第32話:出会い、衝撃
フラワーズの王城の中を、縄で両手を拘束されたシリルとレウス、リセが歩いていく。
三人の前後は黒服の男達が囲んで歩いており、ものものしい雰囲気が漂う。
灰色の石壁と絨毯の敷かれた階段を上がっていると、レウスが小声でシリルへと話しかけた。
「なあねーちゃん、何で抵抗しなかったんだよ? ねーちゃんと俺達ならこんな奴ら倒せるだろ?」
レウスは頭に疑問符を浮かべ、シリルに向かって質問する。
シリル達は今でこそ拘束されているが、数分前までは黒服の男達に取り囲まれただけの状態だった。
拘束された今……いや、もしかしたら今でも、シリルの実力なら黒服の男達を倒すことは難しくないだろう。
しかしシリルは今大人しく拘束され、フラワーズ王国の国王の前へと連行されようとしていた。
「少なくともあの作業員さんを逃がしてしまった非はこちらにありますから、罪のない黒服さん達を倒すなんてできませんよ。もし本当にまずいと思ったらこの国を出ますが……そうならないことを祈っています」
シリルはレウスへと少しだけ顔を近づけ、小さな声で言葉を紡ぐ。
今シリルの言った“まずい状況”とはすなわち、レウス達の身に危険が及んだ場合である。
状況から考えて、恐らく保護者であるシリルの責任が問われることは間違いない。それはそれで良い。
だがもしレウス達の身に危険が迫るなら、この身に宿した力をためらうことなく使おうとシリルは決心していた。
「悪いのは、レウス。なのでレウスを置いて二人で旅を続けるのが正しい」
「いやあっさり切り捨てんなよ!? 何気にひでーなお前!」
あんまりな言い草のリセにショックを受け、言葉を返すレウス。
そんなレウスの言葉を受けたリセは無表情のまま「じょーだん」と返し、レウスをますますゲンナリさせた。
「ま、まあまあ。国王様の判断によっては罰金程度で済むかもしれませんし、まずは国王様に会ってみましょう。機嫌が相当よくないと厳しいとは思いますが……」
シリルはがっくりと両肩を落とし、明らかに落ち込んだ様子で言葉を落とす。
そんなシリルの様子を見たリセは、頭に疑問符を浮かべて質問した。
「お姉さんは、フラワーズの国王様のこと知ってるの?」
単刀直入なリセの質問。
シリルは小さく息を落としながら返事を返した。
「はい。といっても実際にお会いしたことは無いんです。ただちょっと特殊というか、気性の激しい方なので……」
「???」
ゲンナリと肩を落とすシリルの様子を見たリセはますます疑問を大きくし、大きく首を傾げる。
そんなリセの様子を察したシリルは、柔らかに微笑みながら言葉を紡いだ。
「ごめんなさい。まだお会いしていないのにこんな言い方は失礼ですね。国王様がどんな方なのか会ってみなければわかりませんし、私達は希望を持って平常心でいましょう」
にっこりと微笑んだシリルから、柔らかな声が紡がれる。
平常心でいること。確かにこれから状況を問い詰められる立場であるシリル達には、それも大事なことかもしれない。
「ん、わかった。どんな人が出てきても、私は驚かない」
リセはシリルの言葉に素直に頷き、その青い目を輝かせる。
そんなリセの返答を聞いていたレウスは、縄に縛られた手を握り込みながら言葉を紡いだ。
「俺の親もだいぶ目立つし、慣れてっから大丈夫だって! どんな奴が出てきても驚かねえよ!」
にいっと歯を見せて笑いながら、言葉を紡ぐレウス。
シリルがそんなレウスに返事を返そうとした刹那、前を歩いていた黒服の男が声を荒げた。
「貴様ら、連行されている現状をわかってるのか!? 私語が多すぎるぞ!」
「あっ!? す、すみません……」
黒服の男に注意されたシリルは、申し訳なさそうに返事を返す。
そんな黒服の言葉を聞いたレウスは、あっけらかんとした表情で返事を返した。
「えー、いいじゃん別に。俺らこの国初めてだし、話したいこといっぱいあんだよ」
「観光気分か! いいからちょっと静かにしてろ!」
黒服は反省の色が見えないレウスに苛立ち、声をぶつける。
そうして歩いていく黒服とシリル達だったが、やがてその目の前に重厚で巨大な扉が見えてきた。
扉の左右には兵士らしき鎧を着た男も複数立っており、少し重苦しい雰囲気だ。
そしてレウスはその巨大な扉を見上げると、思ったことをそのまま口に出した。
「うっわ、妙にでけえ扉だなぁ。作った奴馬鹿じゃねえの?」
「さっきから口悪いなお前ぇ!? 連行中だって言ってんだろ!」
「あわわ。す、すみません。すみません……!」
いきなり失礼なことを言い出すレウスに黒服は激怒し、シリルはぺこぺこと頭を下げる。
そんなシリルの姿を見た黒服は小さく舌打ちを鳴らすと、目の前の扉へと向き直った。
「ちっ、もういい! おい、扉を開けろ!」
「はっ」
黒服の男の指示を受けた兵士達は、重厚な扉を押し開いていく。
そうしてゆっくりと開いていく扉。その奥には赤い絨毯の敷かれた大広間が広がっており、そこかしこに花が見える。
大広間の窓からは穏やかな風が吹き、どこからか運ばれてきた花びらがまるで雪のように鮮やかに舞い散っている。
その大広間の奥には巨大な玉座が存在し……その玉座に座っている主は、肘置きに身体を預けてシリル達を見つめていた。
多くの花で装飾された玉座に座るのは、妖しい笑顔を浮かべた金髪の女性。
頭の上には小さな花が装飾された冠が輝き、白いドレスが日の光を浴びてキラキラと輝く。
その右手には装飾の施された杖が握られており、白いドレスの肩からは赤いロングマントが下がっている。
整った顔立ちと控えめな胸元をしたその女王は、にっこりと微笑みながらその上品な口を開いた。
「炎の神フレイダルよ、今眼前の敵にその一撃を。”ファイアボゥル”」
「っ!? 危ない!」
女王から発せられた最初の言葉が呪文詠唱だと判断したシリルは、レウス達を庇うように立ち塞がる。
しかし女王の杖の先端から放たれた炎の塊は、猛烈な勢いで黒服の男に激突した。
「ほぐっ!?」
黒服の男は炎の衝撃によって後ろに吹き飛ばされ、そんな黒服の男を心配した兵士達が追いかけていく。
吹き飛ばされた黒服の男を見た女王は、小さく息を落としながら言葉を紡いだ。
「遅い、ですわ。このわたくしの貴重な時間を、一体なんだと思ってますの?」
「…………」
美しい声だが、その声色には氷のように冷たい何かが込められている。
そんな女王の感情を感じ取ったシリルはこれからの危機を予見し、大粒の汗をこめかみに流していた。




