第59話:街並み
ブレイドアーツは、一言で表すなら武骨な国である。
近接武器の製造を主な産業としており、多くの武器職人が集まっている。
城下町には乱雑に建てられた武器商人の出店がひしめき合い、剣士や戦士、さらには盗賊など武器を利用する職業の者が多く滞在している。
非常に優秀な騎士団が存在しているおかげでかろうじて治安は一定の水準以上に保たれているが、諸外国の騎士団であれば荒くれものの多いこの国の治安を守ることはできないだろう。
よく整備されているラスカトニアと違い、ブレイドアーツの家々や城は頑丈さだけを追い求めた不格好なものが多い。ただしそれは種族戦争時代に多くの軍がこの国に駐留し基地としてきた歴史の結果である。
最近ではこの国の武骨さも一つの”味”として受け入れられ、観光客が徐々に増加してきているらしい。
ただし多くの観光客がメインの目的としているのは、その街並みを見るためではなく―――
「武術大会? なんだそりゃ」
レウスはシリルから聞いた武術大会の情報に首を傾げ、頭に疑問符を浮かべる。
辺境の平和な村で生きてきたレウスにとって、武術大会というのはあまりに聞き覚えのない言葉だった。
「ブレイドアーツは先ほどお話しした通り、武器製造が盛んな国です。そんな武器製造業を支えている武器職人たちの意欲向上を目的として設立された大会なのですが、最近は単純に観光客向けの側面が強くなっているようですね。腕自慢の剣士や戦士が多く参加してその強さを競っているらしいです」
「要するに、誰が一番つえーのか決める大会ってことか。おもしれー! 俺も出るぜ!」
レウスはふんすと鼻息を荒くしながらぐっと両手を握り込み、シリルに向かって言葉を返す。
そんなレウスの言葉を隣で聞いていたリセは、シロをぎゅっと抱きしめながら言葉をぶつけた。
「今のレウスじゃ無理。秒殺」
「なにをー!? そんなんやってみなきゃわかんねーだろが! なあ姉ちゃん!?」
レウスはいきなり侮辱されたことに怒りながらも、シリルに向かって同意を求める。
シリルはしばらくうーんと考えを巡らせ、やがて返事を返した。
「えっと……そうですね。レウスくんは十分強いと思いますが、それでも危険があることは変わりません。私としては、あまり出場はしてほしくないですね」
シリルは困ったように笑いながら、促すようにレウスへと言葉を紡ぐ。
しかしそんなシリルの想いとは裏腹に、レウスは勝気な表情で返事を返した。
「そんなん平気だって! 俺丈夫だし!」
「それでも心配だって、お姉さんは言ってる。それに、この国に入る人たちを見る限り大会のレベルはかなり高い。やっぱりレウスには早すぎる」
リセはブレイドアーツに入国する剣士や戦士の顔を見てそのレベルの高さを判断し、冷静に言葉を発する。
確かにこの国に入国する者は多少なり武術に覚えがあるものが多いが、今現在国門をくぐる者たちのレベルはかなり高い。その横顔を見ただけでも、数々の修羅場をくぐってきた過去は容易に想像がつく。
「強い人が集まっているのは恐らく、近日中に武術大会が開催されるからでしょうね。諸外国からも腕自慢が多く集まる大会ですから」
シリルは周囲を歩く人々のただならぬ気配を感じ取り、少し緊張感の増した様子で言葉を紡ぐ。
そんなシリルの言葉を聞いたリセは、こくりと頷きながら言葉を続けた。
「レウスでも絶対勝てないとまでは言わない。でも私たちの旅の目的はこの大会に出ることじゃない。こんな時に怪我をしてしまったら元も子もない」
「うーん……まあ、確かにそれはそうだな。仕方ねえ、諦めるか……」
シリルとリセの二人に説得されたレウスは、渋々ながら納得して顔を俯かせる。
そんなレウスの意気消沈した様子を察したシリルは、にっこりと微笑みながら言葉を発した。
「でも大会を見物するくらいの時間はあるでしょうし、せっかくだから観戦していきましょうか。人が多く集まる場所なら、情報も手に入りやすいですし」
「お、そーだな! じゃ、観戦すっか!」
「楽しみ……」
レウスとリセの楽しそうな声を聞いたシリルはほっとした様子で小さく息を落とし、目の前のブレイドアーツへと顔を向ける。
やがて意を決した一行は、巨大な国門をくぐってブレイドアーツへの入国を果たすのだった。
「ここがブレイドアーツかー。なんかごちゃごちゃした国だなぁ」
レウスは頭の後ろで手を組みながら街並みを見回し、大変失礼な言葉を落とす。
そんなレウスの言葉を聞いたシリルは、頭に大粒の汗を流しながら返事を返した。
「確かに少し乱雑さはありますが、規模としてはかなり大きな部類に入る国ですよ。ここはまだ入り口付近ですが、武術大会が行われるコロシアム周辺はさらに人が増えるはずです」
すでにシリルたちの周りには多くの戦士や剣士たちがひしめき合っているが、コロシアム周辺は観光客も加わってかなりの賑わいになることだろう。
そんなシリルの言葉を聞いたレウスは、少しだけ不満そうに口を尖らせた。
「なんか暑苦しくなりそうだなー。まあ、気温もそんなに高くねえから大丈夫か」
「そうですね。今日は風もありますし……あ、丁度武術大会のパンフレットを配っているようですよ」
シリルは入り口の近くに立っている女性が何かを配っていることを感じ取り、二人に向かって言葉を紡ぐ。
そんなシリルの言葉を聞いたレウスは、すぐさまパンフレットを受け取って戻ってきた。
「へー! 結構いっぱい出場すんだな! 選りすぐられた総勢100名以上が参加、だってさ!」
レウスはパンフレットに書かれているメンバーリストに目を通し、ふむふむと頷きながら鼻息を荒くする。
リセはシロを抱きながらひょっこりと顔を出すと、レウスの持っているパンフレットを覗き込んだ。
「表紙にもなってる通称”黒騎士”って人が前回大会の優勝者みたい。確かにかなり強そう」
表紙には武骨な黒い鎧を身にまとった大柄の剣士が念写されており、広い肩幅と恵まれた体躯を包む黒い鎧が圧倒的オーラを放っている。
その顔は大きなメットに隠されているが、体躯とそのオーラから察するに歴戦の猛者であることは間違いないだろう。
武骨な者が多いここブレイドアーツでも、ここまで体躯に恵まれた戦士は数えるほどだ。
背中に背負っている大剣もその体躯に見合うかのように巨大で、どんなものでも破壊してしまいそうに思える。
そんな黒騎士の姿を見たレウスは、キラキラと瞳を輝かせた。
「すっげーゴツいおっさんだなぁ! めちゃくちゃ強そう!」
「そうですね。ブレイドアーツの武術大会で優勝するのは王国騎士団長レベルでも難しいと言われますから、実質世界最強の剣士であると言って良いでしょう」
シリルはパンフレットの念写を見ることはできないまでも、既に知っていた知識をもって会話に参加する。
そんなシリルの言葉を受けたリセは、感慨深そうに言葉を落とした。
「世界最強……か」
レウスもリセも、多少なり武術の心得はある。そんな者たちにとって世界最強という言葉は、特別な意味を持っている。
いつのまにかリセもレウスと同じように目を輝かせ、黒騎士の写った表紙に目を奪われていた。
「ふふっ。リセさんも楽しみになってきましたか?」
「ん。たのしみ」
リセの雰囲気が変わったことを察したシリルは、ぽんっとその頭を撫でながら言葉を紡ぐ。
リセはそんなシリルの手の感触を感じながらシロをぎゅっと抱きしめ、こくこくと頷いた。
「大会は明後日のようですから、それまでは情報収集を主にしていきましょう。まあとりあえず、今夜の宿を決めるほうが先ですが」
「おー、そうだな! 俺腹減っちゃったよ!」
「レウスは、いつも空いてるでしょ」
「あ、あはは……」
あんまりなリセの言い草に、汗を流しながら引きつった笑顔を見せるシリル。
こうして三人は無難に、トラブルもなくブレイドアーツでの初日を過ごしていくのだった。




