第36話:ヴェリーミアの想い
セレナの案内でフラワーズ王城の客室に到着したシリル達は、部屋の内装の豪華さにぽかんと口を開く。
深い赤色を基調とした部屋にはしっかりとした造りの木造家具が並んでおり、床や窓縁にもほこり一つ落ちていない。
窓からは星々の輝く空がよく見え、王城を囲むように広がる花畑からは花びらが少しだけ部屋の中に入ってくる。
リセはその部屋の美しさにキラキラと瞳を輝かせ、やがて言葉を落とした。
「すごく、きれい。びっくりした」
その言葉を発した後もリセは、呆然としながら部屋の中を見つめる。
そんなリセの言葉を聞いたシリルは、その頭を撫でながら穏やかに微笑んだ。
「私も見えないのが残念です。でも清潔そうですし、ヴェリーミアさんに感謝しなくちゃいけないですね」
「…………」
感謝という言葉を聞いたセレナは、少し悲しそうに俯く。
そんなセレナの様子に気づいたリセだったがその理由まではわからず、ただ頭に疑問符を浮かべるだけだった。
「ま、とにかく寝よーぜ! 俺こっちのベッドとーっぴ!」
レウスは駆け出して軽快にジャンプすると、左側のベッドに向かってダイブする。
そんなレウスの様子を見たリセは呆れたように息を落としながら、シリルに向かって話しかけた。
「あんな馬鹿はほっといて、私たちは一緒に寝よう? お姉さん」
「ふふっ、はい。わかりました」
こんな時でもレウスに毒を吐くリセに苦笑いを浮かべるシリルだったが、頷きながら返事を返す。
そんなシリルの答えに満足したのか、リセはにっこりとシリルに微笑み返した。
「では、私はこれで失礼します。何かありましたらドアの前の兵士に言ってください」
セレナは深々と頭を下げると、いつのまにかドアの外に立っていた兵士を紹介する。
その声を受けた兵士は、武骨ながらも丁寧にシリル達に向かって頭を下げた。
「あっ、はい。わかりました。ありがとうございます、セレナさん」
シリルはにっこりと微笑み、セレナに向かって感謝の言葉を伝える。
しかしそんなシリルの言葉を受けたセレナは再び悲しそうに目を伏せ、やがて踵を返して部屋を後にした。
「???」
部屋を出て行ったセレナの様子がおかしいことに気付いたシリルだったが、先ほどの会話で気分を害してしまったのかと思いそれ以上詮索しなかった。
そして部屋を出たセレナの足音が遠ざかるのと同時に、レウスの寝息が聞こえてきた。
「はやっ!? レウスくん、もう寝てます」
ベッドの上に大の字になってぐーぐー眠っているレウスの状態を察したシリルは、口の前に手を当てながら驚く。
しかしそんなレウスの状態に慣れてしまっているリセは、ジト目でレウスを睨みながら言葉を続けた。
「こいつ馬鹿だから、寝るのもはやい」
「あ、あはは……すごい偏見ですね」
あんまりな言いぐさのリセに苦笑いを浮かべ、ポリポリと頬をかくシリル。
こうして王城の客室で過ごす夜は、その深さをゆっくりと増していった。
国王であるヴェリーミアの部屋は、国民が想像しているよりずっと質素である。
多くの種類の花を植木鉢に入れて育てられていること以外、シリル達の客室と大きな違いはない。
天蓋付きのベッドは豪華だが、使われているレースは決して高いものではない。
貴族の部屋というには少し豪華さに欠ける部屋であることは間違いないだろう。もっともこの部屋の主であるヴェリーミアは花の育成こそ第一であり、あまりそういったことは気にしていない。
何せ他の貴族を招いたり、まして男を連れ込むことも無いのだ。部屋の豪華さなど気にする理由がない。
ヴェリーミア自身も貴族であることに誇りは持っているが、だからといって無闇やたらに豪華さに走るような人物ではなかった。
そしてそんな部屋の中でヴェリーミアとセレナは、小さな声で会話をしている。
やがてその会話が終わると、セレナは顔を伏せながら言葉を落とした。
「ですが本当に……良いのでしょうか。彼女は戦いを望むタイプには思えません。やり方も、けして人道的とは―――」
「セレナ」
「っ!?」
セレナの言葉を聞いたヴェリーミアは鋭い目でセレナを睨み付け、低い声でその名を呼ぶ。
その一言で全てを察したセレナは、慌てて言葉を続けた。
「しっ、失礼しましたヴェリーミア様。では早速、準備に取り掛かります」
セレナは右手を胸の上に置きながら、仰々しく頭を下げる。
その様子に満足したヴェリーミアは、星空を見上げながら返事を返した。
「お願いね、セレナ。わたくしの最強の座は、あなたにかかっていますわ」
「はい……」
セレナは悲しそうな表情を浮かべながら、清潔な赤い絨毯に彩られた地面を見つめる。
そんなセレナの姿を見ることもなく、ヴェリーミアは言葉を続けた。
「明日は早いのですから、あなたももう休みなさい。わたくしもそうします」
「はっ。お心遣い、恐れ入ります」
セレナは返事を返すと、機敏な動きでヴェリーミアの部屋を後にする。
人の気配が無くなった事を感じたヴェリーミアは、ある種の使命を帯びた瞳で王城の下に広がる花畑を見つめた。
「わたくしは常に、一番でなければならない。たとえ相手がナンバーゼロでも……わたくしは倒してみせますわ」
ヴェリーミアは決心を帯びた瞳で言葉を落とすと、部屋の中にある一つの植木鉢に視線を移す。
ガラスのケースで守られたその植木鉢には、何の花も咲いていない。
しかしヴェリーミアはその植木鉢を愛おしそうに見つめると、やがて悲しそうに俯いて言葉を落とした。
「お母様。わたくしは必ず勝ちます。そして、この国の強さを証明してみせますわ」
ヴェリーミアは胸の上に手を当て、小さく言葉を紡ぐ。
その言葉を受けた植木鉢は当然返事を返すこともなく、ただ真っ直ぐに悲しそうなヴェリーミアの表情を見守る。
しかしヴェリーミアはその植木鉢を愛おしそうに見つめると、やがて天蓋付きのベッドへとその体を浮かべた。




