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第44話:止まれ

「馬鹿な……ありえませんわ。クイーン・オブ・ライトニングはわたくしが造り出した魔術。魔術書にも記載されていないオリジナル魔術を、何故あなたが使えますの!?」


 ヴェリーミアは動揺した様子で言葉を紡ぎ、その上に浮遊している巨大な雷の女王は杖を振り下ろそうとその手に力を込める。

 シリルを押しつぶそうというその巨大な杖は圧力を強めていくが、その進行はシリルを庇うように出現した巨大な剣によって遮られている。

 やがてその巨大な剣を持つ腕には青白い稲妻が集まり、その身体を精製していく。

 やがて現れた身体は国王のような冠を被った男性で、マントを翻しながらシリルを守っていた。

 そんな雷の王を見たヴェリーミアは、驚愕に目を見開く。


「そん……な。わたくしと同じ術を、完璧に発動させた!?」


 動揺するヴェリーミアの感情に呼応するように雷の女王は力を失い、杖を振り下ろす力も失われていく。

 やがて雷の女王の身体が稲妻となって四散すると、静止していた世界の時が動き始めた。

 破壊された椅子や壁は崩壊を初め、多くの音が教会内に響き渡る。


「魔力切れ……ですね。もう止めましょう、ヴェリーミアさん」


 シリルは悲しそうに眉を顰めると足元に逆巻いていた風を消失させ、自分の足で少しずつヴェリーミアへと近付いていく。

 もはやボロボロになってしまった教会に、シリルの靴音だけが高く響く。

 その靴音に呼応するように教会の壁の一部は崩れ、今にも崩壊しそうだ。

 そんな教会の様子を察したシリルはヴェリーミアの前に立つと、そっと右手を差し出しながら言葉を紡いだ。


「行きましょう、ヴェリーミアさん。ここも安全とは言えません」

「…………」


 シリルは柔らかに微笑みながら、その右手をヴェリーミアの前に差し出す。

 その手を見たヴェリーミアは、俯いて小さく言葉を落とした。


「……だめ、ですわ」

「えっ?」


 ヴェリーミアの言葉の意味がわからず、シリルは頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。

 そしてそんなシリルに、顔を上げたヴェリーミアは凄まじい剣幕で言葉をぶつけた。


「わたくしが負けるなんて、ありえません。いや、あってはならない。わたくしは絶対に、負けるわけにはいかない!」

「っ!?」


 ヴェリーミアは自分に残された最後の魔力を振り絞ってシリルに向かって炎弾を発射しようと、杖を構える。

 やがてその杖の先端部分に炎弾が精製され、シリルも身構えるが……今のヴェリーミアにもはやそれを制御するほどの魔力は残されておらず、結果炎弾は暴発し、二人の頭上の天井に向かって進んでいった。

 その炎弾は天井の一部を破壊し、その残骸をヴェリーミアに向かって落下させる。


「っ!? あぶない、ヴェリーミアさん!」

「なっ!?」


 シリルは落下してくる残骸からヴェリーミアを守るため、渾身の力を込めてヴェリーミアを後ろへ突き飛ばす。

 その結果ヴェリーミアは後ろに飛ばされ、その後シリルに向かって大量の残骸が落下してきた。


「―――っ!?」


 突き飛ばされたヴェリーミアは結果的に残骸の落下からまぬがれ、シリルは大量の残骸の下敷きとなる。

 落下してきた残骸によって発生した土埃が晴れると、残骸の間に挟まれて倒れるシリルの姿がヴェリーミアの視界に飛び込んできた。

 ヴェリーミアは一歩、二歩とふらつきながらシリルに近付き、驚愕の表情を浮かべる。

 そしてそのまま、泣きそうな声で言葉を紡いだ。


「どうして、ですの……どうしてあなたは、そこまで……!」


 どうしてそこまでして、自分を殺そうとした相手を守ろうとするのか。

 ヴェリーミアには、シリルの思考が理解できない。だがその胸に暖かい何かが去来していることはわかる。

 母が亡くなってからずっと感じなくなっていた、その温もり。

 ヴェリーミアは自身の胸に降りてきた温もりを確かめるように握った右手を胸の前に置くと、倒れているシリルを真っ直ぐに見つめた。


「ヴェリーミアさんが最強を求めるのは、ひとりで立たなければならないからでしょう? ならこれからは私が、あなたを支えます」

「っ!?」


 瓦礫の下でにっこりと微笑んだシリルの口から紡がれた、その言葉。

 本当はずっと誰かに、その言葉を言って欲しかった。

 母が亡くなってから、多くの部下を得た。しかし自分の隣に立ってくれる者は、ひとりもいなかった。

 強くなければならない。亡くなった母のためにももっと強く、ずっと強くいなければならない。

 でも本当は、寂しかった。誰かに自分の隣に立って欲しかった。抱きしめて欲しかった。

 ずっと遠くに置いてきたはずの感情が、一気にヴェリーミアの中に溢れ出す。

 気付けばヴェリーミアの瞳には、涙の粒が溢れていた。


「あなたの悲しみは、私には背負えない。だからこれからあなたのこと、沢山教えてください。レウス君達のご両親を見つけたら、私は必ず帰ってきます。その時はあなたの隣で、ずっとお話を聞かせてください」

「……っ!」


 シリルの言葉を受けたヴェリーミアの頬に、一滴の涙が流れる。

 母を失ったあの日からずっと流していない、流せなかったその涙。

 しかし今はこんなにも熱く、確かに自分の頬を流れている。

 その事実がなんだかおかしくて、ヴェリーミアは小さく笑みを落とした。


「あなたは本当に……強いのか弱いのか、わからない人ですわ」

「ふふっ。そうですね。でもきっと、弱いんだと思います。だから過去の私と同じように泣いているあなたを、放っておけなかった」


 シリルはにっこりと笑いながら、ヴェリーミアに向かって言葉を紡ぐ。

 そんなシリルの言葉を受けたヴェリーミアはシリルに向かって手を差し出しながら、言葉を紡いだ。


「はぁっ……まったく、必死になって戦いを挑んでいたわたくしが、馬鹿みたいですわね」

「そんなこと、ないですよ。信念を持っている人ほど、戦わずにはいられないんだと思います」


 手を差し出してきたヴェリーミアの手を掴み、にっこりと微笑むシリル。

 そんなシリルを瓦礫から引っ張り出そうと力を込めるヴェリーミアだったが、魔術以外は普通の女性と変わらない。

 どんなに力を込めても、シリルを引っ張り出すことができなかった。


「はぁっ。無理ですわね。今人を呼んできますから、そこで―――」

「っ!? ヴェリーミアさん、危ない!」

「えっ?」


 突然シリルの顔色が変わり、ヴェリーミアを再び後ろへと突き飛ばす。

 そしてその刹那、天井部分の瓦礫が落下しそうなことにヴェリーミアは気が付いた。

 瓦礫の落下地点は、先ほどまで自分が立っていた場所。

 その事実に気付いたヴェリーミアが目を見開いてシリルを見つめると、シリルはにっこりと微笑みながら言葉を紡いだ。


「ごめんなさい、ヴェリーミアさん。さっきあなたの傍にいるって言ったばかりなのに……その言葉、守れそうにありません」

「っ!?」


 シリルはどこか諦めた様子で微笑み、ヴェリーミアに向かって言葉を紡ぐ。

 そうしている間にも瓦礫は落下し、その瓦礫の落下に巻き込まれる形で大量の残骸がシリルに向かって一直線に落ちてくる。

 その状況を理解したヴェリーミアは、顔を横に振りながら小さく言葉を落とした。


「だめ……ですわ。止まれ、止まれ、止まれ、止まれ、止まれ……!」


 ヴェリーミアは瓦礫に杖をかざし、己の精神の底から魔力を搾り出そうとする。

 しかし瓦礫は無慈悲にシリルに向かって落下を続け、止まることを知らない。

 そんな瓦礫と微笑んだシリルの表情を交互に見たヴェリーミアは目元に涙を溜め、母が亡くなったあの日の自分とシンクロした。


「とまれ、とまれ、とまれ、とまれ、とまれぇ……!」


 もう嫌だ。ひとりになるのは。

 せっかくその手に、温もりを掴んだのに。もう二度と失いたくない。

 血塗られた小さな両手が、体温を失っていく母の身体が、ヴェリーミアの脳裏に浮かんでは消えていく。

 やがてヴェリーミアは杖を投げ捨てると、両手を広げて叫んだ。


「とまれ、とまれ、とまれ、とまれ、とま、れぇええええええええええ!」


 ヴェリーミアの叫びが、母を失った日と同じようにこだまする。

 ―――いや、あの日とは違うことがただひとつある。

 それはヴェリーミアが叫んだ瞬間、この世の全物体の動きが制止したことだ。


「っ!? たすけ、なきゃ……!」


 ヴェリーミアは疲労で軋む身体を引き摺り、シリルに向かって手を伸ばす。

 やがてその手はシリルの手を掴み、ヴェリーミアは自身の手に渾身の力を込める。

 そうして数秒後……凍結された時間が解け、時間は再び動き出す。

 崩れ落ちる教会と、舞い上がる砂ぼこり。

 残骸は地面にめり込み、舞い上がった砂ぼこりはやがて風に乗って流れていく。

 崩れ落ちる教会のその中から、ひとつになった影がゆっくりと姿を現していた。

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