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第42話:魔術合戦

 フラワーズ王国王城内にある教会の中から、轟音が鳴り響く。

 シリルとヴェリーミアの二人は教会の中を縦横無尽に飛び回りながら、魔術合戦を繰り広げていた。


「汝に紡ぎしは雷帝の抱擁。拡散せよ、閃光の宴。”ライトニングディザスター”」


 ヴェリーミアは杖の先端に取り付けられた透明の宝石を金色に輝かせ、呪文詠唱を終える。

 その瞬間教会内の天井付近に雷雲が発生し、その中で精製された無数の雷が空中のシリルを襲う。

 強烈な雷はシリル以外にも教会の椅子を粉砕し、地面を削る。

 シリルはその威力を肌で感じながら、自身の上空に雷が発生したのを確認すると上空に向かって両手をかざした。


「くっ……! ライトニング・キャンセラー!」


 シリルに向かってまるで獣のように襲い掛かっていた雷はシリルの言葉に掻き消されるようにその姿を消失する。

 しかしまるでその状況を予見していたようにヴェリーミアは口角を上げて笑うと、さらに呪文詠唱を続けた。


「炎の槍よ、今神の元より舞い降りて眼前の敵を貫かん。そこにいたるは、一瞬の炎撃。”フレイムランス”」


 ヴェリーミアの杖の先端は真っ赤に輝き、その周辺に巨大な炎の槍が複数精製される。

 その気配を感じ取ったシリルは、目隠しの下の両目を見開いた。


『もう次の魔術を!? 魔力精製と呪文詠唱速度が普通じゃない……!』


 シリルは奥歯を噛み締めながら足元に逆巻いている風を操作し、空中を進んで襲い掛かってくる複数の炎の槍をギリギリで回避する。

 回避した炎の槍は教会の壁を貫き、風穴を開けてもなおその勢いは衰えることを知らない。

 やがて頑丈な城壁に激突した炎の槍はようやく四散するが、城壁には巨大なクレーターのような跡が刻まれていた。


『中級魔術とはいえ、威力が並じゃない。あんなの受けたら、ひとたまりもない』


 シリルは額に冷たい汗を流しながら風を操作し、ヴェリーミアの背後へと回り込む。

 するとそんなシリルに向かって振り返ることもなく、ヴェリーミアは言葉を発した。


「守り一辺倒では勝てませんわよ、ナンバーゼロ。さっさとわたくしにあなたの魔術を出してみなさいな!」


 ヴェリーミアは余裕の表情を浮かべながらゆっくりとシリルの方を向き、両手を広げて言葉を発する。

 そんなヴェリーミアの言葉を受けたシリルは悲しそうに眉を顰め、返事を返した。


「私の名はシリル=リーディングです。それ以外の何者でもない。あなただって同じはずです!」

「国王ではなく“ヴェリーミア”といういち個人として、あなたと対話しろというわけですの? 甘いですわね!」


 そんなことでは、何も守れない! 誰も守れない! と言葉を続けながら、杖の先端をシリルの方に向けるヴェリーミア。

 そんなヴェリーミアの様子を察したシリルは足元に逆巻く風をさらに高速で回転させ、ヴェリーミアが瞬きをした一瞬で背後へと移動した。


「二度もわたくしの背後を取るなんて、生意気ですわね。“ファイア・ボゥル”!」

「っ!?」


 ヴェリーミアは背後のシリルに身体を向けることもなく杖を自身の上にかかげ、その先端からシリルの方角に向かって炎弾を放つ。

 完全に不意を突かれたシリルは咄嗟に脳内で呪文を詠唱し、巨大な水弾をヴェリーミアの放った炎弾に激突させた。

 拮抗する二つの弾は空中で四散し、やがて魔力に分解されて消えていく。

 ヴェリーミアはゆっくりと身体をシリルの方に向けると、嬉しそうに手を叩いた。


「素晴らしい。呪文の脳内詠唱まで習得済みとは恐れ入りますわ。ですが―――」

「っ!」


 拍手をしていたはずのヴェリーミアの前の空間に、突然稲妻の槍が精製される。

 そんな槍の気配を察知したシリルはキャンセラーを発動しようとするが、それよりも先にヴェリーミアの槍がシリルに向かって襲い掛かってきた。


「ですが、脳内詠唱が自分だけのものと考えるのは感心しませんわね!」


 そんなヴェリーミアの言葉と同時に、複数の雷の槍がシリルに向かって襲い掛かる。

 シリルは奥歯を噛み締めてありったけの魔力を足元の風に集めると、身体を回転させてギリギリのところでその槍を回避した。

 回避された雷の槍は先ほどの炎の槍よりも強大な破壊力で教会の壁を壊し、城壁へとその爪痕を残す。

 もしも城壁があらかじめヴェリーミアの手によって強化されたものでなければ、悠々と破壊されていたことだろう。それほどの一撃だった。

 シリルはその一撃に確かな殺気が込められていたことを感じ取り、再び冷たい汗をこめかみに流す。

 そんなシリルの心を読み取っているのか、ヴェリーミアは余裕のある表情で言葉を発した。


「あなた、このまま防戦を続けるつもりですの? わたくしの魔力はまだまだ残っていますわ」


 ヴェリーミアは片手で杖を一回転させると、シリルを見下すように見つめながら言葉を紡ぐ。

 そんなヴェリーミアの言葉を受けたシリルは乱れていた呼吸を整えると、やがて返事を返した。


「それでも、です。勝負は受けます。ですが私はあなたを、倒したくない。その想いに変わりはありません」

「―――っ!」


 自身へと真っ直ぐに顔を向けて紡がれる、シリルの言葉。

 ヴェリーミアはそんなシリルの言葉を受けると、激昂して声を荒げた。


「だから、それが、甘く見ていると言ってるんですわ!」

「っ!?」


 激昂しながらもヴェリーミアは脳内で冷静に呪文を詠唱し、シリルの身体の周りに複数の炎弾を作り出す。

 その炎弾はシリルを完全に包囲し、全方位からの攻撃を予告していた。


「さあ、どうです? 避けられるものなら避けてごらんなさい」


 ヴェリーミアは妖しい笑顔を浮かべると、自身の手に持った杖を振り下ろす。

 そしてその杖の動きに呼応するように、炎弾はシリルに向かって襲い掛かった。

 全方位からシリルに向かって牙を向く巨大な炎弾。シリルはその状況を察すると目隠しを首までずらし、その右目だけを力強く見開いた。


「悠久の彼方より流れ出ずる、この世のすべての時よ。この瞬間、我は命ずる。創世せよ、凍結の領域“エンペラー”」


 シリルの右目の中にある魔法陣が、高速で回転する。そしてその瞬間から襲い掛かる炎弾はその動きを静止させた。……いや、今この世界の全ては動きを静止させていた。

 そしてその凍結された時間の中をゆっくりと移動するシリル。やがてヴェリーミアの背後まで移動すると、開いていた右目をそっと閉じた。


「なっ!?」


 先ほどまで目の前にいたはずのシリルが、いつのまにか消えている。

 そして自分の背後には、確かにシリルの気配を感じる。

 ヴェリーミアは自身の思考をフル回転させ、即座にその状況を理解した。


「―――なるほど。時を止めるとは、さすがはナンバーゼロですわね」

「えっ……」


 ヴェリーミアは相変わらず余裕の表情を浮かべ、シリルに向かって身体を向ける。

 欠片も動揺を見せないヴェリーミアの声色を受けたシリルは反対に動揺し、小さく声を漏らしていた。

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