第25話:お風呂に入ろう
「いやー食った食った。あのじーちゃんの料理美味かったなー! ま、ねーちゃんの次にだけどな!」
レウスは頭の後ろで手を組み、悪戯な笑みをシリルへと向ける。
シリルはレウスの言葉に少し赤面し、言葉を返した。
「ふふっ。ありがとうございます。でも本当に美味しかったですね。この宿を選んで大正解です」
「……ん。美味しかった」
シリルの言葉にリセも同意し、こくこくと頷く。
しかしシリルは次の瞬間、がっくりと肩を落とした。
「はぁ。それにしても、あのシチューがレシピ化されていないのが残念です。是非覚えたかったのですが……」
「おねーさんは、本とか文章になったものなら、なんでも覚えられるの?」
リセは首を傾げ、シリルへと言葉を紡ぐ。
シリルはどうやらこの宿のシチューを習得したいようだが、その為には書籍化……つまりレシピが必要となる。
老人に先ほどレシピを頼んでみたが、その日の気分で味が変わるらしく、とてもレシピ化できないそうだ。
「えっと……そう、ですね。限度もありますが、大抵は書籍化されていれば覚えられます。もっとも料理は元々趣味だったので、レシピから習得できるのはあくまで“作り方だけ”という感じですが」
「ん……よくわからない」
難解なシリルの説明に、頭に疑問符を浮かべて首を傾げるリセ。
シリルはそんなリセの方を向くと、言葉を続けた。
「例えば……剣術のやり方だけわかっていても、体が付いていかなければ技を使うことはできませんよね? レシピは剣術の指南書のようなものなんです」
「なるほど。おねーさんの凄い料理の腕があるから、レシピの意味があるってことか」
「あぅ。そう言われると照れちゃいますが……ともかく、レシピがあればいいってものではないですよ」
シリルは頬を赤く染め、困ったように笑いながらリセへと返事を返す。
横を歩いていたレウスは突然ぽん、と両手を合わせてシリルへと言葉をぶつけた。
「あ、そーだ! じゃあさ、レッドマンの必殺技、メテオナックルやってくれよ!」
レウスは期待を込めた瞳で、シリルを見つめる。
リセはため息を吐きながら、言葉を紡いだ。
「レウス……やっぱり、馬鹿?」
「あはは……さすがに空想の技を覚えるのはちょっと無理ですね。ごめんなさい」
シリルは額に大粒の汗を流し、レウスへと謝罪する。
いくらなんでも空想上の技や魔術を習得しろというのは、シリルにも無茶な話だった。
「ちぇ。なんだ。つまんねーほぐっ!?」
「おねーさんは今でも、十分すごい」
「んなことわかってるっつーの! いちいち殴んなよ!」
「ま、まあまあ。そういえばそろそろ寝る時間ですし、先にお風呂に入りませんか?」
喧嘩し始めた二人を宥めるように、声をかけるシリル。
レウスはそんなシリルの言葉を受けると、嬉しそうに眼を輝かせた。
「お、そーだな! 長旅で埃っぽいし!」
「私は、おねーさんと一緒に入る」
「あ、はい。もちろんそのつもりですよ」
リセは瞳をキラキラとさせ、シリルを見上げる。
シリルは微笑みながら、そんなリセへと言葉を返した。
「おいリセ。なんでそんな目ぇキラキラさせてんだよ。それよりさっさと行こうぜ!」
「あっ!? レウスくん着替え! 着替え忘れてますよー!」
大浴場へと手ぶらで駆け出してしまったレウスへ、声をかけるシリル。
リセは頭を抱え、呟くように言葉を紡いだ。
「レウス……やっぱり、馬鹿」
走るレウスと、そのレウスを懸命に追いかけるシリル。
レウスに追いつけたのは、結局大浴場の入口になってしまった。
「はぁっはぁっ……き、着替え、持ってきました」
「はぁっはぁっ……」
シリルは息を切らせ、三人分の着替えを持って大浴場へと入る。
リセは同じく息を切らせながら、そんなシリルの背後に立っていた。
「おせーぞ二人とも! ほら、さっさと入ろうぜ!」
レウスはいつのまにかすっぽんぽんになり、二人を呼ぶ。
二人はレウスに答えるように、準備を始めた。
「そうですね。お部屋も綺麗でしたから、お風呂も楽しみです」
「うん。たの、しみ」
シリルは黒いローブを、リセは館内着を脱いで脱衣所の籠に入れる。
やがて浴場に入ると、白い煙が三人を包んだ。
「わぁ……凄い。触るだけで綺麗さがわかります」
シリルは浴場の清潔さに感動し、思わず言葉を漏らす。
リセはシリルの言葉に同調して言葉を続けた。
「ん。確かに、よく掃除されてる」
リセは浴場のタイルに触れながら、小さく言葉を紡ぐ。
その声を劈くように、レウスの大声が浴場に響いた。
「俺いっちばーん! ひゃっほー!」
レウスは勢いよく浴槽に飛び込み、体を湯に浸した。
「あ、レウスくん! 体を洗ってからですよ! ……ってもう遅いですね」
シリルは諦めたような笑顔を浮かべ、肩を落とす。
当のレウスはそんなシリルの様子など気にせず、言葉を返した。
「なーなーねーちゃん。その足で薄く光ってるやつ、なんだ?」
シリルの内モモには、薄く光る紋章のようなものが見える。
レウスはそれを見ると、当然の疑問を口にした。
「あ、これですか? 魔術紋章です。魔術士なら誰でも刻印される紋章で、私の場合は内モモにしてもらいました。あんまり目立つ場所にはしたくなかったので……」
「ナンバーゼロって、かいてある。かっこ、いい……」
リセは瞳をキラキラさせながら、シリルの紋章を見つめる。
シリルは少し頬を赤く染め、言葉を返した。
「あ、あはは……何故でしょう。なんかすごく照れます」
「へー! かっけーなー! 俺もなんか適当に彫ってもらおうかな! “肉”とか!」
レウスはにししと笑いながら、言葉を紡ぐ。
リセは冷たい視線をレウスにぶつけながら、言葉を返した。
「いや。レウスには、“馬鹿”で十分」
「あんだとー!? だったらお前は“根暗”だな!」
「ま、まあまあ……簡単に消せるものでもないですし、魔術師以外には無用の長物ですよ」
シリルは二人の間に割って入ると、なんとか喧嘩を諫める。
レウスは頭に疑問符を浮かべ、シリルへと質問した。
「ふーん……魔術師以外は彫ってないのか? かっけーのに」
「というより、魔術を使用するには必ず彫らなければならない。と言った方が良いですね。体の中にある精神エネルギーをこの紋章で魔力に変換し、その後呪文詠唱を経てようやく魔術は発動されるんです」
シリルは魔術発動までのプロセスを、出来るだけわかりやすく解説する。
つまり、体の精神エネルギー→魔力→魔術の順番で変換するのが魔術の仕組みであり、それを操るのが魔術師ということである。
「へー! さっぱりわかんねー!」
「即答っ!?」
レウスからのまさかの回答に、少なからずショックを受けるシリル。
リセはシリルの言葉を聴くと、言葉を返した。
「つまり精神力が魔力になって、その魔力を魔術に変換するのが呪文って、こと?」
リセは首を傾げながら、半信半疑で言葉を紡ぐ。
シリルは自分の意図が伝わったことが嬉しくなり、思わずリセの頭を撫でた。
「その通りです! リセさんは本当に頭が良いですね!」
「……えへへ」
リセはシリルに頭を撫でられると、少しくすぐったそうにしながら頬を赤く染め、笑う。
レウスはその様子を見ると、不満そうに言葉を紡いだ。
「ちっ、俺だってそれくらいわかってたっつーの! 要するにそれの紋章がないと、ねーちゃんは魔術が使えねえんだろ?」
「そうですね。ですのでもし魔術師同士が戦うことがあれば、この紋章を破壊するか、どちらかの魔力をゼロにするかの勝負になります」
シリルは魔術師同士の戦いを想定し、真剣な表情で言葉を紡ぐ。
しかしそれを聞いたレウスは、あっけらかんとした様子で言葉を返した。
「ふーん……ま、難しいことはいーや。それよりねーちゃん、背中洗いっこしよーぜ!」
「あ、はい。わかりました」
レウスは勢いよく浴槽から飛び出すと、腰掛へと座り込む。
シリルはその声に答え、レウスの後ろへと腰かけた。
「! わたし、も、する……!」
「ふふっ。そうですね。みんなでしましょうか」
リセの声を聞いたシリルは、どこか楽しそうにタオルと石鹸を取り出す。
その後浴室からは、三人の騒がしくも楽しそうな声が響いていた。




