第37話:ヴェリーミアの過去、母との時間
「さすがねミア。その歳で雷の中級魔術を習得するなんて、さすがは私の娘だわ」
「えへへぇ。ありがとうございます、おかあさま」
自分より大きな杖を抱いた幼いヴェリーミアの頭を、母親は優しく撫でる。
母親はヴェリーミアと同じような金髪で少しツリ目がちだが、整った顔立ちをしている。
白いドレスに身を包んだその姿は現在のヴェリーミアに近いが、洗練さで言えば母親の方がわずかに勝っているだろう。
母親はにっこりと優しく笑いながら、くすぐったそうに微笑むヴェリーミアの頭を撫で続けた。
「ミアは本当に賢い、私の自慢の娘だわ。お父様が生きていれば、きっと大喜びね」
母親は柔らかに微笑みながら、ヴェリーミアに向かって言葉を紡ぐ。
そんな母親の言葉を受けたヴェリーミアは、にぱーっと笑いながら返事を返した。
「ほんとう!? じゃあ私、おとうさまに報告してきますわ!」
「ふふっ……ええ、そうしていらっしゃい」
ヴェリーミアはその小さな足でとことこと走り、父親の写真が飾ってある棚へと向かう。
そんなヴェリーミアの背中を微笑みながら送り出す母親に、従者らしき男性が声をかけた。
「シェリー様。ジルドの奴がまた仕事に手を抜いています。今月に入ってもう八回目です」
「なんですって? あの男あれだけ注意したというのに、まったく庶民というのは学ばない生き物なのかしら」
シェリーと呼ばれた母親は眉間に皺を寄せながら胸の下で腕を組み、ジルドが担当している花畑の方へと視線を移す。
やがて小さく息を落とすと、母親はさらに言葉を続けた。
「ジルドの馬鹿を後で謁見の間まで呼びなさい。彼には相応の処罰が必要なようだわ」
「はっ」
黒服の男は深々とシェリーに頭を下げ、いつのまにか部屋を後にする。
その後シェリーがため息を落としていると、父親に報告を終えたヴェリーミアがとことこと戻ってきた。
「おかあさま、元気ない? どうしたの?」
ヴェリーミアは心配そうにシェリーを見上げ、小さく首を傾げる。
そんなヴェリーミアを見たシェリーは膝を折って視線の高さを合わせ、真剣な表情で言葉を紡いだ。
「いいこと、ヴェリーミア。私達貴族は庶民を導く存在でなければならない。だからあなたには早くから魔術を学ばせたし、常にトップの実力を持つように教育してきた。そしてあなたはその期待に、きちんと答えているわ」
「…………」
ヴェリーミアは杖を強く抱きながら、無言でシェリーの言葉を受ける。
そんなヴェリーミアの様子に満足したシェリーは、さらに言葉を続けた。
「これからもずっと、あなたはトップであり続けなさい。女王は強く、強くなければならない。ひいてはそれが庶民達の希望となり、手本となるのだから」
「―――はい。おかあさま」
ヴェリーミアは真剣な表情でこっくりと頷き、シェリーに向かって返事を返す。
その瞳に迷いがないことを悟ったシェリーは嬉しそうに微笑みながら、優しくヴェリーミアの頭を撫でた。
「それと……いつも頑張ってくれて本当にありがとう、ミア。今夜のデザートは、あなたの好きなものにしましょうか」
「ほんと!? えへへ、やったぁ!」
「ふふふっ。まあ、はしたない」
思わず両手を上げてバンザイするヴェリーミアを見たシェリーは、くすくすと笑いながら言葉を紡ぐ。
そんなシェリーの様子を見たヴェリーミアは、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「あぅ。ご、ごめんなさい。おかあさま」
ヴェリーミアは杖を抱きながら、恥ずかしそうに口元をもにょもにょと動かす。
そんなヴェリーミアを見たシェリーは、にっこりと微笑みながら言葉を返した。
「いいわ、ここには私とミアしかいないのだから。お母さんもバンザイしちゃおうかしら」
シェリーは穏やかに微笑みながら、小さくバンザイをしてみせる。
今日はヴェリーミアが中級魔術を覚えた記念すべき日だ。少しくらいはしゃいでもバチは当たらないだろう。
そしてそんなシェリーを見たヴェリーミアは驚きながらも微笑み、その小さな両手を再び天井に向かって突きあげた。
「えへへ。ばんざーい!」
「ふふっ。はい、ばんざーい」
両手を突きあげたヴェリーミアの姿は可愛らしく、シェリーの表情も思わず綻ぶ。
そうして母子二人の時間を過ごしていると、部屋のドアが控えめに三回ノックされた。
「……もう謁見の時間、ね。ミア、今日はあなたも謁見の間にいらっしゃい。ジルドに刑を言い渡すところを、あなたも見ておいた方が良いでしょう」
シェリーは穏やかな顔から一変して真剣な表情に変わると、立ち上がりながらヴェリーミアに向かって言葉を紡ぐ。
そんなシェリーの言葉を受けたヴェリーミアは、小さく首を傾げながら返事を返した。
「おかあさま、ジルドはまた悪いことをしてしまったの?」
「ええ、そうね。悪いことをした人には、相応の処罰がなくてはならない。ミアもじき女王になるのだから、刑を言い渡す場面には慣れておいた方が良いわ」
シェリーは真剣な表情で真っ直ぐにヴェリーミアの大きな瞳を見つめ、言葉を紡ぐ。
そんなシェリーの言葉を受けたヴェリーミアは、こっくりと力強く頷いた。
「わかりました、おかあさま。わたし、ちゃんと見ています」
頷きながら返事を返してくるヴェリーミアを見つめ、満足そうに笑いながら頷くシェリー。
やがて二人は謁見の間へと歩みを進めた。
『それにしても、最近のジルドの行動には奇妙なものを感じる。何もなければ良いのだけれど……』
シェリーは一抹の不安を抱えながら、ヴェリーミアと一緒に謁見の間に向かう。
いざとなれば世界最強の我が魔術を持って、ヴェリーミアだけでも守ってみせよう。
そんな決意を胸の奥に秘め、シェリーは謁見の間に向かう足を速めた。




