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第20話:歓迎の街? ラスニア

「なあ、姉ちゃん。もっかい確認したいんだけどさ……この村の特徴って、なんだっけ?」

「“歓迎”です。ラスカトニア観光にいらっしゃる方の玄関口ですので、宿屋や各種商店に活気があり、村の皆さんも非常に友好的……なはずです」

「でも……歓迎されて、ない」


 街の門をくぐった三人を迎えたのは、明らかに活気を失ったラスニアの村。

 以前シリルが訪れた際には商店の前で店主が声を張り、村民は皆笑顔で活気に溢れていて、旅人達を導く声も耐えることがなかった。

 しかし今はもう、そんな活気ある街の様子は欠片も感じられない。

 明らかに整備や掃除を怠っている村の概観。木製で温かみのあった家々は、ただ朽ちていくだけの運命を享受しているように見える。

 そしてその運命を享受しているのは、家々だけではないらしく―――


「あ、あの、こんにちは」

「…………」


 シリルが村人に声をかけても、村人は一瞬シリルの方を向くだけでふらふらと歩き去っていく。

 感じが良いとか悪いとか、そんなレベルではない。まるでこの世の終わりを予見されたかのような村の様子に、シリルは困惑するばかりだった。


「とにかく、今晩の宿だけでも確保しないとですね。ええと、宿屋さんは……」

「おねえさん。あっちにたくさん、ある」


 リセは村の奥を指差し、シリルのローブをくいくいと引っ張る。

 その感覚に気付いたシリルはリセの指差した方向に顔を向け、笑顔で俯いた。


「ありがとうございます、リセさん。じゃあ行きましょうか」

「……ん」

「ねーちゃん! 俺、メシがうまけりゃなんでもいいぜ!」

「だめ……安いのが、一番」

「ふふっ、わかりました。お二人の条件に合う宿屋さんを探さないとですね」

「ん」

「よっしゃあ! とっとと見つけて休もうぜ!」


 宿屋の立ち並ぶ通りへと歩いていく三人。日は徐々に落ち始め、ラスニア周囲の山の奥へ光が落ちていく。

 茜色から次第に群青へと変わっていく空の色と、徐々に灯されていくオレンジ色の街明かり。

 ラスカトニアよりずっと原始的な光だが、道を照らすには十分過ぎる。

 街の光はこのくらいが丁度いいなと、リセはその青い瞳にオレンジの光を映してぼんやりと考えていた。


「ええと……あっ! あの宿屋さんなんていかがですか?」

「いいと、おもう」

「めんどくせーからこの村の宿全部見てみようぜ!」

「あ、あはは……それはさすがに、時間かかりすぎですね」

「宿さがしで夜が明ける……意味がない」


 豪気な提案をするレウスと、そんなレウスを睨み付けるリセ。

 そんなリセを宥めると、シリルは先ほど見つけた宿屋の前へと歩みを進めた。


『外装にも過度な装飾はないし、清潔そう。なんだか良い匂いもするし、ここでだいじょうぶ……な、はず』


 シリルはぐっと両手を握りしめてごくりと喉を鳴らすと、宿屋のドアを控えめにノックする。

 旅の経験は比較的多いシリルだが、この瞬間だけはどうしても緊張してしまうようだ。

 ゆっくりとした足音の後、宿のドアがゆっくりと開く。

 年季を感じさせるドアの金具が、軋むような音を奏でた。


「はい……」

「あ、あの、こんばんは。私達三人なんですが……お部屋、空いていますか?」


 シリルはたどたどしい口元で、懸命に言葉を紡ぐ。

 ドアの向こうからはくすんだ色の衣服を着た往年の女性が、疲れ切った表情でシリルの顔を見つめる。


「……あなた、今いくら持ってます?」

「えっ!? あ、えっと……」


 想定外の質問に面食らい、わたわたと両手を動かすシリル。

 理想とする予算額を聞かれるのは時々あることだが、まさか単刀直入にいくら持っているかを聞いてくるとは思わなかった。

 平和な街とはいえ、財布の中身をこんな路上で言う訳にもいかない。

 しかたなくシリルは、質問を無視して想定している価格を伝えることにした。


「えっと、宿代として大体3万ゼールくらいを予定しているんですが……」

「では無理ですね。他に行ってください」

「あっ!?」


 女性は一言だけ言葉を返すと、乱暴にドアを閉める。

 ドアに指を挟まれそうになったシリルは咄嗟に手を引き回避するが、その場には静寂だけが残った。


「なんっだよあれ!? 態度わっりーなー!」

「おねえ、さん。だいじょうぶ……?」

「え、ええ、ありがとうリセさん。それにしても、変ですね……」

「変って、何が? ねーちゃんが変なのはいつもじゃん」

「うぐぅ。そうじゃなくて、宿のおばさんの事です。以前この街に来たときはもっと元気で、温和な方だと思ったんですが……」


 シリルはラスカトニアから出る場合、特に急ぎで無ければここラスニアで宿を取ることにしている。

 今回は子ども二人を連れての旅ということで、こまめに休息を取るよう立ち寄ったわけだが……どうにも様子がおかしい。


「あの人、おねえさんの、しりあい?」

「あ、いえ、直接関わりがあったわけではないんです。ただ、以前この村に立ち寄った時は宿の前で客引きをしていて、とても元気だったので」

「客引きって……あのおばさん“だれとも会いたくねー”って顔してたぜ? 別人じゃねえの?」

「いえ、間違いなく彼女です。でも、一体どうしてしまったんでしょう……」


 顎の下に曲げた人差し指を当て、眉間に皺を寄せて考えるシリル。

 そうしている間にも時間は消費され、どんどん夜はふけていく。

 そんな中、村の周囲に生息する犬型モンスターの遠吠えが街道に響いてきた。


「はっ、いけない。今はとにかく宿を探さなきゃ、ですよね」

「ん。そのとおり」

「早くいこーぜねーちゃん! 安い宿だってあるって! たぶんな!」


 レウスはにいっと歯を見せて笑いながら、陽気な声を響かせる。

 シリルは小さく微笑むと、そんなレウスの頭をそっと撫でた。


「ふふっ、そうですね。じゃあ、どんどん行っちゃいましょう!」


 シリルは二人を鼓舞するように、再び拳を空へと突き上げる。

 そんなシリルの様子を見たレウスは、嬉しそうに瞳を輝かせて同じように空に向かって拳を突き上げた。


「おー! そのいきだぜ! ねーちゃん!」

「おー……」


 やがてリセもレウスの真似をして、ゆるゆると握りこぶしを空に突きあげる。

 その様子を嬉しそうに見つめたシリルはにっこりと微笑むと、次の宿を目指すべく新たな一歩を踏み出した―――

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