第39話:フラワーケーキのその後は
「わぁぁ……! ほんとにフラワーケーキだぁ! ありがとう、おかあさま!」
ケーキを目の前にしたヴェリーミアは、夕食の席で満面の笑顔を見せる。
昼間の約束の通り、その夜の食事でシェリーはヴェリーミアの好きなフラワーケーキをデザートに指定した。
フラワーケーキはフラワーズ王国名産の一つであり、花のような香りが特徴的な生クリームを主材料としたケーキである。
ヴェリーミアはフォークを握りながら、キラキラとした瞳でフラワーケーキを見つめる。
歳相応の素直な反応にシェリーはにっこりと微笑み、言葉を紡いだ。
「慌てて食べないでねミア。あくまで王族としての気品を持って、優雅に―――」
「おいふぃです、おかあさま!」
「もう食べてる!」
あまりにも素早い娘のフォークさばきにショックを隠せないシェリーは、大きく口を開けながら言葉をぶつける。
ヴェリーミアはケーキに夢中で話を聞いていなかったのか、そんなシェリーの様子を見ると頭に疑問符を浮かべて首を傾げた。
「おかあさま、どうしたの? 食べないの?」
「ふふっ。まあ、いいわ。お母さんの分も食べなさい」
シェリーは不思議そうに首を傾げるヴェリーミアに苦笑いを浮かべつつ、自身の手元にあったケーキの皿をヴェリーミアの手元へと滑らせる。
新たにケーキが一つ追加されたヴェリーミアは、大きなその目をさらに見開いた。
「ほんとっ!? やったー!」
ヴェリーミアはフォークをケーキに突き刺し、その小さな口をめいっぱい広げて大きな一口を頬張る。
むぐむぐと笑顔でケーキを食べるヴェリーミアの頬には、ピンク色のクリームがばっちり付いていた。
「ふふっ。もうミア、頬にクリームが付いてるわよ。落ち着いて食べなさい」
「ふぁい……おかあさま、ありがとうございます」
普段は頭の回転が良く賢いこの子が、フラワーケーキの前では歳相応の女の子になる。
シェリーはそれが少し心配でもあり、同時に嬉しくもあった。
『いつかミアが国王として“孤独”になった時。この真っ直ぐな笑顔が、その孤独を打ち破ってくれるかもしれないわね』
シェリーはヴェリーミアの頬のクリームをハンカチで拭いながら、どこか嬉しそうに微笑む。
そんなシェリーの笑顔を見たヴェリーミアは、にぱーっと笑いながら言葉を紡いだ。
「どうしたの? おかあさま。なんだか嬉しそう」
シェリーの笑顔を見たヴェリーミアはその笑顔の真意まではわからないものの、なんだか自分まで嬉しくなって自然と微笑む。
そんなヴェリーミアの頭を撫でながら、シェリーはくすぐったそうに笑って言葉を紡いだ。
「ふふっ、だめよ。ミアには絶対秘密にします」
「えぇー? ……ふふふっ」
ヴェリーミアはなんだかわからないながらも、なんだか楽しくなって無邪気な笑顔を見せる。
そしてそんなヴェリーミアの表情を見たシェリーは、ぽんっと両手を合わせて席を立った。
「そうだわ。今日ちょうど仕立て屋から届いたの。ぜひ着てみて頂戴」
「ふぇっ?」
シェリーは席を立つと、どこか弾むようなステップでクローゼットに向かう。
そのままクローゼットを開いて一着の服を取り出すと、自身の背中にその服を隠しながらニヤニヤと笑ってヴェリーミアを見つめた。
「どうしたの? おかあさま。仕立て屋さんって、何かお洋服を頼んでたの?」
ケーキを食べ終えたヴェリーミアは不思議そうに首を傾げながら、シェリーに向かって歩みを進める。
そんなヴェリーミアに向かって片手を突き出してその動きを静止させると、シェリーは笑顔で言葉を紡いだ。
「ストップよ、ミア! そのまま目をつぶって!」
「ふぇっ!? は、はい……」
右手を突き出して何処か誇らしげなシェリーの姿を見たヴェリーミアは、驚きながらも恐る恐るその目を閉じる。
ヴェリーミアの目が閉じられたことを確認したシェリーは、ニヤニヤと笑いながらヴェリーミアに近付いた。
「まだよーミア。まだ開けちゃダメだからね」
「は、はい。おかあさま」
ヴェリーミアは普段よりテンションの高いシェリーの声に動揺しながらも、言われた通り目をつぶる。
何故か両手までぎゅっと握っている姿は愛らしく、思わずシェリーはその目を細めた。
そしてシェリーは少し怯えながらも目をつぶっているヴェリーミアを見ていて悪戯心がわいてきたのか、小さなその顔の正面に自身の顔を近づけた。
「…………」
「…………」
そして降りてくる、沈黙の時間。
シェリーはヴェリーミアの顔の正面でじっとその目を見つめ、動こうとしない。
やがて沈黙に耐えかねたヴェリーミアは、少しだけ様子を見ようと薄目を開いた。
「こりゃっ。目を開けないでって言ったでしょう?」
「ふぇうっ!? ご、ごめんなさい!」
シェリーは薄目を開いたヴェリーミアの頭に軽くチョップを当て、言葉を紡ぐ。
そんなシェリーの言葉を受けたヴェリーミアは動揺した様子で返事を返し、再びその目をつぶる。
そして動揺したヴェリーミアの姿を見たシェリーは、笑いを堪えきれずにクスクスと笑った。
「ふふっ、ごめんねミア。お母さんちょっと意地悪しちゃった」
「???」
ヴェリーミアはシェリーの言葉の意味がわからず、目を瞑ったまま首を傾げる。
やがてシェリーはヴェリーミアの肩に仕立てたばかりの洋服を乗せ、自身の頭に乗せていた冠をヴェリーミアの頭に乗せた。
そのままそそくさと動いて鏡をヴェリーミアの前まで持ってくると、シェリーは穏やかな声で言葉を紡ぐ。
「よしっ、完成―。もう目を開けていいわよ、ミア」
「はい……。えっ!? これって……!」
ゆっくりと目を開けたヴェリーミアの視界に飛び込んできたのは、王家の赤いロングマントを羽織った自分の姿。
ロングマントは首元の白いファーと赤い生地が特徴的だが、その長さは今のヴェリーミアの身長では全然足りず、地面に引き摺ってしまっている。
頭に乗せた冠も今のヴェリーミアには少し大きく、斜めに乗せてかろうじてバランスを保っている状態だ。
しかし当の本人であるヴェリーミアは自身の姿を鏡で見ると、その大きな瞳をキラキラと輝かせた。
「すごい! すごいすごい! おかあさまと一緒だぁ!」
ヴェリーミアはいつも見上げているシェリーと同じ服を着られたことが嬉しいのか、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。
その度に頭に乗せた冠はカタカタと揺れ、今にも落ちてしまいそうだ。
そしてシェリーははしゃぐヴェリーミアの肩に優しく手を乗せると、穏やかな笑顔を見せながら言葉を紡いだ。
「ふふっ、ミアが喜んでくれてよかったわ。ちょっと早いかなと思ったのだけれど、お母さんも我慢できなかったの」
ちょっぴり仕立て屋さんを困らせちゃった。と言葉を続けながら、ほんの少しだけ舌を出すシェリー。
そんなシェリーの様子を見たヴェリーミアは、歯を見せて悪戯に笑った。
「えへへぇ。ありがとう、おかあさま。凄く嬉しい!」
ヴェリーミアは愛用の杖を抱きしめながら、シェリーに向かってお礼の言葉を紡ぐ。
そんなヴェリーミアの笑顔を見たシェリーは自身も嬉しそうに笑いながら、ゆっくりとヴェリーミアの頭から冠を外した。
「この冠は落としたら大変だから、お母さんが持っているわね。その代わりミアにはこれをあげる」
シェリーは一瞬自身の背後に手を回すと、まるで手品のように花冠を取り出す。
そのままそっとヴェリーミアの頭に花冠を乗せると、楽しそうに微笑んだ。
「ふふっ、思った通り。ミアにはこの花がよく似合うわね」
「わぁぁ……! ありがとう、おかあさま!」
ヴェリーミアは自身の頭に乗せられた花冠に触れると、嬉しそうに笑う。
そんなミアの笑顔を見たシェリーはそっとヴェリーミアの髪に触れると、穏やかな笑顔のまま言葉を紡いだ。
「ミア。いつかあなたが王様になったら、つらいことも沢山あるでしょう。王様は孤独で、一人でも立ち続けなければならない。でももし、どうしてもひとりが辛くなったその時は―――」
「ぎゃあああああああ!」
「っ!?」
廊下から突然響いてきた悲鳴に反応し、シェリーは咄嗟に王の冠を自身の頭に乗せて立ち上がる。
ヴェリーミアは突然響いてきた悲鳴にわけがわからず、怯えた様子で廊下に続くドアを見つめた。
「ただごとじゃなさそうね……ミア。あなたはクローゼットに隠れていなさい」
シェリーは自身が普段使っている大きな杖を持つと、ドアに向かってゆっくりと近付いていく。
ヴェリーミアはシェリーに言われた通り、クローゼットの中へと身を隠した。
「―――入ってきたらどう? 気配を消しても、薄汚い獣のようなその匂いは隠せていないわ」
シェリーはドアの向こうに人が立っていることに感付くと、その人物に向けて鋭い声で言葉を紡ぐ。
やがてゆっくりと開かれたドアの向こうから、ひとりの男が姿を現した。




