第24話:楽しい食事
「あ、えっと、そう! それより、そろそろお夕飯の時間なんですよね!」
シリルは話題を逸らそうと、両手を合わせてフランへと言葉を紡ぐ。
フランはその言葉を受けると、驚いたように全身の毛を逆立たせた。
「にゃっ!? そうでした! 私、厨房までお料理を取りに行ってきますね。皆さんはお好きな席にどーぞ!」
フランは慌てて空いている席を手の平で指し示すと、厨房へと駆け出す。
レウスはその声を受けると、一番窓際の席に飛び込むように座った。
「よーし。じゃあ俺、窓際の席とっぴ!」
「わたしはおねえさんの隣が、いい」
「じゃあ、リセさんも窓際に座りましょうか。隣、失礼しますね」
レウスの向かい側にゆっくりとした仕草で座るリセの隣に、同じく上品な仕草で座るシリル。
リセはそんなシリルを見ると、嬉しそうに小さく微笑んだ。
「おじーちゃん! 無理しなくても私が運ぶってば!」
「な、なんだぁ?」
突然厨房の方から、フランの叫ぶ声が聞こえる。
のんびりと椅子に座っていたレウスは、驚いたように声を発した。
「いいや、作った料理をお客様にご説明するまでが料理人の……げほっ。げほげほっ」
「あわ。だ、大丈夫ですか!?」
やがて厨房から年老いたアチューシャが顔を出し、げほげほと咳込む。
シリルはその様子に驚き、思わず声をかけた。
「あ、ごめんなさいシリル様。お見苦しいところを……」
「いえ。それよりおじいさんは、お身体が悪いんですか?」
声色から性別を判断したシリルは、フランへと声をかける。
フランは苦笑いを浮かべながら、その問いへと返答した。
「ええ、まあ。年も年なので。無理しないようにっていつも言ってるんですが―――」
「何を言うかフラン。わしはまだまだ現役げほっ!」
「この調子です」
フランは相変わらずの苦笑いを浮かべながら、老人のアチューシャを指差す。
シリルは額に大粒の汗を流し、困ったように微笑んだ。
「あ、あはは……」
「もう! せっかくのお料理が冷めちゃうでしょ! 私が運ぶから、おじいちゃんはお客様にお料理の説明をして!」
フランはほっぺを膨らませ、老人へと言葉をぶつける。
老人は渋々といった様子で、料理から手を離した。
「むぅ……わかったのじゃ。お客様、料理のご説明をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい! 是非お願いします!」
先ほどまでとは打って変わって、落ち着いた様子で言葉を紡ぐ老人。
シリルは少し緊張した様子で、老人へと言葉を返した。
「まず前菜ですが、家の畑で栽培した野菜を使ったサラダですじゃ。ドレッシングは自家製の物をしようしておりますですじゃ」
「なるほど……確かに独特の香りですね。美味しそうです」
シリルはうんうんと頷きながら、老人の言葉を聴く。
リセもその隣で、こくこくと小さな頭を振っていた。
「主菜はクリームシチューですじゃ。入っている肉はフランが山で狩って来たものなんですじゃ」
「えへへ、頑張りました!」
フランは恥ずかしそうに頭を掻くと、頬を少し赤く染めながらガッツポーズをとる。
シリルはフランの声に反応し、言葉を返した。
「フランさん、凄いです! それに、こちらもすっごく良い香りがしますね!」
「やーやーやー、それほどでもないですよぉ」
フランは照れ臭そうに頭を掻き、嬉しそうに笑う。
シリルはそんなフランの様子を声色から想像し、思わず微笑んだ。
「あとは、自家製のパン……ですじゃ。質素な食事で申し訳ない……」
老人はどこか申し訳なさそうに項垂れ、その頭に生えた犬耳も垂れ下がっている。
シリルはそんな老人の声を聞くと、慌てて言葉を紡いだ。
「あ、いえ、そんな。とっても美味しそうですよ! ね、レウス君、リセさん!」
「いただきまーす! 肉うめー!」
「わぁい。聞いてない……」
シリルは額に大粒の汗を流し、レウスのシルエットを見つめる。
リセはため息を吐きながら、小さく言葉を紡いだ。
「レウス……バカ」
「あははっ。でも、美味しいって言ってもらえて嬉しいです。なんだか凄く久しぶりだし……」
フランは嬉しそうに笑いながら、言葉を紡ぐ。
その言葉尻に違和感を感じたシリルは、すぐに言葉を返した。
「久しぶり? フランさん、久しぶりって……」
「フランっ」
老人はどこか注意するような鋭い目で、フランを見つめる。
フランははっとした様子で言葉を続けた。
「にゃっ!? あ、ご、ごめんなさい! なんでもないんです!」
「???」
明らかに不自然な二人の様子に、頭に疑問符を浮かべて首を傾げるシリル。
そんなシリルの思考を寸断するように、レウスの元気な声が響いた。
「なーなー、それより二人もたべよーぜ! 冷めちまうよ!」
「あ、そうですね。じゃあ“いただきます”しましょうか」
確かにレウスの言うとおり、このままではせっかくの料理が冷めてしまう。
シリルは両手を合わせ、二人へと声をかけた。
「……ん。いただきます」
「食え食え! もぐもぐ!」
「レウスくん、そんなに急いで食べたら喉詰まっちゃいますよ?」
リセのいただきますと同時に口の中に食べ物を詰め込むレウスに、言葉を紡ぐシリル。
しかしレウスはそんなシリルに構わず、食べ物を租借した。
「おかわり!」
「もうおかわり!? 私まだ口付けてません!」
レウスのあまりの早食いに驚き、動揺するシリル。
シリル自身はまだ料理に口も付けていない。
「早食い馬鹿レウス」
「なんだともぐ!? やんのかリセもぐ!」
「レウスくん! 食べるか怒るかどっちかにしてください!」
行儀の悪いレウスに、少し厳しい口調で注意するシリル。
その様子を見たフランは、心底楽しそうに笑った。
「あはははっ。なんだか楽しそうで、よかったです! では、何かありましたら何なりとお申し付けくださいね!」
「え、あ、はい! ありがとうございま―――レウスくん! 口からいっぱいこぼれてますよ!」
「んー」
シリルは慌ててハンカチを取り出し、レウスの口を拭う。
リセはそんなレウスの姿を見ると、複雑な表情でため息を落とした。
「はぁ……馬鹿レウス」
「あにおー!?」
「もー! 行儀よく食べてくださーい!」
いつまでも静まらない食卓に、シリルの声が響く。
フランは遠くからその様子を、嬉しそうに見つめていた。




