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第5話:偽属のスナッチ

「ここに、レウスくんが……? リセさん、声を出さないでくださいね」

「わかった」


 2人は今設備が廃棄され、巨大な廃墟となった工場の外で体勢を低くしながら中の様子を伺っている。

 広場の中心では偉そうに椅子に座った男を中心にして集まったガラの悪い男達が、何かを話し合っていた。


「だぁから、てめーらやる気あんのかって言ってんだよぉ。今日の成果がこのガキ一人って、俺をなめてんのかぁ?」


 椅子に座った男は不機嫌そうにガラの悪い男たちを睨み付け、その足を組む。

 ガラの悪い男たちは申し訳なさそうに俯きながらも、おずおずと返事を返した。


「そ、そんなこと言われても兄貴ぃ。最近ハンターの野郎どもがうるせえんすよ。あ、いや、明日は絶対良い報告をしますんで、安心してくだせぇ!」


 先ほどレウスをさらっていった男は慎重に言葉を選びながら、椅子の男へと言葉を返す。

 そしてそんな男の隣には―――


「くそっ! 出せ! 出しやがれー!」


 鉄製の檻の中で暴れる、レウスの姿があった。

 頑丈そうな檻はガタガタと揺れはするものの、壊れそうな気配は欠片も無い。

 どうやら相当の金を掛け、作り上げた逸品のようだ。


「…………」


 まだ無事らしいレウスの声を聞いた女性は少しだけ安心して息を落とすが、やがてこれからどうすべきか一考する。

 今無理矢理突入すれば、レウスが危ない。かといって時間が経ってしまえば、レウスは別の場所に移動されてしまうかもしれない。

 一体自分は今、どうするべきか。

 そうして思案にくれている女性に、素っ頓狂な声が響いてきた。


「……ふ、ふぇっ?」

「???」


 突然変な声を出したリセを疑問に思い、女性はリセの方へと顔を向ける。

 そこでは、今にもくしゃみをしそうになっているリセの姿があった。


「ふ、ふぇ……ふぇっむぐ!?」

「だ、駄目ですリセさん! くしゃみだめ!」


 思わずくしゃみが出そうになったリセの口を、女性は両手を伸ばして塞ぐ。

 かろうじてくしゃみを抑え込んだリセは、女性の手の下で小さく息を落とした。


「はぁ。あぶなかっ……はっ、ふぇっ?」

「!?」


 安心してため息を落とした女性の鼻を、リセのふわふわとした羽が襲う。

 今度は、口を抑える暇も無く―――


「ぇっくち!」


 女性の可愛らしいくしゃみが、工場の中へと響き渡った。


「な、なんだ!? おい、誰かいるぞ!」

「探せ! 探してここに連れてこい!」


 男たちは一気にざわつき始め、工場の中をくまなく探し始める。

 女性たちが隠れている場所を見つけるのも、時間の問題だった。


「くっ。まずい……!」


 女性は男たちの声を聞くと自分たちの状況がいかに悪いかを感じ取り、その表情を歪める。

 この圧倒的苦境で、自分に一体何ができるのか。

 リセとレウスの身の安全を守るために、何をすればいいのか。

 その答えは、明白。そして女性は一つの決断をした。


「リセさん、その物陰に隠れていてください」

「っ!?」


 女性はリセをその場に置き、工場の中へと飛び出して行く。

 おぼつかない足取りで飛び出した女性を見た椅子の男は、ゆっくりと立ち上がりながら言葉を紡いだ。


「ああん? てめぇ、どこのバカだ。俺を“偽属のスナッチ”と知ってて乗り込んで来たんだろうな」


 スナッチは椅子から立ち上がると、一直線にレウスへと向かってくる女性に対して言葉を紡ぐ。

 しかし女性は無言のまま、一直線にレウスに向かって走っていた。


「へぇ、このガキを助けに来たのか。だったらこのガキにナイフを向けちゃったら、一体どうなるのかなぁ!?」

「なっ……!」


 スナッチは懐からナイフを取り出すと、檻の中に入っているレウスへと振り下ろす。

 そんなスナッチの言葉を聞いた女性は動揺し、一瞬その足を止める。

 動揺した女性の姿を見たスナッチは醜く口角を吊り上げると、上着の裏側から一本の小瓶を取り出して目の前へと放り投げる。

 空中を舞う小瓶を回し蹴りで叩き割ると、割れた小瓶の欠片一つ一つが弾けるような音を響かせ、電流へと変化して空中を交差した。


「隙ありだって、ねーちゃん。これでもくらいなっ!」


 空中を交差していた電流はやがて一本の雷へと変化し、まるで一種の獣のように地走りしながら女性へと向かっていく。

 勢いを増していく雷はただ無慈悲に、女性の左足へ激突した。


「あっ!? ああああああああああ!」


 女性の左足の指先は吹き飛び、女性の体に激痛が走る。

 失いそうになる意識を必死に留め、しかし悲痛な叫びは工場の高い天井を揺らす。

 痛みに吐き気すらもよおしながらも、女性はかろうじて意識を繋ぎとめた。


「大当たりぃ! ……んっ!?」


 女性の左足の指先は吹き飛び、もはや原型をとどめていない。

 しかしその傷口からは、黒い液体が流れ出ていた。


「ふぅん。お前、義足だったのか。しかしそんだけ精度の高い義足なら、きっと痛覚もあるんだろうなぁ?」


 スナッチは下品な笑いを浮かべ、数十メートル先に倒れる女性を見つめる。

 そのまま、さらに重ねるように言葉を続けた。


「あーあー……面倒くせぇ。もうお前も、このガキも、どうでもいいよ」

「っ!?」


 スナッチはレウスへ向けていたナイフを、さらにレウスへ近づけていく。

 スナッチの言葉からレウスの危険を感じ取った女性は、その心を動揺させた。


「くくっ。なぁんちゃって、なぁ!」


 スナッチは左腕を突き出し、まるで鉄球のように丸く生成された火炎弾を女性の左足へ向かって発射する。

 その火炎弾はただ直進し、女性の左足首から先を完全に吹き飛ばした。


「あっ……ぐっ!?」


 女性は奥歯を噛み締め、激烈な痛みに耐える。

 スナッチはナイフを懐に仕舞うと、楽しそうに笑い声を響かせた。


「ぎゃははははは! ぶわぁああああああか! 大事な“商品”を傷付けるわけねーじゃねえか! だからてめぇみたいな偽善者は、弱いってんだよぉ!」


 スナッチは前髪をかき上げ、楽しそうに笑い声を響かせる。

 やがて倒れた女性の傍には、複数の男たちが集まっていた。


「へへっ。馬鹿な女だぜ。兄貴に勝てるわけねぇだろー……が!」

「あぐっ!?」


 倒れている女性の腹を蹴り、悦に浸る手下の男。

 ニヤニヤとしたその表情には、その後の行為まで思い浮かんでいるようだった。


「あなた、達は……!」


 女性は奥歯を強く噛み締め、地面に這いつくばるようにしながらも、眉間に力を入れて男たちへと顔を向ける。

 スナッチはそんな女性の姿が滑稽に思えたのか、さらに笑い声を響かせた。


「くくっ、あっはっはっはっは! 丁度いい、おめえも今日の奴隷市場で売ってやるよ! ただし、俺らが存分に楽しんだ後だけどなぁ!」


 スナッチは下種な笑みを浮かべ、女性の体をまるで品定めするように見つめる。

 女性は両手で地面を押さえつけると自らの体を支え、かろうじて上半身を起こした。


「許せ、ません。あなたたちだけは、絶対に……!」


 女性は気迫の籠った表情でスナッチへと顔を向け、言葉を紡ぐ。

 その両手はいつのまにか強く握りこまれ、女性の中に揺らめく強い“意志”と“怒り”を表していた。


「あー? なんだぁ、その反抗的な態度。気に入らねぇなぁ」


 スナッチは舌打ちしながらレウスの檻の上部を掴むと、突然檻を横へ倒す。

 檻の中にいたレウスは突然の衝撃に小さく呻くと、鉄格子の間から工場の天井を見つめた。


「なぁ、子どもを売りに出す俺を許せねぇか? でも俺を許せねえならさぁ。一体こっから、どうするつもりなのかなぁ!?」

「あぐっ……!?」


 スナッチは鉄格子の間から足を入れ、レウスの腹部を踏みつける。

 鈍痛を伴う痛みにレウスは表情を歪ませ、涙を目尻に溜めた。


「あ、兄貴ぃ! そいつは今日メインの売り物ですぜ!? あんまり傷をつけると―――」

「るっせえ! 傷が見えなきゃどうってことねーんだよ!」


 スナッチは手下の男たちに言葉をぶつけると、そのまま2発、3発とレウスの腹部に蹴りを入れていく。

 その口角は不気味に引き上がり、歪んだ笑みを浮かべながらスナッチは何度も、レウスの腹部を踏みつけた。


「ぅっ。ねえ、ちゃ……!」


 レウスは苦しそうに呻きながらも、涙だけは流さぬよう奥歯を噛み締める。

 しかし振り下ろされるスナッチの足が腹部に当たる度に一瞬弱気な表情を見せ、鉄格子の先に見える女性を真っ直ぐに見つめていた。

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