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第35話:フラワーズという国

 レウス達はセレナに先導されながら、フラワーズ王国王城内を歩いていく。

 ヴェリーミアに言われた通り王城内で一泊するため、三人は今セレナに客室までの案内をされていた。

 城の窓からは星空が覗き、山間からの風に吹かれた花畑は穏やかな音を響かせる。

そして夜風に揺れた花々からは多くの花びらが舞い散り、それは廊下の窓から城の中にまで入ってくる。

 赤い絨毯の敷かれた豪華な廊下には穏やかな風が吹き、花びらが宙を舞うその光景は印象的に瞳に写る。

 しかしレウスはそんな美しい風景も目に入っていないのか、眉間に皺を寄せながら言葉を落とした。


「なーんかすっきりしねえなぁ……くそっ」


 レウスの頭には目の前の花びらより、黒服の男を殴り飛ばしたヴェリーミアの冷徹な瞳が焼きついている。

 あの出来事だけを考えるなら、ヴェリーミアがただの“良い人”だとはとても考えられない。

 むしろ貴族と平民の差別意識を強く持つ、偏見のある人物と考えるのが自然だろう。

 そんなモヤモヤとした想いはリセも抱えていたのか、珍しくレウスに同調してこっくりと頷いた。


「確かに、なんとなく嫌な感じのする人だった。お姉さんはどう思う?」


 リセは小さく首を傾げながらシリルを見上げ、質問する。

 そんなリセの言葉を受けたシリルは困ったように眉を顰め、返事を返した。


「そうですね……確かに乱暴なところはありましたし、男性への暴力行為は悪いことだと思います。ですが私は……上手く言えないのですが、それほど悪い人のようには思えなかった」


 シリルはヴェリーミアと対峙した感想を、素直に言葉に変換して二人に伝える。

 そんなシリルの言葉を受けたレウスは、不満そうに口を尖らせた。


「えー、そうかぁ? ぜってー悪い奴だろ。それにやなやつだ」

「うーん……」


 確かに現在まで見てきたヴェリーミアの態度を鑑みるに、レウスの評価こそ妥当なところだろう。

 シリルもなんとなくの“勘”で悪い人に思えないと言っているだけで、何らかの確証があるわけではない。

 確証がない以上レウスに対して反論することもできず、シリルは困ったように眉を顰めた。

 そうして歩いていると三人の会話を聞いていたのか、前を歩いていたセレナがゆっくりと振り返ってその小さな口を開いた。


「……あまり、ヴェリーミア様のことを悪く言わないで下さい。あの方もお考えがあって、平民にきつい言い方をしているんです」


 セレナは悲しそうに俯きながら胸の上に手を当て、小さく言葉を紡ぐ。

 そんなセレナの言葉を聞いたレウスは、眉間に皺を寄せながら返事を返した。


「うーん……んなこと言ってもさー。あの姉ちゃんすげぇやな感じだったぜ? 貴族とか平民とか言ってたし」


 レウスは不満そうに口を尖らせ、セレナに向かって返事を返す。

 そんなレウスの言葉を受けたセレナは強い意志を持った瞳に変わると、さらに言葉を続けた。


「フラワーズの国民は歴史上、隣国であるラスカトニアから多くの援助を受けて生活をしてきました。そんな“援助ありき”の生活をしていた国民達は意識のどこかで“自分達は他国からの援助を受けて当然だ”という想いがあるんです」

「…………」


 セレナの言葉を受けたシリルは、街で出会った作業員のことを思い出す。

 確かにあの作業員からは怠惰さというか、どこか甘えているような印象も少しだが感じられた。

 かつて種族戦争で多くの血が流されたフラワーズに対して隣国からは多くの支援がされ、フラワーズもそれに頼った政治を行ってきた。

 しかしそんな歴史が国民達の中に怠惰さを生み出しているとしたら、それもまたひとつの問題なのかもしれない。


「ヴェリーミア様はそんな国民達の意識を変えるために、あえてきつく国民達に労働の義務を課しているのです。もちろん労働時間は常識の範囲内ですし、適度に休憩も与えています」


 セレナは廊下の窓から城下町を見つめ、悲しそうに言葉を落とす。

 その口ぶりから察するに、ヴェリーミアの政策はあまり結果を残せていないのだろう。

 それはシリルが出会った作業員の様子を見ても明らかだ。

しかし、だからといって……


「だからといって、乱暴して良い理由にはなりません。ヴェリーミアさんの態度にも問題はあると思います」


 シリルは少し言い難そうにしながらも、率直にセレナへと言葉を発する。

 そんなシリルの言葉を受けたセレナは、再び悲しそうに目を伏せた。


「―――ヴェリーミア様だって、元からああだったわけじゃない……」

「えっ?」


 シリルはセレナの細い声が上手く聞き取れず、反射的に聞き返す。

 しかしセレナは再び廊下の先に身体を向けると、そのまま無言で足を進め始めた。


「うーん……事情はわかったけど、やっぱ納得いかねえよなぁ」

「…………」


 小さく落とされたレウスの言葉。その言葉に同調している自分がいる。

 しかし同時に、ヴェリーミアのあの声が忘れられないのも事実だった。


『ヴェリーミアさんは、確かに厳しい人だった。でも、何故だろう―――』


 何故だろう。妖しい笑顔を見せたあの目の奥には確かに、大きな悲しみがあるような気がする。

 自分には、ヴェリーミアの目を見ることはできない。しかしヴェリーミアの声から、そのシルエットから、見た目ではわからない何かを感じた。

 シリルは自身の中に渦巻く感情を整理できないまま……冷たい夜風によって運ばれてきた花びらにその身を包んでいた。

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