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第48話:誇り高きその翼で、前に

「こちらでしたか、ヴェリーミア様」


 ヴェリーミアの部屋で、セレナは眉を顰めながら言葉を紡ぐ。

 教会前にシリルを呼び出したのは知っていたが、シリル達が出発する際の見送りにヴェリーミアは姿を現さなかった。

 心配したセレナは城内を探し回っていたわけだが、当のヴェリーミアは自身の部屋の窓から城壁内の花畑を遠い目で見つめていた。

 そんなヴェリーミアに向かって紡がれたセレナの言葉を受け、ヴェリーミアはゆっくりとその身体を向けた。


「彼女は……シリル=リーディングは、もう行きましたの?」

「っ!?」


 セレナは振り返ったヴェリーミアの表情を見て、驚きに息を飲む。これまでヴェリーミアはいつだって前を向き、強気一辺倒の生き方をしてきた。

 しかし今のヴェリーミアに、それはない。まるで誰かに置いていかれた子どものように儚く、寂しげだ。

 そんなヴェリーミアの言葉を受けたセレナは、動揺した心中を表に出さないよう淡々と言葉を返した。


「はい。シリル様は先ほど出発されました。今はちょうど、フラワーズの領土を出ている頃でしょう」


 セレナはシリル達の足がそう速くない事を鑑みて、できるだけ希望的観測をヴェリーミアに伝える。

 そんなセレナの言葉を受けたヴェリーミアは、複雑な表情で瞳を伏せた。


「そう。今ならまだ追いつける位置、ですわね」

「…………」


 これまでヴェリーミアはどんな大きな決断を迫られようと、ほとんど迷わずに前に進んできた。

 しかし今は明らかに、何かを悩んでいる。

 その何かの正体が分かっているセレナは奥歯を噛み締め、やがて言葉を紡ごうと口を開いた。


「……っ」


 しかし肝心の声が、言葉が、喉の奥から出てこない。

 今すぐにシリルを追いかけてほしい。そうでなければあなたはまた、ひとりぼっちになってしまう。

 でもそんなことを、ただの家臣にすぎない自分が口にして良いのか? いくら平和な時代とはいえ、一国の王の留守を許すのは自分には過ぎた判断ではないのか?

 そんなしがらみがセレナの口から言葉を奪い、沈黙させる。こうしている間にも、シリルはどんどんフラワーズから離れていくというのに。

 結局この方はまた、誰かに置いていかれてしまうのか。それが悔しくて寂しくて、セレナは強く自身の両手を握り込む。

 するとそんなセレナに語りかけるように、視界の隅に紫色の花が光った。


「っ!? ヴェリーミア様、お母様の花が……!」


 セレナは信じられないようなものを見るような目で、ガラスケースに包まれた植木鉢を見つめる。

 その植木鉢には紫色の凛とした花が、確かにひとつだけ花開いていた。

 ヴェリーミアは懐かしいその花を見て、驚愕に目を見開く。


「そん、な。おかあ、さま……」


 ヴェリーミアはゆっくりと近付いてガラスケースを外すと、震える指先でその花に触れる。

 シェリーが亡くなってから咲くことのなかった、美しいその花。

 その花に付けられた、花言葉は―――


「……セレナ。申し訳ないのですけれど、あなたに大きな頼みごとがあります」

「はっ、ヴェリーミア様。何なりとお申し付けください」


 セレナはどこか嬉しそうに頭を下げ、ヴェリーミアに向かって返事を返す。

 そんなセレナの言葉を受けたヴェリーミアは、真剣な表情で言葉を続けていた。






 フラワーズ王国が少し遠くに見える街道を、三つの影が進んでいく。

 レウスとリセはシリルの手を引いて、楽しそうに街道を歩いていた。


「やー、なんだか変な国だったな。なぁねーちゃん」


 レウスはシリルと手を繋いで歩きながら、その顔を見上げて言葉を紡ぐ。

 そんなレウスの言葉を受けたシリルは、困ったように笑いながら返事を返した。


「んー……確かに特徴ある国でしたが、私は好きですよ? お花の香りもとっても素敵でした」

「そう。良い国だった。お花も綺麗だし、ご飯も美味しい」


 リセはレウスの感想が不満なのか、眉間に皺を寄せながら言葉をぶつける。

 そんな二人の意見を聞いたレウスは、口を尖らせながら言葉を続けた。


「まあ、そうなんだけどさー……なーんか面白くねえんだよなぁ」


 レウスはシリルの手を引きながら、どこか不満そうに言葉を落とす。

 そんなレウスの言葉を聞いたシリルは、クスッと小さく笑った。


「ふふっ。確かにちょっと、レウスくんには退屈だったかもしれないですね」


 シリルは口を尖らせるレウスの様子を想像し、小さく笑い声を落とす。

 そうして街道を歩く一行の前に……突然一匹の白猫が駆け寄ってきた。


「にぁー……」


 白猫はくりっとした大きな瞳と美しい毛並みをしており、とても野良猫とは思えない気品に溢れている。

 そんな白猫はとことこと歩いてシリルに近付くと、ゴロゴロと喉を鳴らしながらその身体を擦り付けた。


「お、こいつねーちゃんに懐いてるな」

「あ、えっと……そうですね」


 面白そうに白猫を観察するレウスと、何故か慌てた様子のシリル。

 リセはシリルと繋いでいた手を放すと、とことこと白猫に近付いて後ろから抱え上げた。

 しかしリセに抱きかかえられた白猫はじたばたと暴れ、やがて地面に降り立つ。

 そうして再びシリルの隣に歩いていった白猫を見て、リセはその大きな瞳を輝かせた。


「かわ、いい……! つれていく!」

「ええっ!?」

「にぁー!」


 白猫もその意見には賛成なのか、甲高い鳴き声を響かせる。

 シリルは動揺した様子で「ほ、本気ですかリセさん?」と言葉を紡ぐが、リセの意思は固いらしく、勢い良く顔を縦に振ってそれに応えた。


「にぁー! ふーっ!」


 その後リセに無理矢理抱きかかえられた白猫は再びじたばたと暴れるが、今度は逃すまいとリセも強く白猫を抱きしめる。

 そんなリセを見たレウスは「俺にも抱かせろよ!」とリセに言葉をぶつけるが、返事として顔面にパンチを食らっていた。


「あ、あはは、は……」


 そんな二人……いや、二人と一匹の様子を感じたシリルは、頭に大粒の汗を流す。

 こうして新たな仲間? を得た一行は、フラワーズ周辺の街道を進んでいく。

今日もフラワーズ周辺に流れる風は、とても穏やかで。

 フラワーズ城内の花の香りは、そんな一行の身体を優しく包み込んでいた。

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