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第21話:フランとの出会い

「―――で、結局泊まれるとこが一件も無かった、と」

「ううっ、貧乏でごめんなさい……」

「……よしよし」


 腕組みをしてシリルを見つめるレウスと、その場に四つん這いになって落ち込むシリル。

 リセは困ったように眉を顰めながら、そんなシリルの頭を懸命に撫でていた。


「いや、貧乏ってかさ、おかしいだろ。3万ゼールって結構すげーじゃん。普通3人くらい泊まれるんじゃねえの?」


 一般的な定食屋の食事が、1食700ゼール。夕飯朝食付き1泊なら、宿泊代は1人1万ゼールくらいが相場だろう。

 もちろんその国や街によって大きく異なるが、3人で3万ゼール準備して“門前払い”というのは、どう考えても異常だ。少なくとも朝食を抜きにするとか、交渉の余地くらいはあるだろう。


「村全体で値上げされたんでしょうか……でも、ラスニアの皆さんはお客様第一で、とても誠意に溢れていたのに……」

「誠意どころか、接客の“せ”の字もなかったぜ? 俺だってもうちょっとマシな対応するわ」


 レウスはつまらなそうに口を尖らせ、眉間に皺を寄せて宿屋通りを睨み付ける。

 いつのまにか夜はふけ、宿屋の窓の中には灯りを消している部屋も見え始めた。


「まずいですね……とにかく、今日の宿を見つけないと」

「まあ、俺は野宿でもいーけどな。メシさえあれば」

「野生児は黙ってて。おねえさん、とにかく探してみよう?」


 リセはシリルの手にその手を伸ばして手をつなぐと、小さく首を傾げて言葉を紡ぐ。

 シリルはそんなリセに向かって頷くと、小さくガッツポーズをきめた。


「はいっ! 私、諦めません! まだ探しますよ!」

「えー、もういいよ野宿で。それよりメシぶふぅ!?」

「筋肉バカは黙ってて。いいからさがすの」

「野生児ですらない!?」


 横から殴られたレウスは不満そうにリセへと言葉をぶつけるが、リセはそんなレウスを完全無視してシリルの方を向く。

 シリルはそんなリセに苦笑いしながら、レウスへと声をかけた。


「ともかく頑張りましょ? レウスくん。私も頑張りますから」


 シリルはレウスの方へと手を伸ばし、微笑む。

 レウスはそっぽを向きながらも、その手をとった。


「ちっ、しょうがねーなー。あと10軒だけだぞ!」

『あ、意外と我慢してくれるんだ』


 不満そうに頬を膨らませたレウスだが、意外と我慢強い。その姿と声に言いようのない愛おしさを感じ、思わず頭を撫で……ようとしたシリルだったが、両手が塞がっていてそれは叶わない。

 シリルがほんの少し落ち込んだその瞬間、リセは街の向こうの灯りを指差した。


「おねえ、さん。あれ……やどや?」


 リセは繋いでいた手をくいくいと引っ張り、シリルへと合図を送る。

 それに気付いたシリルは、その指差す方角へ神経を集中させた。

 確かにかなり遠くに、建造物のようなものが確認できる。

 ここからでは建物の外観しかわからないが、家にしては大きいし、もしかしたら宿屋なのかもしれない。


「きっとそうですよ! リセさん、凄いです! よく見つけましたね!」


 シリルは一旦繋いでいた手を離し、リセの頭を丁寧に撫でる。

 リセはくすぐったそうに微笑むと、ほんのりと頬を赤く染めた。


「まじかよやった! 早く行こ……ん? ねーちゃんなにしてんの?」

「あ、えっと……えへへ」


 先ほど撫でられなかった分を取り返すように、突然レウスの頭を撫でるシリル。

 当然すぎるレウスからの質問に、シリルは緩んだ笑顔でお茶を濁した。


「とにかく、いそがないと。受け入れてくれない、かも」

「はっ。そ、そうでした。行きましょう、二人とも!」

「おう! メシが俺を待ってるぜぇ!」


 慌てて駆け出した、三つの影。

 石畳を叩くその足音が、ラスニア村の空に響いた。






「はあっはあっ。い、意外とかかりました、ね……」

「はあっはあっ……」


 シリルとリセは荒い呼吸を吐き出し、両膝に手をついて呼吸を整える。

 村の宿屋通りを駆け抜け、今は郊外の森の中。

 明かりもほとんどない森だったが、幸い目指している建造物の灯りが強かったので迷わず到着することができた。


「なんだよだらしねーなー! あんなのたいしたことねーよ!」


 レウスは二人の様子を見ると、腕を組んで豪快に笑う。

 その呼吸は乱れるどころか、汗ひとつかいていないようだ。


「クソ筋肉バカと、いっしょに、しないで……」

「言いすぎじゃね!? 俺元気なだけで責められんのかよ!」


 突然の誹謗中傷に深く傷ついたレウスは、反射的にリセへと言葉を返す。

 その間にシリルは呼吸を整え、二人へと向き直った。


「えっと……あっ!? よかった。どうやらここ、宿屋さんみたいです!」


 シリルはドアの横にかけられた控えめな看板に目をやると、そこには確かに宿屋と記載がある。

 どうやら、リセの勘は当たっていたようだ。


「まじで!? じゃあ早く入ろうぜ! 俺腹へっちゃったよ!」


 レウスはぐ~と盛大にお腹の虫を鳴かせながら言葉を紡ぐ。

 リセも口には出さないが、さすがに限界だろう。


「そうですね。ここはもう、多少お値段が張っても入りましょう」


 野宿という選択肢もあるが、二人は長旅の後食事を取っただけなのだ。

 今はまだ大丈夫そうだが、外の地面と宿屋のベッドでは疲労の回復に雲泥の差が出る。これからの旅路を考えるなら、多少の出費もやむなしだろう。

 シリルはせめて+2万トニアくらいでありますようにと祈りながら、控えめにドアをノックする。

 年季の入った木製のドアは、どこか柔らかな音色を宿屋の中へと響かせた。


『は、はぁーい! ただいまー!』


 宿屋の中から聞こえてきた、若く細い声。

 シリルは一度ごくりと喉を鳴らし、姿勢を整えた。


「ごめんなさいっ。お待たせしました!」


 ドアから飛び出してきたのは、獣人族の少女だった。

 薄いオレンジ色の獣耳はぴこぴこと動き、細く柔らかそうな尻尾がお尻から垂れる。

 見た目は12、3歳程度で、くせっ毛のようなカールのかかったショートカットが特徴的だ。

 その見た目から察するに、ネコ系の獣人族だろう。


「あ、はいっ。お泊りです。私とこの2人の合計3人なのですが……」


 シリルはバクバクと動く心臓の鼓動を抑え、少女へと言葉を紡ぐ。

 少女はひょこっとドアから顔を出すと、リセとレウスの顔を確認した。


「わぁっ、かわいい! 人間のお客様が三名様ですね。では、中にどうぞ!」

「あ、え……はいっ」


 予想だにしなかった普通過ぎる少女の対応に面食らい、一瞬反応が遅れるシリル。

 少女は微笑みながら、そんなシリルの様子に疑問符を浮かべて首を傾げた。


『なあねーちゃん。先に値段確認しといたほうがいんじゃね? ここもぼったくりかもしんねーし』

『!? れ、レウス君! しーっ! ぼったくりなんて言っちゃだめですよ!』


 小声で話しかけてきたレウスに対し、同じく小声で返事を返すシリル。

 しかしリセはレウスの言葉に同意し、頷きながら言葉を紡いだ。


『でも、確かにそう。お値段は確認しといたほうがいい』

『うーん……それは、そうですね。わかりました』


 確かに2人の言う通り、宿賃は事前に確認しておいた方がいい。

 いざ会計するときになって払えませんでは目も当てられないだろう。


「あのぅ、すみません。一つだけ確認したいのですが……」

「にゃっ? なんでしょう?」


 少女はシリルの声に気付いて振り向くと、頭に疑問符を浮かべて首を傾げる。

 シリルはこれまで尋ねた宿屋の粗雑な対応を思い出すと、小さく呼吸を整えておそるおそる言葉を紡いだ。


「大変恐れ入りますが……私たち3人で、1泊おいくらでしょうか?」

「あ、宿泊料ですね! 失礼しました。3人1部屋でよろしければ、一泊二食付きで1万ゼールです」

「やっす!?」


 レウスはこれまで提示されてきた値段との差に驚き、反射的に言葉を発する。

 一方シリルは真剣な表情で少女の方を向き、その手を取りながら言葉を紡いだ。


「結婚してください」

「ふにゃ!? け、けっこ!?」

「おねえ、さん。おちついて……まずは、ごりょうしんにあいさつ」

「いや、お前もおちつけよ! 二人とも何言ってんの!?」


 完全に動揺した様子の二人に驚き、ツッコミを入れるレウス。

 そんなレウスの言葉を受けたシリルとリセは、やがて平静を取り戻した。


「あっ、ご、ごめんなさい。あまりにも良心的な値段に動揺してしまって……」

「おなじく」

「あ、な、なるほど。でもラスニアでは大体これくらいの―――あ」

「???」


 少女は突然何かを思い出したように口を開けるが、その途中で言葉を止める。

 不自然な少女の様子に、今度はシリルが頭に疑問符を浮かべた。


「え、えっと、ではお部屋にご案内しますね! こちらです!」

「あっ、はい。よろしくお願いします……?」


 どうにも様子のおかしい少女の様子に、首を傾げるシリル。

 レウスはそんなシリルの様子を気にすることなく頭の後ろで手を組み、からからと笑った。


「ま、とにかく寝床が見つかってよかったじゃん! メシうまいといいな!」

「あ……ええ、そうですね。よかったです」


 嬉しそうなレウスの姿に微笑みを返し、小さく頷くシリル。少女はシリル達を先導しながら、どこか不安を抱くように前へと歩みを進める。

 そんな少女の表情を、リセは不思議そうに見上げた。

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