第43話:クイーン・オブ・ライトニング
「ふふっ、そんなに動揺することはないですわ。本気を出してくれたあなたに敬意を表して、わたくしも最強の魔術を披露いたします」
ヴェリーミアはショーの前の奇術師のように大げさに頭を下げると、自身の持つ杖の先端を青白く輝かせる。
その瞬間うすら寒い何かを感じたシリルは、気付けば後ろに下がっていた。それはシリルの本能が、身の危険を本能的に察知したのかもしれない。
そして一歩分後ろに下がったシリルを見たヴェリーミアは嬉しそうに笑いながら、青白く輝かせた杖を天井に向かって突きあげた。
「ご覧なさい。これがわたくしだけに与えられた、唯一無二の魔術“クイーン・オブ・ライトニング”」
「なっ!?」
ヴェリーミアは呪文詠唱もなしで魔術を発動させ、その瞬間青白い稲妻がヴェリーミアの上空に発生する。
その稲妻はやがて人間の女性のような姿となり、巨大な杖を持ちながら、抱きしめるようにヴェリーミアを包み込んだ。
その青白い稲妻は、ヴェリーミアを守るようにその巨大な腕でしっかりとその身体を守っている。
「この魔術はわたくしだけが扱える魔術で、どの魔術書にも記載されていない。そんな魔術でも、あなたは無効化できるのかしら?」
ヴェリーミアは余裕のある表情でシリルを見つめ、言葉を落とす。
結論だけを言うのなら、クイーン・オブ・ライトニングを無効化するのは不可能だ。
キャンセラー系の魔術はあいての魔術を理解し、その魔術を分解することによってその効力を無効化する。
しかし今ヴェリーミアの使っている魔術は、どの魔術書にも載っていない完全なオリジナル。つまりヴェリーミアの魔術を理解しているのは、この世でヴェリーミア本人だけである。
そんな魔術を、無効化できるわけがない。それがわかっているから、ヴェリーミアは余裕を持ってシリルへと質問していた。
「まあ良いですわ。あなたがこれを防御できるかどうか、すぐに確かめて差し上げます!」
「っ!?」
ヴェリーミアは足元に逆巻く風を操り、驚異的なスピードでシリルとの距離を詰める。
そうして雷の女王が持つ巨大な杖の射程範囲に入った瞬間、容赦なくその杖を振り下ろした。
雷の女王が振り下ろす巨大な杖は、その下にいるシリルをためらいなく圧殺するだろう。
シリルはそんな一撃を回避すべく、足元の風を操作してさらにヴェリーミアとの距離を取った。
「速いですわね。……でも、足りませんわ」
「なっ!?」
回避したと思っていた雷の女王の巨大な杖が、いつのまにか横薙ぎのモーションに入っている。
教会に置かれた椅子を次々と粉砕しながら迫り来る、その巨大な杖。
振り下ろされたと思っていた杖が横からやってくることに、シリルは完全に不意を突かれた。
仕方なくシリルは右目を見開き、その瞳の中の魔法陣を回転させた。
「はぁぁぁぁ! “エンペラー”!」
横薙ぎの杖がシリルに激突しようというその瞬間、全ての動きは静止される。
凍結された時間の中でシリルが余裕を持って後ろに移動し、杖の射程から外れたその時―――背後から冷たい声が響いてきた。
「だから、言っているでしょう? 凍結された時間があなただけのものと思うのは、感心しませんわ」
「なっ!?」
背後から聞こえてきた声に驚いたシリルは咄嗟に上空へと身体を移動させ、声の響いてきた空間を見下ろす。
そこでは両手を広げたヴェリーミアが、妖しい笑顔を浮かべながら言葉を続けていた。
「さあ、ここからが本番ですわ。あなたは一体何分の間、時を止められるのです? 根競べと参りましょう」
ヴェリーミアは笑顔を絶やさないまま、シリルに向かって飛び立ってその距離を詰める。
時間を止める魔術“エンペラー”の消費魔力量は、並ではない。止めている時間に比例して、どんどん魔力も消費していく。
それがわかっているヴェリーミアはあえて、シリルに根競べを挑んだ。
そんなヴェリーミアの中にある絶対の自信にシリルの精神は揺らぎそうになるが、ある決心を思い出して奥歯を噛み締めた。
『だめ、だ。私が今、諦めちゃいけない。ヴェリーミアさんを、倒しちゃいけない。何故なら―――』
「さあ、始めましょうナンバーゼロ! これが最後ですわ!」
ヴェリーミアは距離を詰めた瞬間雷の女王を出現させ、巨大な杖を振り下ろす。
その杖を間一髪のところで回避したシリルは真っ直ぐにヴェリーミアの方に顔を向け、思考を回転させた。
『何故ならこんな悲しい声をした人を、私は他に知らない。この人の奥底にはとてつもなく大きな悲しみと寂しさが混在してる。そんな人を私は、倒すわけにはいかない』
シリルはその決心を胸に、ヴェリーミアが繰り出してくる杖の一撃を回避することに全神経を集中させる。
そうして心を固めたシリルのスピードは驚異的で、ヴェリーミアは次第にその呼吸を乱れさせていった。
「はぁっはぁっはぁっ……いつまで、避けているつもりですの!? 戦いなさい、ナンバーゼロ!」
「嫌です! 私は……私は何があっても、あなたを攻撃しません!」
「っ! こ、の。それなら、こうするまでですわ!」
ヴェリーミアは乱れた呼吸を繰り返しながら、雷の女王の杖を振り下ろす。
巨大な杖の気配を感じたシリルは背後に移動してそれを回避するが、その背中に冷たい壁が触れるのを感じた。
「えっ……」
壁を背にしたシリルは背後への移動を封じられ、両目を見開く。そしてその刹那、ヴェリーミアは雷の女王に巨大な杖を突き出させた。
「これで終わりですわ、ナンバーゼロ! ごきげんよう!」
ヴェリーミアは持っている杖の先端をシリルへ突き出し、まるでそれを追いかけるように雷の女王は巨大な杖をシリルに向かって刺突する。
巨大な質量を持った杖の先端がシリルに迫り、大量の風を切る音がその耳に響く。
自分はこのまま、潰されるのか?
ヴェリーミアの言う通り何も守れず、誰も守れず潰されるのか?
そんな想いがシリルの中に交差しては消えていく。しかし杖の先端がシリルに激突しようかという刹那―――シリルは両目を見開き、ヴェリーミアのシルエットを見つめた。
「はぁあああああああ!」
ヴェリーミアの声と共に突き出された、巨大な杖。その杖の先端は衝突し、空中に四散した青白い稲妻がヴェリーミアの視界を遮る。
そしてその稲妻が晴れた時……雷の女王の巨大な杖を受け止める巨大な青白い剣と大きな片腕が、ヴェリーミアの視界に飛び込んできた。
「なっ……!?」
凍結されたその空間に現れた巨大な剣と青白い片腕は、しっかりと杖を受け止めてシリルの身体をギリギリのところで庇っている。
シリルは乱れた呼吸を繰り返しながら、その剣の影で俯いていた。
「なに、を……一体何をしましたの、ナンバーゼロ!」
ヴェリーミアは動揺した様子で声を荒げ、シリルに向かって言葉をぶつける。
そんなヴェリーミアの言葉を受けたシリルはゆっくりとその顔を上げ、憔悴しきった表情で返事を返した。
「わかりません。ですが……私は、やられるわけにはいかない。だってあなたともっと、お話をしてみたいから」
「―――っ!?」
死の淵に立って、殺されかけてなお、シリルはヴェリーミアに向かって笑顔を見せる。
そんなシリルの表情を見たヴェリーミアは目を見開き、杖を持つその手にさらなる力を込めた。




