第19話:二人の両親
「では次はお二人の番ですね。お二人のご両親について、教えて頂けますか? 探すにしても、特徴くらいはわからないといけないので」
「おー、そーだな。とーちゃんとかーちゃんなら……微妙だけど、目立つのはかーちゃんかなぁ。でけーし、竜族だし、まっくろだし」
「え、えっと、“大きくて、竜族で、真っ黒”なお母さんを探せばいいんですね?」
そんなお母さんが本当にいるのか少々疑問に思いつつも、ぶんぶんと頭を横に振ってその考えを捨てるシリル。
いずれにしても、竜族が人里にいる時点で珍しいのだ。探す対象としては
“女性の竜族で、長身”これだけ情報があれば十分だろう。
「わたし、も。おかーさんが、目立つ。有翼族で、金髪で、ばいんばいん」
「ば、ばいんばいん……ですか」
「ん。ばいんばいん」
なんとなく単語の意味するところを察したシリルは思わず自らの胸を気にしてしまい、頬を赤く染める。
あまり客観的に、自分の体を見たことはない。というか輪郭しか見えないのだから当然だが、シリル自身身体にはそれほど自信を持っているわけではなかった。
「おー、そんなら俺のかーちゃんもだ。同じくらいばいんばいんだぜ」
「ば、ばいんばいんだすか」
「ばいんばいんだすよ」
思いも寄らないボイン宣言に動揺したシリルは口調を乱し、さらに頬を赤く染める。
しかし肝心の目的に気付くと、ぶんぶんと顔を横に振った。
「えっとではお二人のお母さんの特徴を上げると……以下の通りですね」
“女性の竜族で、長身、黒髪、ばいんばいん”
“女性の有翼族で、金髪、ばいんばいん”
「……うん、特徴のバーゲンセールですね」
「逆になんで見つからねーのか不思議だよな」
「たしか、に」
これだけ目立つ特徴を持つ母を見つけられていない事実に気付き、少しだけ肩を落とすレウスとリセ。
その様子に気付いたシリルは二人の肩に手を置いて言葉を紡いだ。
「大丈夫ですよ。私はお二人のお母さんが見つかるまで、絶対に諦めません。だからお二人も一緒に、頑張りましょう?」
「ねーちゃん……」
「おねえ、さん……」
「さぁっ! 行きましょう。まずはラスニア村に行って、宿屋探しですね」
シリルは落ち込んでしまった二人を元気付けようと、握り締めた右手を“おーっ”と空に突き上げる。
そんなシリルの様子を見たレウスは、楽しそうに飛び跳ねながら返事を返した。
「おーっ! ねーちゃんとお泊りか! なんか面白そーだな!」
「たのし、み……」
「ふふっ」
元気の出てきた二人の様子を察したシリルは嬉しそうに微笑み、その時自身の胸に去来した想いの存在に気付く。
二人の保護者として出発したはずだったが、いつのまにかこの二人との旅を楽しいと感じている自分がいる。
両親が消えたという事態は、軽くとらえられるものではない。しかし、だからといって深刻になる必要はない。
笑顔で旅が出来て両親を見つけることができるなら、それに越したことはないのだ。
まして彼らはこれまで、その太陽のような笑顔を見せずにここまで旅をしてきたのだから。それなら自分の隣にいる時くらいは、笑わせてあげたい。そして、自分も笑っていたい。
それはきっと、悪いことじゃない。そんな確信めいた想いがシリルの中に渦巻いていた。
「あ、そういえばさー、ねーちゃん。目ぇ見えてんのはいーんだけどさぁ。普通に歩くのやめたほうがいいぜ?」
「えっ……それは、何故ですか?」
シリルはレウスの言葉に疑問符を浮かべ、不思議そうに首を傾げる。
そんなシリルの様子を見たレウスは、頭の後ろで手を組みながら言葉を続けた。
「だってさぁ、目立つだろ? 明らかに目ぇ見えてないねーちゃんが、スタスタ歩いてんだもん」
「うっ。それは、確かにそうです……」
ラスカトニアでは秘書官が常にシリルの隣を歩いていたためそれほど目立ちはしなかったが、子ども連れとなれば話が違う。
子どもが手も触れずに女性を引率できるとは思えないし、どう考えても不自然だろう。
もっともラスカトニアにいた頃から既に周囲からは“なんであの人手を繋いで歩かないんだ?”と思われていたわけだが、その事実をシリルは知らない。
「っ!? じゃあ、わたしが、おねえさんの杖に、なる……」
「あっ、リセさん。でも……いいんですか?」
「……っ!」
リセは珍しく興奮した様子でこくこくと頷き、いつのまにか繋いでいたシリルの手を強く握る。
小さく暖かな体温に触れたシリルは、リセの言葉の裏で別の感情が動き出していた。
『小さな……小さな手だ。でも三年前よりずっと、ずっと大きくなっている。確かにリセさんは成長しているんだ』
何故、だろうか。
大人というのは、子どもの成長に触れたとき、言いようのない感情にその胸を支配される。
小さな命。しかし懸命に生き、そして確実に成長している。
それは至上の喜びで、なんだか不思議と懐かしい気持ちになって。
シリルの瞳の奥には、熱い塊が湧き上がっていた。
『だ、だめ。泣いては。楽しく旅をするって、さっき決めたばかりなのに』
シリルは原因不明の感情に動揺しながらも、かろうじて涙を瞳の奥に留める。
こんな小さな手で、ずっと旅をしてきたという事実。三年間懸命に生き、成長したという事実。
その二つがシリルの胸の中に渦巻いていた。
「……しょーがねーなー! じゃあ俺も、つないでやるよ!」
「あっ!?」
レウスは空いていた左手を取り、リセよりもずっと強い力で握り締める。
そしてシリルの手には、レウスの手の平の感触が走っていた。
『少しだけ、硬い。成長してるんだ。三年前とは違う。リセさんを守って、成長して、ちゃんと“男の子”になってるんだ……』
「う、あ、うあああ……」
「っ!?」
「な、なんだよねーちゃん! いきなりどうした!?」
シリルの涙腺はついに耐えられず、ぽろぽろと涙を流す。
リセはそんなシリルの様子に驚き、びくっと肩をいからせた。
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっとゴミが目に入ってしまって」
「いや、それはありえねーだろ」
即座に突き刺さる、レウスのつっこみ。
リセは心配そうにシリルを見上げた。
「おねーさん、だいじょうぶ? おなか、いたいの?」
「だ、大丈夫です。ごめんなさい、お二人とも。心配はいらないですから」
「「???」」
シリルは即座に涙をふき取り、二人へと返事を返す。
二人は頭に疑問符を浮かべ、小さく首を傾げた。
「あっ! 見えてきましたよ! あそこがラスニアの村です」
「おおーっ! やっとかぁ!」
「つい、た……」
遠くに、家のような建造物が微かに見える。
ここからまだ距離はあるだろうが、ともかく目標物は視認できた。目に見える目的地を目指すのと見えない目的地に向かって歩くのでは、疲労の度合いが違う。ひとまずは安心といったところだろう。
「あっ!? そうです、忘れてました!」
「「???」」
シリルは両手を合わせ、目隠しの下の目を見開いて言葉を紡ぐ。
二人は疑問符を浮かべ、そんなシリルを見上げた。
「私の目隠しもそうですが、お二人の角と羽も目立ってしまいます。無用なトラブルを防ぐ為にも、隠す必要があると思うんです」
「あー、まあ、そうだな。二人で旅してる時も、わりと大変だったし」
「それが、いい……」
何せ三年前の二人との出会いは、“奴隷商人に追われていたのを助けた”ことから始まっている。
レアリティの高い竜族と有翼族の子どもだ。売りさばけばかなりの大金となる。
ただの子どもなのに旅も出来ないこの世界を悲しく思いながら、シリルは言葉を続けた。
「ではリセさん。少し背中を向けていただけますか?」
シリルは膝を折り、リセと同じ視線の高さになって柔らかに言葉を紡ぐ。
リセは小さく頷くと、くるっと回転して背中を見せた。
「では、いきます……“ミラージュ”!」
「っ!? は、羽が消えた!」
「えっ!?」
レウスとリセは驚きに目を見開き、そこにあったはずの白い羽を見つめる。
しかしそこには、何も無い空間がただ広がっていた。
「あ、いえ、消えたわけではなく、見えないようにしただけです。激しく動かしたりすると見えるようになってしまいますから、注意してくださいね?」
「ん。わかった」
「すっげー! これも魔術かよ! ねーちゃん! おれもおれも!」
「あ、はい。では、角を見せてくださいね」
シリルはレウスの方に向くと、その角に軽く手をかざす。
再び魔術名を唱えると、リセの羽と同じくレウスの角は不可視となった。
「すっげー! なんか俺ら、人間の子どもみてーだな!」
「……ん」
レウスは悪戯な笑みと共に言葉を紡ぎ、リセはこくこくと頷く。
確かに羽と角を失った二人は、人間の子どもにしか見えない。
レウスの瞳は赤いままだったが……まぁ、体質とでも言っておけば問題ないだろう。
多種多様な種族が同じ場所で同じように生きるこの星で、瞳の色を気にする者などほとんどいないのだ。
「竜族の角には多量のエネルギーが内在していますから、レウス君もあまり興奮したりしないようにしてくださいね。魔術が解けちゃいますので」
「おう、わかった! 要するに落ち着けばいーんだろ!? 簡単じゃん!」
「いや。レウスには絶対に無理」
「あ、あはは……」
ばっさりと切り捨てるリセの言葉を強く否定できないシリルは、困ったように笑いながら頬を掻く。
レウスはそんな二人の様子に気付いていないのか、頭の後ろで両手を組んで悪戯な笑みを浮かべた。
「それよりさっさと街に行こーぜ! 俺腹減っちゃったよ!」
「あっ!? れ、レウス君、待ってください!」
「……ほら。やっぱり無理だった」
飛び跳ねながら街へと走り出すレウスを、慌てて追いかけるシリル。
リセはため息を落としながら、そんな二人を追ってトコトコと歩き出した。




