理解できていることなど、ほとんどない。

 だが、あの女性だけは、信用できる。

 それだけはわかっていたから、レウスは工場の外へと走った。

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