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第31話:花の都へ

 ラスニアから遠く離れた山の中を、シリル達はふらつきながら歩いていく。

 灰色の山肌は冷たく目の前に広がり、それだけで気が滅入りそうだ。

 しかし今現在、何より問題となっているのは―――


「ああああ! はらへったあああああ!」


 レウスは今朝から何度目かわからない咆哮を山の中に響かせ、両手で自身の頭を抱えた。

 確かにここ数日シリル達は、あまりまともな食事にありつけていない。育ち盛りであるレウスが絶叫してしまうのも当然だった。


「れうす、うるさい。ただでさえ疲れてるんだから、せめて静かにしてて」

「んなこと言ったってよぉ。さすがに何日も水だけってのはきついぜ」


 レウスはリセの言葉を受けると、がっくりと両肩を落としながら前を見つめつつ返事を返す。

 そんなレウスを横目で見たリセは言葉を返す気力もないのか、力なく俯いた。

 そして二人の様子を察したシリルは、穏やかな声で言葉を紡ぐ。


「もう少しでフラワーズ王国が見えてくるはずです。もう少し頑張りましょう? あ、そういえばクッキーなら少しありますから、リセさんと一緒に食べてください」


 シリルはレウスの頭をそっと撫でながら、袋に入ったクッキーを手渡す。

 そんなシリルからクッキーの入った袋を受け取ったレウスは、両目をキラキラと輝かせた。


「お、いいの!? いっただっきまーへぶっ!?」

「食べちゃ、だめ。それはお姉さんの分」

「いてーなリセ! だからいきなり殴るのやめろよ!」


 リセは隣を歩くレウスへ器用にパンチを打ち込み、クッキーの入った袋を奪い取る。

 そんな二人の様子を察したシリルは、わたわたと両手を動かしながら言葉を紡いだ。


「あ、あの、いいんですリセさん。私はお腹空いてませんから、お二人でどうぞ食べてください」

「だめ。お姉さんは昨日もそう言って食料をくれたけど、お姉さんもずっと食べてない」


 リセは少し不満そうに頬を膨らませながら、シリルに向かって言葉を返す。

 そんなリセの言葉を聞いたレウスは、目を見開いて驚いた。


「え、そうなの!? 全然気付かなかったぞ俺!」

「そうなの。鈍感くそ馬鹿レウスは気付かなかったかもしれないけど」

「そこまで言うなよ! パンチより効くよ!」


 あんまりな言い方をするリセに対し、ガーンという効果音を背負いながら言葉を返すレウス。

 そんな二人の言葉を受けたシリルはどこか困ったように笑いながら、二人の頭を優しく撫でた。


「ありがとうございます、リセさん。でも私は大丈夫ですから、どうぞお二人で―――」

 “ぐぅぅ~”というお腹の鳴る音が、その場に響き渡る。それはあきらかにシリルのお腹から発せられていた。


「あぅ」

「ほら、やっぱりお腹空いてる」


 どうして自分のお腹は、こういう肝心なときに限って鳴いてしまうのか。

 シリルは恥ずかしさに頬を赤くし、両手で自身のお腹をきゅっと押さえる。

 その瞬間一番目の良いレウスが、遠目に微かに街の輪郭が見えてきているのを発見した。


「あっ!? なああれ、フラワーズ王国じゃね!?」

「ん……ほんと、だ。ちょっとだけど、街みたいのが見える」

「本当ですか!? はぁぁ、よかったぁ……」


 シリルはほっと胸を撫で下ろし、大きく息を落とす。

 正直言ってここ最近は食糧事情が厳しく、今日中に街が見つからなければどうしようかと思っていた。

 そんなシリルの安心した様子を見たレウスは、にいっと歯を見せて笑いながら頭の後ろで手を組んだ。


「ま、いーや! それじゃさっさと行こうぜ! メシだメシ!」

「あ、レウスくん!? 先行しちゃだめですよ!」

「やっぱり……馬鹿レウス」


 駆け出したレウスを追いかけて、シリルとリセもその後ろを追いかける。

 シリルにとって一つの試練となる国“フラワーズ”は、もう目の前まで迫っていた。







 フラワーズ王国は山間に位置する中規模王国である。

 主な産業は花の出荷。国の人々はそのほとんどが花に関する職業に就いており、王国内の至るところに様々な花が咲き乱れている。

 多くの花に囲まれた白い壁の大きな城は別名“乱花城”とも呼ばれ、見た目だけで言えばラスカトニアに見劣りしない美しい国家である。

 しかしながらこの国には、大きな問題が横たわっている。

 その問題にシリル達が直面したのは、フラワーズ王国に入国して食事をしているその時だった。


「ああー、うまい! 久しぶりのメシは死ぬほど美味いな!」

「ふふっ、そうですね。でも、あまり慌てて食べると喉に詰まっちゃいますよ」


 シリルは美味そうに定食屋の料理を食べるレウスの口元を、ハンカチを使って優しく拭う。

 口元を拭われたレウスはぽかんと口を開けながら、呆然とした様子で言葉を返した。


「うーんでも、食い物が詰まって死ぬなら本望かな俺。食い物好きだし」

「発想が極端すぎる!? とりあえずまだお若いんですから、死ぬなんて言わないで下さい……」

「???」


 レウスは優しく自身の肩に手を置くシリルの言葉が理解できず、頭に疑問符を浮かべる。

 しかしそんな会話をしていた二人の耳に、大きな怒鳴り声が飛び込んできた。


「お前! また休みやがって! 花の手入れはどうした!?」

「ひぃぃ! すいません、すいません!」


 怒鳴り声の聞こえてきた方を見ると、黒服の男性が作業着の男性に向かって怒鳴り散らしているように見える。

 作業着の男性は食べかけの食事を庇うようにしながら、涙目で黒服の男性を見上げている。


「いいから、仕事に戻れ! 貴様の仕事はまだ途中だろう!」

「ま、待って下さい! 腹が減ってしまって……せめてこれだけでも食べさせて!」

「なっ!? く、食うのをやめんか貴様ぁ!」


 頑として食事を止めず、さらに箸を進める作業着の男性。

 黒服の男性はそんな男の姿に怒りを覚えたのか、腰元の警棒を取り出して上段に振りかざした。


「言ってもわからないなら……こうだぞ!」

「ひぃぃっ!?」


 作業着の男性は警棒を見た瞬間怯え、両目を瞑る。

 そんな男性の様子を察したシリルは、眉を顰めながらレウスとリセに向かって言葉を落とした。


「食事をしている方は、お花の世話係さんなのでしょうか? もう一人の男性は違うようですが、状況がよくわからないですね……」


 とはいえ、険悪な雰囲気であることは充分に伝わってくる。

 シリルは警棒の男を止めようかと思考を巡らせるが……それより一瞬早く、小さな影が警棒の男の前に立ちはだかった。


「っ!? レウスくん!?」


 レウスは作業着の男性を庇うように立ち、やがて振り下ろされた警棒を見ると飛び上がってがっしりと右手で受け止める。

 警棒を振り下ろした男性は、両目を見開いて声を荒げた。


「な、なんだ貴様!? そいつを庇っても得にはならんぞ!」

「損か得かは、問題じゃねえ。俺は―――」

「っ!?」


 レウスは受け止めた警棒を驚異的な握力でへし折り、鋭い視線を警棒の男に向ける。

 警棒の男がレウスの握力に驚いていると、レウスは地面に降り立ってそのまま言葉を続けた。


「俺は、メシの邪魔をする奴が許せないだけだ!」

「へ? ……え、えええええええええ!?」


 レウスから発せられた、意外すぎるその言葉。

 驚く警棒の男の様子を察したシリルは、慌ててレウスを庇うように抱きしめた。


「す、すみません、部外者が突然立ち入ってしまって……でも、乱暴はよくないと思います!」


 シリルはレウスを抱きしめながら、警棒の男に向かって言葉を発する。

 やがて遅れてきたリセは、ため息を落としながらレウスへと言葉をぶつけた。


「馬鹿レウス。なんで後先考えないの? しかも理由が意味わからない」

「う、うるせーな! しょうがねえだろムカついたんだから!」


 レウスはシリルに抱きしめられた状態でもがきながら、リセに向かって言葉を返す。

 そんな三人の様子を見た警棒の男は、怒りをあらわにした表情で言葉をぶつけてきた。


「き、貴様らなぁ! その男はサボりの常習犯で、今日三回目の注意なんだぞ!?」

「へっ?」


 警棒の男の言葉を聞いたシリルはぽかんと口を開け、その言葉を上手く理解できずにいる。

 そしてそんなシリルを見た作業服の男は食事を口の中にかき込むと、そのまま定食屋を飛び出した。


「へへっ、なんかわからんがラッキー! じゃ、あばよ!」


 作業着の男は胃袋が満たされたおかげか満足そうな笑顔を浮かべ、定食屋から遠くへと走っていく。

 そんな男を見送った警棒の男は、さらに怒りを増幅させた様子でシリル達を睨みつけた。


「貴様ら、邪魔しおって……覚悟はできてるんだろうな」


 気付けば警棒の男の後ろには同じく黒服を着た男達が集まり、シリル達を取り囲んでいる。

 シリルは頬をひくつかせ、そして乾いた笑いを落とした。


「えっと。あ、あはは……」


 引きつった笑いを見せるシリルと、怒りの頂点に達する警棒の男。

 こうしてフラワーズ王国での第一歩を、シリル達は盛大に踏み外したのだった。

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