第33話:対峙する二人
「あら、あなたたちが作業員を逃がしたという罪人ですの? 随分と変わったメンバーですわね」
女王は玉座の肘置きに身体を預け、どこか艶っぽい姿で妖しい笑顔を浮かべる。
しかし女王の言葉に怯えきっている黒服達は、ただ小さく震えるばかりだった。
「……ちょっと、そんな位置では話もできませんわ。さっさと目の前に連れてきなさい」
「はっ!? は、はい! 申し訳ありません!」
女王の言葉を受け、シリル達の後ろを歩いていた黒服の男は急いでシリル達の手を拘束している縄を引っ張ってシリル達を女王の前へと連れて行く。
手を拘束する縄が食い込んでいくことに痛みを感じながらも、リセはシリルへと質問した。
「あの王様……魔術士? お姉さんは知ってたの?」
リセは先ほどの事件を冷静に分析し、シリルに向かって質問する。
シリルは少し口ごもりながら、リセに向かって返答した。
「ええ。黙っていてごめんなさい。彼女はヴェリーミア=メイ=インフィニート。魔術協会でナンバー1を付与されている実力者です」
とはいえシリル自身、こうして対峙するのは初めてだ。
ごくりと唾を飲み込み、シリルは緊張した面持ちでヴェリーミアへと顔を向けていた。
「な、ナンバー1の魔術士!? てことは姉ちゃんの一個下かよ。すげえじゃん!」
「しーっ! レウスくん、声が大きいです!」
「???」
慌てた様子で注意するシリルを不思議に思い、頭に疑問符を浮かべて首を傾げるレウス。
シリルはそんなレウスの様子を察すると、小さな声で言葉を続けた。
「えっと、彼女はナンバーゼロに対してあまり良い感情を持っていないというか、対抗心が凄くて……私宛てに何度も決闘の申込みをしてきている方なんです」
シリルは「さっさと私の前に来なさい」とだけ書かれたヴェリーミアの手紙を思い出し、湧き上がってきた頭痛を抱える。
相手はナンバー1の魔術士。戦うことになれば周囲の被害も考えられるし、何より戦いは本来好きではない。
よってヴェリーミアからの手紙は丁重にお断りの返事を返していたのだが、ヴェリーミアは諦めず何度も同じ内容の手紙を送ってきた。
本来ならこの国も素通りしたかったが、花を求めて多くの人が賑わうこの国でレウス達の両親について聞き込みができないのはあまりにも痛い。
せめて騒ぎは起こさないようにと思っていたのだが、この始末である。
シリルは自身の管理能力の低さを憂い、大きなため息を落とした。
「しかし、シリル姉ちゃんに挑戦状ねぇ。あのねーちゃんも気が強いな」
「でも、ナンバー1といえば相当の実力者。勝つ自信があるから、挑戦状を送ってきてたのかもしれない」
リセは冷静に思考を回転させ、段々と近づいてくるヴェリーミアの姿をその青い瞳に納める。
レウスはそんなリセの言葉を聞くと、眉を顰めながら言葉を続けた。
「まあ、とにかくあの女王の姉ちゃんはナンバー0を敵視してる。で、シリル姉ちゃんがそのナンバーゼロだとバレたらやばい……ってわけか。めんどくせーな」
「うう、すみません。こんなことになるなら、早くに挑戦をお受けしておけばよかったですね」
そうすれば少なくとも、レウスとリセの二人を巻き込むことは無かっただろう。
もっともこうして捕まったのはレウスの責任が大きいのだが、今シリルの頭にその発想は無いようだ。
「だいじょぶ。バレなければ良い。簡単な話」
「うぅ、リセさん。そう言って頂けると助かります……」
シリルは優しいリセの声に小さく息を落とし、その頭を撫でられない事を残念に思う。
そうしてシリル達が会話をしているうちに、ヴェリーミアは目の前まで迫っていた。
「おお。きれーな姉ちゃんだな。怖いけど」
「れ、レウスくん。早速失礼なこと言わないで……」
シリルはわたわたと両手を動かしながら、レウスへと言葉を落とす。
しかし当のヴェリーミアはレウスの言葉など気にしていないらしく、シリルに向かって声を響かせた。
「あなたが二人の保護者ですの? ……その目は、見えていないようですわね」
ヴェリーミアは高圧的な声で言葉を紡ぐが、その声の真には何か暖かなものを感じる。
シリルはヴェリーミアの言葉に何故か安心感を覚え、やがて返事を返した。
「おっしゃる通り、私が二人の保護者です。今は二人の両親を探して旅をしている最中なんです」
「ほう、興味深いですわね。盲目の女性が子ども二人を連れて両親を探す旅なんて。我が国は山間にある故厳しい旅路だったと思いますけれど、よくここまでたどり着いたものですわ」
ヴェリーミアは何かを疑い始めているのか、少しだけ鋭い視線でシリルを射抜いて低い声で言葉を紡ぐ。
そんなヴェリーミアの言葉を受けたシリルは、動揺する自身の心を落ち着かせながら返事を返した。
「え、ええ。確かにちょっと珍しい組み合わせかもしれませんが、本当です。私はこの子達の両親を探し出すまで、旅を続ける覚悟でいます」
「姉ちゃん」
「お姉さん……」
レウスとリセは思いがけないシリルの言葉に感動し、小さく声を落とす。
そんな三人の様子を見たヴェリーミアは、右手に持った杖をくるくると回しながら言葉を続けた。
「ふぅん……それは感心ですわね。しかしあなたのその目隠し、魔術文様が刻まれているようですけれど……あなた、魔術士ですの?」
「っ!?」
核心を突く質問をされたシリルは一瞬動揺し、拘束された両手で目隠しを押さえる。
そんなシリルの様子を見たヴェリーミアは、妖しい笑顔を浮かべながら言葉を続けた。
「ふふっ、どうやら図星のようですわね。わたくしの目は誤魔化せませんわ」
楽しそうに笑うヴェリーミア。そんなヴェリーミアの様子を察したシリルは、慌てて言葉を紡いだ。
「え、えっと、私魔術士なんかじゃないです。この目隠しは家に代々引き継がれているもので、私自身に魔術の力はありません」
シリルはぶんぶんと手を横に振りながら、動揺した心を隠すように嘘の言葉を紡ぐ。
そんなシリルの様子を見たヴェリーミアは、小さく息を落とした。
「ふぅん。あくまでシラを切るつもりですのね。ですが、あなたからは―――隠しきれない“実力者”の匂いがしますわ」
「っ!?」
ヴェリーミアは妖しい笑顔を浮かべ、殺気がシリルの身体を貫く。
次の瞬間ヴェリーミアは杖の先端を輝かせ、やがて口を開いた。
「炎の神フレイダルよ、今眼前の敵にその一撃を。”ファイアボゥル”」
「っ!? 危ない!」
ヴェリーミアの杖の先端からは小型の炎弾が精製され、リセに向かって一直線に進んでいく。
その着弾地点は、リセに当たるか当たらないかというギリギリのライン。シリルは一瞬迷い、その思考を高速で回転させた。
『もしかしたら当たらないかもしれない。でも万が一のことを考えれば、ここは防がないわけにはいかない!』
シリルは奥歯を強く噛み締めながら、炎弾の弾道上に入り込む。
そのまま両手を前に突き出すと、やがて口を開いた。
「フレイム・キャンセラー!」
「っ!?」
予想外の単語を聞いたヴェリーミアは驚きに目を見開き、シリルの姿をその目に映す。
シリルに向かって突進していた炎弾はシリルの前に展開された波紋に吸い込まれ、その姿を消した。
「キャンセラー、ですって? そんな上級魔術を、詠唱もなしに発動させるなんて……!」
ヴェリーミアは驚きに目を見開き、シリルの姿を真っ直ぐに見つめる。
シリルは奥歯を噛み締め、冷たい汗を背中に流していた。
『結局着弾したのは、リセさんの足元ギリギリの所だった。あのファイアボゥルは、私が魔術士か確かめるための罠だったんだ……!』
自分の判断力の低さを自覚したシリルは、悔しそうに奥歯を噛み締める。
こうして二人の魔術士は対峙し、出会ってしまった。
その運命は彼女の心を解き放ち、そしてその先の世界へと彼女を誘う。
シリルもヴェリーミアもまだ、その運命に気付いていない。
緊張感に包まれた大広間には変わらず、色とりどりの花びらが舞い散っていた。




