第41話:二人の魔術士
日の光が差し込んできた部屋の中で、黒いローブに身を包んだシリルが立っている。
その手にはコップが握られており、そのコップの中には何故かフォークが刺さっている。
手元には半分に割られたパンが置かれ、口の中にはバターが塗られた歯ブラシが入っていた。
状況から察するに歯を磨いた後で朝食を取ろうとしたのだろうが、完全にその二つの行動がごっちゃになってしまっている。
シリルはぼーっとした意識を次第に回復させると、ようやく自分の状況を理解した。
「ふぁう!? え!? え!?」
シリルは意味不明な自分の状況に驚きながらも思考を回転させ、自分が先ほどまで寝ぼけて行動していたことを思い出す。
その後しっかりと歯を磨いてパンをかじったシリルは、片手で頭を抱えた。
「ああもう、私は一体何を。ごめんなさい二人とも……あれ?」
シリルは部屋の中の気配を探るが、そこにレウスとリセの気配が感じられない。
ましてシリルが寝ぼけて奇行に走っていたなら、あの二人が真っ先に止めるはずだ。
動揺する心をどうにか深呼吸で落ち着かせたシリルは、昨日の夜二人が眠っていたベッドのマットレスに触れた。
「暖かくない……ということは、だいぶ時間が経っているということ?」
二人が居なくなってから時間が経過している事実に気付いたシリルは、その時初めて事態の深刻さに気付く。
少し部屋を出ているくらいなら、トイレという可能性もある。しかしそれならどちらか一人は残っていそうなものだし、何よりこんな長時間いなくなったりしないだろう。
シリルは身支度をすることもなく、急ぎ足で部屋を飛び出す。
するとそんなシリルに向かって聞いたことのある声が響いてきた。
「お待ちしていました、シリル様」
「せ、セレナさん? これは一体……」
シリルは動揺しながらもセレナの方に身体を向け、胸の上に手を置きながら言葉を紡ぐ。
そんなシリルの言葉を受けたセレナは一瞬悲しそうに俯くが、やがて意を決したようにシリルの方に顔を向けて言葉を続けた。
「ヴェリーミア様がお待ちです。レウス様とリセ様もそちらですので、どうぞこちらへ」
「あ、はい……」
淡々としたセレナの言葉。シリルはその言葉を不思議に思いながらも嘘を言っているようには思えず、歩き出したセレナの背中を追いかけていく。
迷うことなく後ろを歩いてくるシリルを見たセレナは一握りの希望を失ったような表情で、重く言葉を紡いだ。
「お一人でも歩けるのですね、シリル様。さすがはナンバーゼロです」
「あ、はい……えっ!?」
二人を心配してぼーっとしていたシリルに、冷水のようなその言葉が降りかかる。
シリルはセレナの発言について返事を返そうと口を開くが、そんなシリルの言葉を遮るようにセレナは言葉を続けた。
「この扉の先にある教会でヴェリーミア様がお待ちです。ご質問は直接、ヴェリーミア様へどうぞ」
「…………」
今すぐ聞きたいことが山ほどある。レウスやシリルは無事なのか。何故自分がナンバーゼロだと気付いたのか。
しかしセレナの声から発せられる不思議な威圧感が、シリルの口を固く閉ざす。
いずれにしてもシリルの持っている疑問への答えは、この先の教会で待っているのだろう。
ならば一刻も早く答えを知りたい。そう考えたシリルは急ぎ足で教会へと向かった。
王城の敷地内にあるその教会は、広大である。
イベント事がある際にはフラワーズ国民のほとんどが入ることのできる広さで、用意された席数も膨大だ。
教会の中に一歩踏み出したシリルの身体を、冷たい風が包む。その正面のずっと先には巨大なオルガンが設置され、祭壇は多くの聖歌隊が集まっても余ってしまうほど幅広い。
そしてそんな祭壇の前で、ヴェリーミアはマントを風に流しながらシリルを真っ直ぐに見つめていた。
「待っていましたわ、ナンバーゼロ。随分とのんびりとした起床ですのね?」
ヴェリーミアは杖を片手に持ち胸の下で腕を組みながら、にっこりと笑って言葉を紡ぐ。
広い教会には二人の姿しかなく、ヴェリーミアの声が高い天井に響いていく。
そしてそんなヴェリーミアの言葉を受けたシリルは、少し慌てた様子で返事を返した。
「あ、ご、ごめんなさい。私朝が弱くて―――ってそうじゃなくて! あの、レウスくんとリセさんはどちらですか?」
シリルは二人の安否を心配し、胸の上に手を置きながら言葉を紡ぐ。
自分の正体より二人の安否を心配するシリルの姿に小さく息を落としたヴェリーミアは、変わらず風にマントを流しながら返事を返した。
「あの二人なら無事ですわ。……今はまだ、ですけれど」
「えっ……」
不穏な空気を纏ったヴェリーミアの言葉に反応し、声を漏らすシリル。
シリルは両手を強く握り締めると、ヴェリーミアに向かってさらに質問した。
「今は……というのはどういう意味ですか? 二人に会わせてください」
シリルは大きく息を飲みながら、緊張した様子で言葉を紡ぐ。
そんなシリルの言葉を受けたヴェリーミアは、両手を左右に広げながら言葉を返した。
「長い問答は嫌いですので、単刀直入に申し上げますわ。―――ナンバーゼロ、わたくしと魔術で勝負なさい。もし断るなら、あの二人の命は保障しません」
「っ!?」
心のどこかで、予想していないわけではなかった。
しかしまさか二人を人質に取るなんて、強硬な手段を取ってくるとは思わなかった。
自分だけならまだしも、あの二人を危険にさらしてしまった。
シリルは強い自責の念にかられるが、今はそれよりも先にすべきことがある。
それがわかっているから、シリルは一歩ずつヴェリーミアに近付きながら言葉を紡いだ。
「約束……してください。この勝負が終わったらあの二人を解放し、魔術協会に保護させると」
シリルは確かな決心をその身に宿し、一歩ずつヴェリーミアに向かって歩いていく。
その決心に答えるようにヴェリーミアも一歩ずつシリルに向かって歩き、そして言葉を返した。
「いいでしょう。フラワーズ国王ヴェリーミア=メイ=インフィニートの名にかけて、この勝負が終わった後の二人の安全は保障しますわ」
「……わかりました」
やがてシリルとヴェリーミアは互いの目の前に立ち、交わることのない視線を交差させる。
そしてその刹那、二人は同時に叫んだ。
「「ムーヴィング・エア!」」
二人の足元に突如逆巻く風が精製され、二人は弾かれるように空中へ進んで距離をとる。
やがてシリルは右手を、ヴェリーミアは杖を振りかざして言葉を続けた。
「「ファイア・ボゥル!」」
巨大な火球が二人の手元に精製され、互いの身体に向かって進んでいく。
二つの火球はほぼ同じサイズで、空中で激突するとその身を四散させた。
「ふふっ……呪文詠唱無しでこの威力。やはりあなたこそナンバーゼロですわ。もっともその名は、もうすぐわたくしが頂きますけれど」
「…………」
空中を浮遊するヴェリーミアは、余裕のある表情で言葉を紡ぐ。
その言葉の奥には確固たる意思と、強い願いが感じられる。
そんなヴェリーミアの言葉からプレッシャーを受けたシリルは、額から汗を流して奥歯を強く噛み締めていた。




