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第46話:その名を呼んで

「ど、どうぞ!」


 シリルのノックに応え、若干上ずった声が響く。

 その声を不思議に思ったシリルがゆっくりドアを開くと、ベッドの上に座ったヴェリーミアが妖しい笑顔を浮かべていた。


「ごきげんよう、ナンバーゼロ。元気そうで何よりですわ」


 ヴェリーミアはベッドに座った状態で杖を持ち、いつものように妖しい笑顔を浮かべる。

 しかしそんなヴェリーミアの足は微妙に震えており、その様子を感じたシリルは頭に大粒の汗を流して返事を返した。


「あ、はい。こんにちは……というか、大丈夫ですか?」

「なっなにがです!? 別にわたくしは、やましいことなんてありませんわ!」

「あの、まだ何も言ってないんですが……」

「うぐっ」


 ヴェリーミアは鋭いシリルの言葉を受け、その頬を少し膨らませる。

 そんなヴェリーミアの様子を察したシリルは、ぽんっと両手を合わせて言葉を続けた。


「あ、え、ええと、それにしても素敵なお部屋ですね! 適度にお花の香りがして、なんだか落ち着きます!」


 シリルは若干機嫌を損ねてしまったヴェリーミアを復活させようと、とりあえず部屋を褒めてみる。

 そんなシリルの言葉を受けたヴェリーミアは、みるみるうちにその表情を笑顔にしていった。


「そうですのよ! さすがはナンバーゼロ、この部屋の良さがわかってますわね!」


 他にもお茶はほとんどの国のものが揃っているし、茶器は一流のものを揃えてますの! と言葉を続けながら、嬉しそうに返事を返すヴェリーミア。

 そんなヴェリーミアの言葉を受けたシリルは、何かをこらえきれずに笑い始めた。


「ふふっ。あははははっ」


 シリルは口元に手を当て、笑い声を響かせる。

 そんなシリルを見たヴェリーミアは、頭に疑問符を浮かべて質問した。


「ど、どうしましたの? 何か面白いことでもあって?」


 ヴェリーミアは突然笑い出したシリルの姿に困惑した様子で言葉を紡ぐ。

 そんなヴェリーミアの質問を受けたシリルは、自身の笑いが収まるのを待って返事を返した。


「ごめんなさい、ヴェリーミアさん。なんだか私、嬉しくて」

「嬉しい?」


 シリルの言葉の意味がわからず、小さく首を傾げるヴェリーミア。

 そんなヴェリーミアの言葉を受けたシリルは、真っ直ぐにヴェリーミアへ顔を向けて言葉を紡いだ。


「はいっ、こうして普通にお話できて本当に嬉しいです! 戦った瞬間からずっと、ヴェリーミアさんのこと気になってましたから」

「なっ……」


 シリルの真っ直ぐな言葉を受けたヴェリーミアは、その頬をどんどん紅潮させていく。

 様子の変わったヴェリーミアに、シリルは首を傾げながら言葉を続けた。


「あの、ヴェリーミアさん? どうかしましたか?」

「な、なんでもないですわ! そ、そう、お茶! お茶を淹れますわね!」


 ヴェリーミアは慌てた足取りで机に向かい、お茶を淹れようと歩き出す。

 しかし決戦の後で体力を失ったヴェリーミアは、すぐに身体のバランスを崩した。


「ひぁうっ!?」

「ヴェリーミアさん、あぶな―――きゃうっ!?」


 バランスを崩したヴェリーミアを咄嗟に助けようとするシリルだったが、逆に自分もその場で転んでしまう。

 結果として二人は同時に転び、地面に寝転がる形になった。


「ふふっ。まったく、わたくしたちは一体何をしていますの?」

「わかりません。あははははっ……」


 二人はなんだかおかしくなって、同時にあおむけになりながら言葉を紡ぐ。

 そして一瞬の静寂の後、ヴェリーミアが意を決したように言葉を発した。


「その、ナンバーゼロ? もし良かったら、ですけれど……」

「はい?」


 ヴェリーミアはその頬を少し赤くしながら、視線を左右に泳がせる。

 そんなヴェリーミアの様子にシリルが疑問符を浮かべていると、ヴェリーミアは思い切って口を開いた。


「わ、わたくしのこと、良ければ“ミア”と呼んでも―――」

「ねーちゃーん! この部屋かぁ!?」

「れ、レウスくん!? なぜここに!?」


 突然部屋に乱入してきたレウスに驚き、声を荒げるシリル。

 そんなシリルの言葉を受けたレウスは、あっけらかんとした調子で返事を返した。


「いやー、この国の珍味百選ってやつに挑戦してたんだけど腹いっぱいになっちゃって。リセと一緒にねーちゃん探してたらこの部屋から声がしたからさ」

「おねーさん……どこにいたの?」


 頭の後ろで手を組んでいるレウスと、胸元に飛び込んでくるリセ。

 シリルはリセを受け止めながら立ち上がると、頭に大粒の汗を流した。


「珍味百選って……教会が崩れた音に気付かなかったですか?」

「あー、なんかでかい工事やってるって聞いたぞ。うるさかったよなぁリセ」

「うん。うるさかった」

「あ、あはは……」


 命がけの激闘を一言で表現されてしまったシリルは、がっくりと肩を落としながら乾いた笑いを響かせる。

 すると次の瞬間、レウスがぐいぐいとシリルのローブを引っ張った。


「それよりねーちゃん。親探し再開しようぜ! 街に行けば聞き込みくらいできるべ」

「え、ああ、はい。わかりました」


 シリルはレウスに引っ張られるまま、ヴェリーミアの部屋のドアへと歩いていく。

 立ち上がったヴェリーミアはそんなシリルの背中を見ると、少し寂しそうに瞳を伏せた。


「あ―――そうだ」

「は、はいっ!?」


 突然シリルから声をかけられたヴェリーミアは、驚いた様子で返事を返す。

 そんなヴェリーミアの言葉を受けたシリルは、にっこりと微笑みながら言葉を続けた。


「お茶は今度是非、ご馳走になります。それまで待っていただけますか? ……ミアさん」

「っ!?」


 突然名前を呼ばれたヴェリーミアは完全に不意を突かれ、その顔を真っ赤に染めていく。

 そんなヴェリーミアの表情がわからないシリルは、小さく頭を下げながら言葉を続けた。


「それでは近いうちに必ずお伺いしますね。失礼します」

「あ……ええ」


 ヴェリーミアはぽかんと口を開けたまま、小さく片手を上げる。

 そうしてシリル達が部屋を出た後ヴェリーミアはベッドに腰を下ろし、閉められたドアをぼーっと見つめた。


『……ミアさん』

「―――っ!?」


 シリルに名前を呼ばれた恥ずかしさが背中を走り、思わずヴェリーミアは自身の口元を押さえて耳まで真っ赤に染める。

 その後部屋まで様子を見に来たセレナにその姿を見られたヴェリーミアが、半狂乱になって暴れることになるのだが……それはあと少しだけ、先の話。

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