第30話:ラスニアの夜明け
「本当に、本当にありがとうございました。なんとお礼を言えばいいのか……」
フランは帰って来た両親と共に、シリル達へ深々と頭を下げる。
両親や老人も、シリル達へと深々と頭を下げている。
「いえ、お礼なんていいんです。ただ―――」
「わかってます。くれぐれもこの事は内密に、ですね」
フランは口の前に人差し指を立て、ウィンクする。
シリルはほっとした様子で、言葉を紡いだ。
「はい。あまり目立つのも好ましくありませんので、ご理解頂けて幸いです」
「ベッドメイクは腕によりをかけてさせて頂きました。当然、お部屋も一番良いお部屋に変更してございます」
「そんな……ありがとうございます。嬉しいです」
シリルはぺこりと頭を垂れ、フラン達へとお礼の言葉を述べる。
レウスは自らの拳を打ち鳴らすと、元気よく言葉を紡いだ。
「いよーし! じゃあ悪党も退治したし、早く寝ようぜ!」
「わたし、も、ねむい……」
リセはくしくしと目をこすると、こっくりこっくりと船を漕ぐ。
レウスはいつのまにか部屋の中に入ると、ベッドへとダイブした。
「一番乗りー! おやすぐー」
「はやっ!? 本当にレウスくんは何でも早いですね」
シリルはレウスの寝入りの良さに驚き、小さくため息を落とす。
リセはふらふらとレウスのベッドに近づくと、そのままもぞもぞと布団に入った。
「わたし、も、げんかい……」
「あっ! リセさん待って下さい! 実は私―――」
「―――っ―――っ」
リセへと必死に言葉を紡ぐシリルだったが、その声はもう届かない。
夢の中へ落ちていくリセは、幸せそうに微笑んでいた。
「よくねたー! おはようリセ! ねーちゃん!」
「朝から、うるさい……おはよう」
レウスはどかーんっという擬音と共に目覚め、両手を天井へと突き上げる。
リセはうざったそうにしながらも、朝の挨拶を返した。
「あれ、ねーちゃんは?」
「おねえ、さん?」
シリルの姿がベッドに無い事に気づき、キョロキョロと辺りを見回すリセとレウス。
その背後に、黒髪でぽやーっとした女性が現れた。
「ふぁい。おふぁよお、ござい、ます……」
その髪はボサボサで両目は閉じられ、口元はだらしなく緩んでいる。
なんなら涎まで垂れている始末だ。
「ええええ!? なにこれ!? 本当にねーちゃんか!?」
「寝癖、すごい……」
「ねーちゃん! 早く寝癖直してこいよ!」
レウスはシリルの体をガクガクと揺さぶり、寝癖を直すよう促す。
シリルはふやふやと笑いながら、その言葉に答えた。
「ふぁい。わかりましぐー」
「アーユースリーピーン!? 何してんだよ姉ちゃん! もしかして朝弱いのか!?」
「意外な、弱点……」
リセは驚いたように珍しく目を見開き、寝起きのシリルを見つめる。
どうやら完全覚醒までは、まだまだ時間がかかりそうだ。
「仕方ねえ。チェックアウトギリギリまで待つか」
「……賛成」
珍しく意見の合ったリセとレウスは、互いの視線を合わせてゆっくりと頷く。
やがて覚醒したシリルが真っ赤になりながら二人に謝罪するのは、それから数時間後の事だった。
「みなさーん! さようならー! 絶対にまた来てくださいねー!」
「さようならですじゃー!」
フランを始めとした宿屋一家はぶんぶんと手を振り、出発するシリル達を見送る。
レウスは相変わらず元気に手を振りかえすが、シリルはそんなフラン達の声に答える元気もなかった。
「おー! ぜってーくるぜー!」
「…………」
シリルはがっくりとうな垂れ、今朝の己の痴態を思い返す。
レウスは悪戯に笑いながら、そんなシリルへ話かけた。
「ししし。まさかねーちゃんにあんな弱点があったとはなぁ」
「も、もう。その話はやめて下さいレウスくん」
シリルは眉毛をハの字にして、困ったように言葉を返す。
リセは何故か母性的な笑顔で、そんなシリルを見上げた。
「おねーさん、ぼーっとして可愛かった」
「あぅ。リセさんまで……」
シリルはリセの言葉にとどめをさされたのか、赤面して俯く。
レウスは頭の後ろで手を組むと、唐突に話題を変えた。
「それよりさー。あいつらが持ってた武器、結局なんだったんだ? よくわかんねーけど、なんか強力な魔術を使ってたんだろ。あいつらそんな頭良さそうに見えなかったけどな」
「……さあ」
レウスの疑問に対し、小さな一言で返すリセ。
シリルは己の思考を回転させ、昨日の出来事を思い返していた。
『彼らの持っていた兵器……一介の強盗団が持つには、あまりにも強力でした。もしかしたら魔術協会も関与していない、何か大きな組織が動いているのでしょうか……?』
「…………」
思考の海に落ち、考えを深めるシリル。
しかしそんなシリルの思考を遮るように、レウスの元気のよい声が響いた。
「ま、いーか! それより先を急ごうぜ!」
「またすぐ先に行く……直線馬鹿」
レウスは迷わず一歩を踏み出し、エルガンティアの草原の先へと駆け出していく。
そのシルエットを確認したシリルは、少し笑った。
「ふふっ……まあ、そうですね。考えても仕方ないです」
「???」
ただ真っ直ぐに道を進むレウスの姿を感じたシリルは、楽しそうに微笑む。
リセは頭に疑問符を浮かべ、そんなシリルを不思議そうに見上げた。




