第47話:花びらが舞うその中で
そうしてしばらくの間フラワーズ王国に滞在したシリル達は、レウスとリセの両親の情報を賢明に城下町で探した。
しかし有力な情報はフラワーズで得ることができず、やがてシリル達は次の国へ旅立つことを決めた。
そんな旅立ちの朝、ヴェリーミアはシリルを崩壊した教会の前に呼び出す。
山間から上ってくる朝日が教会の残骸を照らし、周囲に広がる花畑から花びらが風に乗って流れていく。
朝日と花びらに包まれたその空間で、シリルとヴェリーミアは再び対峙していた。
一陣の風がシリルの長い髪を撫で、優しく吹きぬけていく。その風を受けたシリルは、ゆっくりとその口を開いた。
「お世話になりました、ミアさん。私は二人の両親探しのため、一度この国を離れようと思います」
傍にいると言ったのに、本当にごめんなさい。と続けながら、シリルはヴェリーミアに向かって言葉を落とす。
その言葉を受け取ったヴェリーミアは、真剣な表情で返事を返した。
「無責任な話ですわね。このわたくしに情けをかけておいて出て行くなんて、信じられませんわ」
「……ごめんなさい」
シリルはただ眉を顰め、深々と頭を下げる。
そんなシリルを見たヴェリーミアは数歩歩いてシリルに近付くと、さらに言葉を続けた。
「とりあえず、頭を上げてください。でないとお話もできませんわ」
「は、はい」
ヴェリーミアの言葉を受けたシリルは、恐る恐る頭を上げる。
そうしてヴェリーミアと対面したシリルは、申し訳なさそうに眉を顰めた。
そしてそんなシリルに対し、ヴェリーミアはゆっくりと口を開く。
「“ずっと傍にいる”たしかあなた、そうおっしゃってましたわね?」
ヴェリーミアは冷たい目でシリルを見つめ、明らかに怒気を含んだ声色で言葉を紡ぐ。
そんなヴェリーミアの言葉を受けたシリルは、眉をハの字にしながら困ったように返事を返した。
「はい。ただ今は先に、二人の両親探しをしたいんです。ミアさんより先に約束していたというのもありますが、それ以上に―――」
「それ以上に?」
ヴェリーミアは相変わらず怒気を含んだ声色で、シリルの言葉の続きを促す。
そんなヴェリーミアの言葉を受けたシリルは、さらに言葉を続けた。
「それ以上に、あの二人を放っておくのは“昔の自分”を放っておくのと同じことだと気付きました。だから私は……放っておけません」
「っ!」
確かな決心を胸にしたシリルの言葉を受け、ヴェリーミアは息を飲む。
やがてヴェリーミアは俯くと、再びぽつりと言葉を落とした。
「では、最後にひとつだけ……お願いがありますわ。その目隠しですけれど、今だけ外して頂けます?」
ヴェリーミアは俯いたまま、小さく言葉を紡ぐ。
そんなヴェリーミアの言葉を受けたシリルは、困ったように眉を顰めた。
「えっ。でも……」
「安心なさい、ナンバーゼロ。何も戦おうというのではありませんわ」
シリルの言わんとするところを汲み取ったヴェリーミアは、シリルの声を遮るように言葉を発する。
そんなヴェリーミアの言葉を受けたシリルはしばらく何かを考えるように俯くと、やがて顔を上げて目隠しをゆっくりと首元に落とした。
目隠しの外れたシリルの顔。整ったその顔立ちを、ヴェリーミアは真っ直ぐに睨みつける。
そしてそのまま一歩近付くと、一陣の風に混じって小さく言葉を落とした。
「渡しませんわ、誰にも。だから―――」
「えっ―――んむっ!?」
「ん……」
ヴェリーミアは首元に落とされた目隠しを引っ張ってシリルの顔を近づけると、そのままシリルの唇に自身の唇を重ねる。
立ち上る花の香りと、風に吹かれたヴェリーミアの髪がシリルの頬を撫でる。
やがて唇を離したヴェリーミアは、両目を見開いたシリルを見つめながらはっきりと言葉を発した。
「わたくしの……わたくしのものになりなさい。シリル=リーディング」
「っ!?」
迷いのないその言葉。シリルは自身の唇を指先で触れながら、その言葉に込められた強い感情を感じ取る。
しかしその感情を受けても……シリルの決心は揺るがない。
やがてシリルは奥歯を強く噛み締め、そして返事を返した。
「ごめん……なさい」
「…………」
シリルの言葉を受けたヴェリーミアは、その答えがわかっていたように小さく息を落とす。
やがて胸の下で腕を組むとシリルに背中を向け、そのまま言葉を続けた。
「そう言うと、思ってましたわ。まったく、わたくしのキスは安くないんですのよ?」
ヴェリーミアはそっぽを向きながら、その視線の先に広がる花畑を真っ直ぐに見つめる。
シリルはその花畑から香る花の香りに包まれながら胸の前に手を置き、やがて言葉を続けた。
「ごめんなさい、ミアさん。でも―――」
「このわたくしの誘いを断るなんて、あなたは大馬鹿ですわ。そんな馬鹿は、さっさとこの国を出て行きなさい」
「…………」
ヴェリーミアの言葉を受けたシリルは何も言葉を返すことができず、そのまま踵を返して城の敷地を後にする。
そうして教会前の花畑には、ヴェリーミアひとりが残された。
「ふふっ―――まったく。馬鹿なのは、一体どっちかしらね」
ヴェリーミアは真っ直ぐに花畑を見つめながら、小さく微笑んで胸の下で腕を組む。
やがてその足元には熱い滴が落ち……その滴が通ったヴェリーミアの頬を、フラワーズの風は優しく撫でていた。




