第50話:出会いは突然に
「すっげー! なんだこの国! 絵本の中みたいだな!」
レウスの視界にはフェリアレールの街並みが広がり、その視線の先には赤い屋根の美しい城が聳え立っている。
街の中には多くの商店が軒を連ねているが、その殆どがお菓子やおもちゃを売っており、客引きの明るい声が国全体に響いている。
広場の中心では多くの大道芸人がその芸を披露しており、子ども達の楽しそうな声が常に響く。
各商店や家のデザインもおもちゃのようなものやメルヘンチックなものが多く、リセはキラキラとその目を輝かせた。
「すごい……! 夢の中みたい……!」
リセはキョロキョロとフェリアレールの街並みを見つめ、ぎゅーっとシロを抱きしめる。
やがてシロが苦しそうに呻くと、リセはようやくその手を緩めた。
「にしてもさー、ほんと面白い国だよな。メシ屋よりお菓子屋の方が多いんじゃねえの?」
レウスはにししと笑いながら、楽しそうに笑っている街の人々を見つめる。
そんなレウスの言葉を聞いたシリルは、笑顔を浮かべながら返事を返した。
「そうですね。フェリアレールは絵本作家を多く輩出していることで有名ですが、お菓子作りにも定評があります。各国から商人が買い付けに来るということですから、きっと美味しいんだと思いますよ」
「きっとって……ねーちゃんは食ったことねえの? ここのお菓子」
「恥ずかしながら、そうなんです。以前この国に立ち寄った時は絵本を読むのが楽しすぎて、ついお菓子を買うのを忘れてしまって」
間抜けですよね。と付け加えながら、困ったように眉を顰めるシリル。
そんなシリルの言葉を受けたレウスは、大声で笑いながら返事を返した。
「あははは! まあ、絵本に夢中ってのがねーちゃんらしくていいけどな! なぁリセ?」
「ん。おねーさんらしい」
「あはは……私ってそういうイメージなんですね」
シリルは少なからずショックを受けながらも、これまでの旅路で本に夢中になった場面が多くあったことを思い出して赤面する。
新しい国に来たら真っ先に本屋をチェックするし、宿では滞在時間の多くは本を読んで過ごしている。そんな自分が絵本とはいえ本に夢中だったというのはレウス達にとって不思議なことではなかったのだろう。
とはいえ星の書庫と呼ばれる本の都“ブックマーカー”で育ったシリルにとってはそのイメージは少しも嫌なものではなく、強く否定もしなかった。
そうしてシリル達が会話しながら街中を進んでいくと、少し開けた噴水広場が見えてくる。
噴水広場には多くの子ども達や大道芸人が溢れ、笑い声で溢れている。
しかしそんな噴水広場で、子ども達が不自然に集まっている一角がある。
そんな雰囲気を察したシリル達は、迷うことなくその場所に向かった。
「なあなあ、何で集まってんの? なんかあったのか?」
レウスは頭の後ろで手を組みながら、集まっている子ども達に質問する。
するとひとりの少年が、鼻水を垂らしながら返事を返してきた。
「あー、なんか姉ちゃんが倒れてんだよ。死んでんじゃねえかって皆言ってる」
「うへぇ、こんな国で行き倒れかよ。……しかもなんかすげー格好だな」
倒れている少女は全体的にピンク色の服を身に纏い、スカートや袖口はフリフリでいっぱい。ついでにファンシーな杖らしきものも手に掴んだまま倒れている。
目立った外傷は見当たらないが、ピクリとも動く気配がない。しかも何故かガニ股で倒れており、色気の欠片もない。
そしてそんな少女の頭を、レウスはつんつんと指でつついた。
「おおーい姉ちゃん。大丈夫かー?」
「…………」
しかしそんなレウスのつんつんにも反応を返さず、少女はそのままうつ伏せに倒れている。
そんな少女を心配したシリルは膝を折ってその場にしゃがみこむと、少女の身体を優しく揺すった。
「あの、大丈夫ですか? 人を呼びましょうか?」
「…………」
シリルは手を触れた瞬間念のため治癒の魔術を少女にかけていたが、少女が起き上がる気配はない。
その様子を見たリセは、シロを抱きしめながらとことこと歩いて倒れている少女に近付いた。
「お姉さん、へいき? ……ねむいの?」
リセは小さく首を傾げながら、少女のすぐ隣で声をかける。
するとそんなリセの言葉に呼応するように、シロが毛並みの整った前足でてしてしと少女の頭を撫でた。
「にゃーだぁー!?」
「ふにゃーっ!?」
少女はそんなシロの手の感触を頭に感じた瞬間突然起き上がり、その両目をびかーんと光らせる。
そしてそのままリセごとシロを抱きしめた。
「あうー可愛い。にゃー可愛いよぉ」
「う……くるしい」
「ふーっ!」
リセごとシロを抱きしめた少女はとろーんした表情で頬ずりをし、リセとシロは苦しそうに呻く。
そんな少女の様子を察したシリルは、両手をわたわたとさせながら言葉を発した。
「あ、あの、起きて大丈夫なんですか?」
「んん? あ、そうだ。私……」
「えっ?」
シリルの言葉を受けた瞬間両目から光を無くし、再び倒れようとする少女。
そんな少女を咄嗟に抱きとめたシリルに、少女は震える手を伸ばしながら言葉を続けた。
「そうだ、私。私は……」
「だ、大丈夫ですか!? 私にできる事があれば言ってください!」
シリルは少女の意識が途切れてしまうことを察し、咄嗟に言葉を発する。
そんなシリルの言葉を受けた少女は、シリアスな表情で返事を返した。
「私は、おなか。おなか……すいた」
「へっ?」
その瞬間少女のお腹から放たれる、“ぐぅぅ~”という間抜けな音。
シリルはその音を聞いた瞬間肩の力が抜け、ぽかんとその口を開いていた。




