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第3話:勇気のことば

「ふうっ、完成です。じゃあレウスくん、このお皿を机に運ん―――」

「飯だぁぁぁぁ!」

「はやっ!」


 女性が差し出した皿を受け取ると、一瞬にして机へと運んでいくレウス。

 子どもとは思えないそのスピードは空腹のせいか、それともレウス自身の能力なのかはわからないが、ともかく一瞬にして食事の用意は整った。


「ねーちゃん! はやくはやく! はやくたべよーぜ!」


 レウスはスプーン片手にウキウキしながら、未だ調理台に残っている女性を急かす。

 レウスとリセの前には大皿に盛られたカレーライスと簡単なサラダが並んでおり、食欲をそそるスパイシーな香りが鼻孔をくすぐる。

 いつのまにか周辺にいた他の旅人達もその芳しい香りに反応し、机の上のカレーライスに目を奪われていた。


「はーい。ちょっと待って下さいね。それまだ完成じゃないんですよ」


 女性は急いで調理台からフライパンを持ち出し、2人の元へと近づいていく。

 フライパンの上に乗せられ油を弾けさせているハンバーグを、女性は器用にヘラで掬うと、2人のカレーライスの上に乗せていく。

 これで立派な、ハンバーグカレーライスの出来上がりである。

 未だ熱を籠らせ湯気を立てているハンバーグと、芳しい香りを湧き立たせるカレーライス。

 その姿を見たレウスは興奮し、思わず席を立った。


「!? そうだ、今日はダブルだったんだ! うおー! すっげえ!」

「……っ!」


 滝のような涎を垂らすレウスと、両目を見開いて料理を見つめ、こくこくと頷くリセ。

 遠巻きから料理を見つめていた人々の口端にも、いつのまにか涎が溢れていた。


「ではそろそろ食べ……あ、ごめんなさい。ちょっと待って下さいね。リセさん、そのままじゃ白いお洋服が汚れちゃいますよ」

「???」


 女性はローブのポケットをまさぐると白いハンカチを取り出し、リセの首元に巻き付ける。

 結果的にリセの胸元には白いハンカチが広がっており、これなら多少カレーライスが跳ねたとしても洋服にかかってしまうことはないだろう。


「はい、これで大丈夫です。じゃあ今度こそ食べ―――」

「いただきまーす! おかわり!」

「はやっ!?」


 レウスは瞬時に大皿いっぱいのカレーライスを平らげ、元気よく空の皿を女性へと突き出す。

 あまりにも速すぎるおかわりに女性は一瞬呆気にとられるが、レウスの元気な声を聴いてその表情を綻ばせた。


「ふふっ。レウスくん、お腹すいてたんですね。ちょっと待っててください」


 女性はレウスから大皿を受け取るとすぐに次の1杯を注ぎ、レウスの前へと皿を戻す。

 レウスは皿が来るなりスプーンを振り上げ、鬼神のごとき勢いで口の中へとカレーライスを放り込んでいった。


「んんー! んっんん、んんー!」


 レウスは椅子に座った状態で両足をばたつかせながら、両目をキラキラと輝かせ、女性へと料理の感想を述べる。

 言葉になっていなくとも、その意思は十分に女性へと伝わった。


「よかった。お口に合ったみたいですね。リセさんはいかがですか?」

「……っ! ……っ!」


 リセは小さな口いっぱいにカレーライスを詰め込み、背中の羽根をぱたぱたと動かしながらキラキラとした瞳で女性を見上げる。

 女性は安心した様子で息を落とすと、自らもスプーンを手に取った。


「ふふっ。お口に合ったようで、何よりです。では私も……いただきます」


 女性は小さく頭を下げて挨拶すると、カレーライスを口へと運ぶ。

 ほどよいスパイスの香りと、ほのかな辛味。

 子どもでも食べられるように少し甘めにスパイスを調合したが、どうやらいい塩梅になったようだ。


「ふぅ、よかった。うまくできてる―――ん? リセさん、どうしました?」


 食事をしていると横から視線を感じ、そちらへと顔を向ける。

 リセはキラキラと輝く瞳で女性を見つめ、消え入りそうな声で言葉を紡いだ。


「おねーさん、すごい」


 リセは憧れを込めた瞳で女性を見つめ、背中の羽をぱたぱたと動かす。

 女性はそんなリセの言葉を嬉しく思う反面、その表情には微かな陰りが見えた。


「ありがとうございます、リセさん。でも私、そんなに凄い人じゃないんですよ」

「???」


 女性の言葉の意味がわからず、リセは首をかしげて不思議そうに女性を見つめる。

 女性はそんなリセの様子に困ったように笑うと、スプーンを机に置いて俯く。

 一陣の風が広場に流れ、女性の長く黒い髪を靡かせる。

 俯いた状態のまま、女性はゆっくりと言葉を紡いだ。


「いろんなことを勉強して、それなりの事をこなせるようになったけれど。いざという時には、勇気が出ない。もっと強くありたい、あの人のようにありたいと思うけど……なかなか、うまくいかないです」


 俯いた女性の脳裏に、憧れのあの人の影が映る。

 一度も姿を見たことはないけれど、1日たりとも忘れたことのない、あの人の声と体温。

 あの人と別れた日から随分と勉強して、それなりの事ができるようになった。

 でも未だに自分は、大事な時に勇気が足りない。

 そんな自分の“弱さ”を知っている女性は自分自身を省みて、その表情を暗くしていた。


「???」


 言葉の意味がわからず、さらにリセは首をかしげて頭に疑問符を浮かべる。

 女性は困ったように微笑むと、リセの頭を撫でて言葉を紡いだ。


「ごめんなさい、意味わからないですよね。それより今は、食べましょう? じゃないとレウスくんに、全部食べられちゃいますよ」


 女性はリセへと微笑みかけると、鬼神の如き速さでスプーンをさばくレウスへと顔を向ける。

 レウスは2人の様子などおかまいなしにスプーンを動かし、もう2杯目のカレーライスも平らげてしまいそうだ。


「!? やだ。おかわり、する……っ」


 リセはそんなレウスを見ると慌ててスプーンを動かし、口の中をカレーライスで一杯にしていく。

 女性はそんな2人のスプーンが奏でる高い音を嬉しそうに聞きながら、自身も料理を口の中へと運んでいった。






「ぷっはー! ごちそーさん!」


 レウスは大きく膨らんだ自らのお腹を叩きながら、悪戯な笑顔を浮かべる。

 女性はそんなレウスの言葉を受けると楽しそうに笑いながら、机の上の食器を手早く片づけていった。


「はい、お粗末様です。あんなにたくさん作ったのに、結局全部食べちゃいましたね」


 女性は苦笑いを浮かべながら、ぽんぽんとお腹を叩くレウスへと言葉を紡ぐ。

 想定では少しくらい残るだろうと思っていたのに。結局全て平らげてしまうのだからレウスの食欲には驚かされる。

 それはレウス自身の個性でもあるのだろうが、自分の料理が少しでも受け入れられた証拠だとしたら何よりも嬉しい。

 女性は自然と表情を綻ばせ、使用済みの食器を次々と片付けていった。


「あ、リセさん。手伝ってくださるんですか? ありがとうございます」

「ん」


 リセは布巾を手に取ると、その小さな手で机の上を懸命に拭き始める。

 女性はそんなリセの頭を優しく撫でると、小さく微笑んだ。


「リセさんは本当によく気が付いてくれて、助かります。きっと凄く、頭がいいんですね」

「……ん」


 柔らかな手つきで頭を撫でられたリセは気持ちよさそうに目を細めると、ほんのり頬を赤く染める。

 女性の言葉を聞いたレウスは急いで起き上がると、机の上に置かれた皿を次々と調理台へと運んでいった。


「へっ! なんだそんなの! おれだって手伝いくらいでき―――うっぷ」

「ああっ!? レウスくん、大丈夫ですか!?」


 レウスは食後に激しく動いたせいか吐き気をもよおし、口元に手を当てる。

 女性はリセの頭を撫でていた手を離すと慌ててレウスへと駆け寄り、その小さな背中を摩った。


「あれだけ食べていきなり動いたら、気持ち悪くなっちゃいますよ。お水飲みますか?」

「う……」


 女性は懸命にレウスの背中を摩り、水の入ったコップを手渡す。

 レウスはコップの水を飲み干すと体調が回復したのか、両手を腰に当てて胸を張った。


「だいじょーぶだっつの! こんなもんで俺がやられるかよ!」


 レウスは腰に両手を当てたまま、高笑いを広場中に響かせる。

 女性はレウスの持つ驚異的な回復力に驚きながらも、元気そうなその様子に胸を撫で下ろした。

 しかしそんなレウスに、辛辣なリセの言葉が突き刺さる。


「やっぱり、単純バカ」

「あ、あはは」


 リセは女性がレウスの所に行ってしまったのが不満なのか、少し頬を膨らませてレウスを睨み付ける。

 女性はそんなリセの呟きが耳に入り、苦笑いを浮かべた。


「ふぅっ。お2人のおかげで片づけはすぐ終わっちゃいましたね。ありがとうございます」


 女性はレウスの運んでくれた皿を洗いながら、2人へと声をかける。

 元々使った皿の量も少ないせいか、洗い物もすぐに済んでしまいそうだ。


「気にすんなって! こんなもんらくしょーだもんよ!」

「ふふっ、そうですね。ありがとうございます」


 女性は最後の皿を洗い終え、ハンカチで手を拭きながらレウスへと返事を返す。

 そんな女性に対し、リセはその細い声を響かせた。


「うん。やっぱりおねえさんは……すごい」

「えっ?」


 足元から聞こえた小さな声に思わず声を出し、女性はその方向へと顔を向ける。

 いつのまにか女性のローブを掴んでいたリセは真っ直ぐに女性を見上げ、言葉を紡いだ。


「料理はおいしいし、片づけも、すっごくはやい。それに洗ったお皿も、すごくきれいだった。だからおねえさんは、すごいの」


 リセは興奮した様子で女性を見上げ、ローブを掴む手の力を強める。

 女性は困ったように笑うと、俯きながら言葉を返した。


「ありがとう、リセさん。でも私、そんなに凄い人じゃ―――」

「ちがう。それが、すごいの」

「???」


 今度は女性の方がリセの言葉の意味がわからず、小さく首を傾げる。

 リセはそんな女性から視線を外さないまま言葉を続けた。


「あんなにすごいのに、じぶんのだめなとこ、ちゃんと知ってる。だから、すごいの」

「っ!?」


 予想だにしなかったリセの言葉に、女性は思わず声を失う。

 年端もいかぬ少女の、ありえない言動。しかしだからこそ、胸に響く。

 体温がどんどん上昇し、心が高鳴っていく音が聞こえる。

 女性は溢れそうになる涙を瞼の裏に押し留め、リセのその言葉を胸の奥にしっかりと仕舞い込んだ。


「ありがとう、リセさん。私ちょっとだけ勇気、湧いてきました」


 女性は膝を折り、リセをやんわりと抱きしめながら言葉を紡ぐ。

 その表情は穏やかで、どこか救われているようにも見えた。


「でも私だけじゃなく、リセさんだって凄いです。あんな言葉、大人だって思いつかないですよ」

「???」


 女性の言葉の意味がわからず、リセは再び首をかしげる。

 しかし自分が凄いと言われたことだけは理解したのか、リセは至近距離で女性の顔を見つめて言葉を返した。


「じゃあ、私たちふたりとも、すごい?」


 リセは首を傾げて不思議そうにしながら、女性に向かって言葉を紡ぐ。

 女性はまるで太陽のような微笑みを見せると、少しだけ大きな声で返事を返した。


「ふふっ。ええ、そーです。私たちはすごいんです!」


 女性はリセのおでこに自らのおでこをこつん、と当ててどこかくすぐったそうに言葉を紡ぐ。

 リセは肌から伝わってくる女性の温もりに頬を染め、嬉しそうにへにゃっと微笑んだ。


「なー、なんでもいいけどさ。これからどうするよ?」


 レウスは少し拗ねたような様子で頭の後ろで手を組み、女性に向かって質問する。

 そんなレウスの言葉を受けた女性はリセを抱きかかえながら立ち上がり、返事を返した。


「えっと、そうですね。近くに魔術協会があるはずです。魔術協会は便利屋さんみたいなものですから、とりあえずそこで相談してみるのはいかがでしょう?」

「まじゅつきょーかい……ね。よくわかんねーけど、いんじゃね?」

「おねえさんに、ついていく」


 レウスとリセはそれぞれの言葉を返し、女性の意見に同意する。

 そんな二人の言葉を受けた女性は一度だけ頷くと、魔術協会に向かって歩き出した。


「じゃあ、とりあえず行ってみましょう。魔術協会・クロイシス支部へ」


 女性はリセを抱きかかえたまま広場を後にし、魔術協会に向かって歩き出す。

 レウスは頭の後ろで手を組みながら、そんな女性の後ろをふらふらと付いていった。

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