第16話:街門を突破せよ
「ム……ナンバーゼロ。執務でありますか? お疲れ様です!」
ジャスティスは組んでいた腕を解くと直立不動の姿勢になり、シリルに向かって言葉を紡ぐ。
シリルはそんなジャスティスの言葉を受けると、慌てて返事を返した。
「あっ!? い、いえ、執務という訳ではないのですが……ちょっと、おでかけです。ジャスティスさんも、お疲れ……あ、えっと、ご苦労様です」
シリルは両手をもじもじと合わせ、慣れないながらもぺこりと頭を下げる。
そのままの状態で耳を澄ましたシリルは、集中して周囲の音を拾っていく。
ジャスティスが目の前にいる以上、あの二人の状態を一刻も早く確認する必要があった。
『えっと……あ!?』
シリルが右を向いた瞬間感じた、小さなその気配。
街門の管理所の影。よく目を凝らさなければわからないような物陰に、小さな影が存在している。
それがレウスだと気付くのに、それほど時間はかからなかった。
『あ、あんなところに……でも、ジャスティスさん以外にも警備員さんはいらっしゃるし、さすがに通り抜けは無理では……?』
シリルは下げていた頭を上げながら、ため息を落とす。
街門の警備とて、遊びではない。無許可で通り抜けようとすれば、子どもとて厳重注意は免れないだろう。
「ム、ため息ですか。何か心配事ですか? 小生でよろしければ、ご相談に乗りますが」
「ふぇ!? あ、い、いえ! だじょうぶでつ!」
「???」
心配そうなジャスティスの言葉を受け、わたわたと両手を動かすシリル。
挙動不審なその姿に、ジャスティスは疑問符を浮かべた。
「あ、えと、そう! 身体検査! 検査があるんですよね!?」
シリルはぽんっと両手を合わせ、ジャスティスへと言葉を紡ぐ。
その背中には、尋常ではない量の汗が流れていた。
「ム。そうですな。引き止めて申し訳ない。今女性職員を呼ぶ故、しばしお待ちを」
「は、はい。わかりました」
まさかジャスティス自身がシリルの身体に触れて身体検査をするわけにもいかず、ジャスティスは関所に待機している女性職員を呼ぶ。
そしてその一瞬―――確かに、隙は生まれた。
「キセ! キセはいるか! 迅速に身体検査せよ!」
「はっ! 隊長、こちらに!」
ジャスティスの声が関所に届くかどうかの一瞬で、黒い正装に身を包んだ女性が直立不動の姿勢でジャスティスの横に立つ。
ジャスティスはキセと呼ばれたその女性へと体を向け、声を荒げた。
「遅いぞキセ! 呼ぶ前に来い!」
「っ申し訳ありません!」
ジャスティスがキセを怒鳴っている、その刹那。
レウスが関所の間から飛び出し、ゲートをくぐり抜ける。
関所を見張っている職員もいるが、その目に止まらないほどのスピードでレウスは移動する。
関所を見張っていた職員はゲートを通り過ぎる黒い何かを認めるがその姿をしっかりと見ることはできず、やがて頭に疑問符を浮かべて鳥か何かだろうと結論付けた。
「はやっ!?」
シリルはレウスのスピードに驚き、思わずそれを口に出す。
レウスの走った後には靴跡だけが残り、その残像すら一般人にとらえることは難しいだろう。
「いいえナンバーゼロ、これでは遅いのです! 私がナンバーゼロと会話を始めた瞬間に来るようでなければ!」
「えっ!? あ、はい!?」
ジャスティスはキセの走ってきた速度のことを言っていると勘違いし、シリルへと言葉を紡ぐ。
シリルは予想外の言葉に驚き、適当に返事を返した。
「申し訳ありません、ナンバーゼロ! 私、キセ=コークスがすぐに身体検査を終わらせます!」
「あ、は、はい、キセさん。よろしくお願いします」
深々と頭を下げるキセに対し、さらに深々と頭を下げるシリル。
キセは“失礼します!”と断りを入れ、シリルの身体検査を始めた。
手慣れた様子でポケットの中を調べ、本の間に何か挟まっていないかまで確認していくキセ。
シリルは身体検査を受けながら、再び周囲へと感覚を広げた。
『レウスくん、凄い……でも、リセさんは……?』
周囲に感覚を広げ、左右に顔を向けるシリル。やがて左側を向いた時、外壁近くの木の上にリセの姿を確認した。
『っ!? あんなところに……でも一体、どうするつもり……?』
木の上に登っているリセは、外壁をじっと見つめたまま動かない。
そのまま瞳を閉じると、ゆっくりと息を吐いて背中の羽を広げた。
『っ!? 風、が……』
羽を広げたリセの周囲には風が集まり、リセの金色の髪を揺らす。
それは決して自然に生じた風ではない。その証拠に、シリルを含めたジャスティス達の周りは、完全な無風状態だった。
「身体検査完了です、隊長! 問題ありません!」
そんな折、身体検査が完了したキセが上長であるジャスティスへ結果を報告する。
ジャスティスは両腕を組み、鋭い眼光でキセを睨みつつ言葉を返した。
「遅いっ! あと20秒早くしろ!」
「はっ! 申し訳ありません!」
ジャスティスからの叱責に、直立不動のまま返事を返すキセ。
そんな二人を尻目にリセは、広げていた羽の元へ風を集めた。
「っ!」
やがてリセは閉じていた両目を開き、一度大きく羽を羽ばたかせる。
その瞬間集まっていた風がリセの体を押し上げ、羽ばたいた羽の力と共にリセを空中へと飛び立たせる。
リセは前方からの風圧に目を細めながらも上昇を止めず、一瞬にして高い外壁を飛び越えた。
「はやっ!?」
「いいえ遅いのです、ナンバーゼロ! まだ動きに無駄があります!」
「え!? あ、はい!?」
またもジャスティスに勘違いされてしまったシリルは横から響いてきた声に驚き、咄嗟に返事を返す。
キセは直立不動の姿勢のまま、勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありません、ナンバーゼロ! 私の手際が悪く、大変お待たせしました!」
「あ、い、いえいえ、そんな。良い身体検査でした」
頭を下げたキセに対し意味不明な返事を返しながら、さらに頭を下げるシリル。
しかし門外に二人を放置していることを思い出し、シリルはすぐに頭を上げた。
「あ、で、では私はこれで、失礼します」
シリルはジャスティス達に頭を下げ、そのままそそくさと街門をくぐる。
無断で二人も関所を通してしまった罪悪感からか、シリルは明らかに挙動不審だ。
「ム。ナンバーゼロ!」
「ひゃい!?」
背後からかけられた声に驚き、振り返るシリル。
そこではジャスティスが腕を組み、いつもの警備姿勢で仁王立ちしていた。
「このジャスティス=ジャスト。貴女のお帰りまで変わらずこの街を守る故、どうかご無事で!」
「あ……は、はいっ。ありがとうございます! いってきますね!」
シリルは頼もしいジャスティスの姿に微笑みながら会釈し、今度こそラスカトニアを後にする。
そして関所には、ジャスティスとキセだけが残った。
「キセ! まだ終わっていない! 通過者記録は書いたのか!?」
「はっ! すでに“ナンバーゼロ一名通過”と記載しております!」
ジャスティスはマントを翻して後ろを振り向き、キセへと言葉をぶつける。
キセは既に手に持っていた書類をジャスティスへと差し出した。
「ム……違うな、間違っている」
「はっ?」
名簿を見たジャスティスは眉間に皴を寄せたまま、言葉を返す。
キセはジャスティスの言葉の意味がわからず、唖然とした。
ジャスティスはシリルの去った草原へと視線を向けると―――いつもの仏頂面のまま、言葉を続けた。
「ナンバーゼロと連れ二名通過、だ。書き直しておけ」
「??? お言葉ですが、隊長。通過者は一名と思われますが?」
キセは納得がいかず、ジャスティスへと言葉を返す。
ジャスティスはため息を落とすと湧き上がってきた頭痛を抑えてキセへと顔を近付けると、威圧的な視線をぶつけながら言葉を続けた。
「いいから、書き直しておけ。通過者は大人一名、子ども二名だ」
「っ!? は、はい、隊長。了解、しました……」
キセは近付いてきたジャスティスから顔を背け、小さく頷く。
腑に落ちない感情からキセは少しだけ頬を膨らませながらも、言われた通り名簿を書き直す。
ジャスティスは門外の方角へと体を向きなおし、草原の向こうに消えたシリルの背中を見届けると……小さくため息を落とした。
「まったく。今夜は、ガルドレッドの酒に付き合わされそうだな……」
「???」
ジャスティスはどこまでも広がる草原を見つめ、もう一度小さくため息を落とす。
キセはそんなジャスティスの後ろ姿に疑問符を浮かべ、不思議そうに首を傾げた。




