第34話:ヴェリーミアの思惑
「お、お止め下さいヴェリーミア様! 王宮内で魔術を使用するなんて危険すぎます!」
シリルの隣に立っていた黒服の男は、動揺した様子でヴェリーミアへと言葉を発する。
そんな黒服の男の言葉を受けたヴェリーミアは、にっこりと微笑みながら返事を返した。
「ふふっ。あなた、ちょっと近くまで来てくださる?」
「??? は、はい」
ヴェリーミアに呼び出された黒服は頭に疑問符を浮かべながら、玉座へと歩いていく。
やがて黒服の顔が近付いた瞬間、ヴェリーミアは突然持っていた杖の先端で黒服の顔面を殴り飛ばした。
「はぐっ!?」
吹き飛ばされる黒服の男と、口元から噴き出す鮮血。よく見るとヴェリーミアの杖には筋力強化の魔術文様が浮かび上がっており、それを使って強化した筋力で男を殴り飛ばしたようだ。
倒れる男へと近付いたヴェリーミアはその顔面をヒールのかかとで踏み潰し、氷のような瞳をしながら言葉を落とした。
「あなたのような平民がこのわたくしに意見するなんて、どういうつもりですの? もしかして死にたいのかしら?」
「ぐぁっ。も、もうしわけ、ありません……!」
ヴェリーミアに踏まれた男は苦しそうに呻きながら、謝罪の言葉を口にする。
その言葉を受けたヴェリーミアは満足そうに微笑むと、やがて玉座へと戻った。
「いや、ちょっと姉ちゃんいくらなんでもやりすぎだろ! 王様なら何してもいいのか!?」
黒服の男の怪我が酷いことを察したレウスは、少し動揺しながらもヴェリーミアに言葉をぶつける。
そんなレウスの言葉を受けたヴェリーミアは、小さく息を落としながら返事を返した。
「このわたくしにそんな口をきくなんて、良い度胸ですわ。本来なら死罪にされてもおかしくないですわよ?」
ヴェリーミアはクスクスと笑いながら、レウスの言葉を受け流す。
確かに王国領内で国王に暴言を吐くというのは、自殺行為に等しい。
その状況を理解したシリルは、レウスを抱きしめるようにして守りながらヴェリーミアへと言葉を続けた。
「ま、待って下さいヴェリーミアさん! レウスくんはこの国に来たばかりですし、まだほんの子どもです! それを―――」
「あら、安心なさって? 別に死罪にするとは言ってませんわ」
「えっ……」
シリルは意外なヴェリーミアの言葉に驚き、口を噤む。
ヴェリーミアはそんなシリルの様子に構わず言葉を続けた。
「そうですわね……とはいえ何の刑も執行しないわけにはいきませんから、今夜はこの王城に一泊して頂きましょうか。その部屋で充分に反省なさったら、この城を出て頂いて構いませんわ」
「っ!? それは……かなり緩い判断と思いますが、よろしいのですか?」
シリルは何故か申し訳なさそうに眉を顰め、ヴェリーミアに向かって言葉を返す。
そんなシリルの言葉を聞いたヴェリーミアは、にっこりと微笑みながら言葉を紡いだ。
「もちろん構いませんわ。まだほんの子どもですもの。日も落ちてきましたし、今夜はこの城に泊まっていらして?」
ヴェリーミアは優雅な仕草で玉座の肘置きに身体を預け、妖しい笑顔を浮かべながら言葉を紡ぐ。
その後シリルがお礼の言葉を述べると、ヴェリーミアは優雅に笑いながら返事を返した。
「あら、お礼を言われるのはおかしいですわね。だってこれは軟禁ですもの、明日の朝まで城の外に出ることは固く禁じますわ」
「あっ、は、はい。わかりました」
シリルは少しだけ視線の冷たくなったヴェリーミアに気押され、どもりながら返事を返す。
そんなシリルの姿を見たヴェリーミアは満足そうに笑うと、杖の末端を強く地面に叩きつけた。
その杖の音に反応し、黒服を着たエルフの女性がヴェリーミアの近くに素早く駆け寄ってくる。
「お待たせしましたヴェリーミア様。お呼びでしょうか」
黒服の女性エルフは丁寧な仕草で頭を下げ、ヴェリーミアへと言葉を紡ぐ。
そんな女性の言葉を聞いたヴェリーミアは、相変わらず笑顔を浮かべながら言葉を続けた。
「セレナ。こちらの皆さんを客室にご案内して頂戴」
「はっ。承知致しましたヴェリーミア様」
セレナと呼ばれた黒服のエルフは再び深々と頭を下げ、ヴェリーミアへと返事を返す。
そんなセレナの様子を見たヴェリーミアは、くいっと一度杖の先端を振ると、セレナへ耳を近づけるよう合図を出した。
そしてその合図を見たセレナは、その長い耳をそっとヴェリーミアへと近づける。
『あの三人……特に女性からは絶対に目を離さないように。それと後で、わたくしの部屋にいらっしゃい』
『はっ。承知しました』
小声で耳打ちをするヴェリーミアに合わせ、小声で返事を返すセレナ。
そんなセレナの返事に満足したヴェリーミアは、再び妖しい笑顔を浮かべて言葉を紡いだ。
「では皆様、ごきげんよう。わたくしはこの後も謁見の予定がありますので、城の案内はこのセレナに引継ぎますわ」
「セレナ=フラウンです。よろしくお願いします」
セレナはシリル達の方を向き、深々と頭を下げる。
まだ状況が飲み込めていない三人はそんなセレナの様子を見て、反射的に頭を下げた。
そしてそんな三人の姿を見たセレナは、冷静な様子で言葉を続ける。
「では皆様、客室はこちらです。どうぞ」
「あっ、は、はい!」
シリルはセレナの言葉を受け、慌ててセレナに向かって近付いていく。
やがてセレナは近付いてきた三人の手が縄によって拘束されていることを見ると、懐からナイフを取り出してシリル達の拘束を解いた。
そうして三人の拘束が解かれるのを横目で見ていたヴェリーミアは、何かを思い出したように言葉を紡いだ。
「ああ、そうですわ。まだあなたのお名前を伺っていません」
ヴェリーミアは玉座に座りながら、杖の先端でシリルを指し示す。
そんなヴェリーミアの言葉を受けたシリルは、慌てた様子で返事を返した。
「えっ? あ、そ、そうですね。私はシリル=リーディングといいます」
シリルは胸の前に手を置き、「よろしくお願いします」と言葉を続けながら頭を下げる。
ヴェリーミアはそんなシリルの言葉を受けると、にっこりと微笑みながら言葉を続けた。
「そう。ごきげんようシリル。ではセレナ、皆さんを客室にご案内して」
「はっ」
セレナは敬礼するように胸元に手を当て、ヴェリーミアへと返事を返す。
そして三人はセレナの案内を受け、大広間を後にすることになった。
「……ちっ。なんか気にいらねえな、あのねーちゃん。嫌な感じがする」
レウスは小さく言葉を落としながら横目でヴェリーミアを見つめ、言葉を落とす。
ヴェリーミアは妖しくも美しい笑顔を浮かべながら、そんなレウス達一行を見送っていた。




