第15話:わたしも、いっしょにいく
昼下がりのラスカトニアを歩く、黒ずくめの女性。
シリル=リーディングは順調な足取りで、ラスカトニアの街門へと足を進める。
街路の左右に並んだ商店にまだ人の気配はなく、店の主人たちはまだ中央広場から戻ってきていないようだ。
式典の主が消えてしまった事で混乱しているのか、その説明を協会職員から受けているのかはわからないが、街に人気がないというのはシリルにとって好都合。
おかげで気兼ねすることなく、道の真ん中を歩くことができた。
「まずは、近くのラスニア村……ですね。そこで旅の準備をして、翌朝出発しなければ」
シリルはどこかすっきりとした表情でラスカトニアを歩き、小さく息を落とす。
そんなシリルの前にはいよいよ、ラスカトニアの街門が見えてきていた。
「街門……ジャスティスさんの職場ですね。えっと、持ち物検査の準備をしないと……」
シリルはローブのポケットをまさぐり、国家機密に関わるものがないかどうか確かめる。
ラスカトニアは入国に関して、基本的にオープンな国家だ。しかし出国の際は多少のボディチェックが行われる。
魔術国家として名高いラスカトニア。魔力に対する技術力もまた世界最高峰であり、当然ながら技術の不本意な国外流出は避けなければならない。
そのためラスカトニア王国の城下町を覆った城壁には大きな街門が存在し、そこに関所が作られているのだ。
「……ん、よし。大丈夫ですね」
シリルは魔術関連の技術品を持っていないことを確認すると、再び街門に向かって歩き出す。
しかしそんなシリルへと一陣の風が吹いたその瞬間。シリルはもう一度だけ、自分の家の方へ振り返ろうと足を止めるが―――
「だ、だめだめ。今さら迷うなんて……駄目過ぎです」
シリルは自身の中に降りてきた迷いを振り切るように頭を左右に振ると、再び街門に向かって歩いて行く。
しかし頭を振りながら歩き出したせいか一瞬足元が狂い、少しだけ外れかかっていた石畳につま先を引っかけてしまった。
「あっ!?」
と思った時には、もう遅い。
シリルの体は前のめりに倒れ、重力から解放される。
そのままシリルの身体が地面に激突しようという、その刹那―――
「あぶなっかしーな、ねーちゃん。やっぱ一人旅とか無理じゃね?」
「おねえ、さん。だい……じょーぶ?」
「!? れ、レウスくん! リセさん!?」
レウスはシリルの肩を両手で掴み、地面との間に入ってその体を下から支える。
リセはぱたぱたと小さな羽を動かして宙に浮きながらシリルのローブを引っ張り、地面への激突を防いでいた。
「お、お二人とも、何故ここに!? お部屋で眠っていたはずじゃ……」
「へっ。俺らをなめんじゃねーぜ、ねーちゃん。横であんだけ喋ってれば、嫌でも聞こえるっつーの。それにカレーライス食って元気出たから、追いかけてきたんだよ!」
レウスは頭の後ろで手を組んで悪戯な笑みを浮かべながら、早口で言葉を並べ立てる。
リセはレウスの言葉を聞き終える前に、シリルの胸元へと飛び込んだ。
「きゃっ!? り、リセさん……」
リセは無言のままシリルへと抱きつき、すりすりと顔を擦り付ける。
その薄い金色の髪からは太陽の香りが漂い、玉のような肌から暖かな体温を感じることができた。
「わたしも、いっしょに……いく。まってるだけなんて、いや……だから」
「あっ!? てめーリセ! それ俺が言おうと思ってたのに!」
リセはシリルの体にがっしりと抱きつきながら、耳が溶けるかと思うようなか細い声を響かせる。
とろけそうなその声に思わず背中を震わせながらも、シリルは必死で言葉を返した。
「だっだっ、駄目です、お二人とも! これは危険な―――」
「ねーちゃん」
「!?」
足元から聞こえた声に反応し、顔を下へと向けるシリル。
その声の主の気迫に、シリルは完全に言葉を奪われた。
「俺たちは、一緒に行く。さっき二人でそう決めたから。もう誰に止められても、そうするよ」
「……ん」
「そん、な、お二人とも……」
リセもまたレウスの言葉に同意し、シリルの胸に顔を埋めながらこくこくと頷く。
シリルは二人の姿を確認し、その決意が本物であると悟った。
しかし―――
「でも、でも、だめです。お二人を、この旅に連れてはいけません。危険すぎます」
シリルは強く奥歯を噛み締めてリセを地面へと降ろすと、頭を横に振る。
基本的には危険の無い旅になるだろうとは思っている。しかしだからといって子ども二人を連れて旅をするなど危険すぎる。とても了承できることではなかった。
「わかっ、た。じゃあ私たちが、おねーさんの足手まといじゃないって証明できたら……連れてって、くれる?」
「!? でも、それは……」
シリルはリセからの提案がうまく頭で処理できず、一瞬返答が遅れる。
そしてその隙を突くように、レウスが言葉を続けた。
「よっし、決まりだな! じゃあちょーどいいや。あの街門を俺たち二人が突破できたら、連れてってくれよ!」
「!? そ、そんな、レウスくん。それは無茶ですよ!」
街門の警備とて、遊びでやっているわけではない。
子ども二人に突破されるような体勢で管理しているとは、到底思えなかった。
「無茶じゃねーさ! 俺らも三年前より成長したってとこ、見ててくれよ!」
「いっ……て、きます……」
「あっ!? お、お二人とも、待ってくだ―――きゃっ!?」
駆け出した二人を追おうと急いで一歩踏み出すシリルだったが、当然ながら石畳につま先が引っかかって二歩、三歩とふらつく。
かろうじて転ばなかったものの、その間に二人との距離差はいかんともし難いものとなっていた。
「ダメ……間に合わない。ジャスティスさんなら、手荒なことはしないと思うけれど……」
街門に駐在していた知り合いの魔術師兼警備主任を思い出しながら、ため息を落とすシリル。
先ほどは二人を止めたものの……心のどこかでは、わかっていた。
たとえ自分が反対しても、あの二人は勝手についてくる。
牢にでも入れておかない限り、拘束することは不可能だろう。
「はぅ……本当に、もう、どうしたら……」
シリルは頭を抱えながらも足を前に向けて動かす。
あの二人が覚悟を決めて向かった以上、それを見届ける責任がシリルにはある。
前を進むシリルの前で次第に近づいてくる街門。その入り口では一人の男が両腕を組み、仁王立ちしていた。
その黒い正装には汚れ一つ付いておらず、肩には短めのマントが装備されている。
つばの付いた硬質的な帽子にはラスカトニア王家の紋章が刻まれたメダルが付けられ、その権威を示す。
魔術協会ナンバー8“強硬右腕”の二つ名を持つ男ジャスティス=ジャストは、今日もラスカトニアの街と街門を見守っていた。
鋭い眼光に映るのは今日も平和なラスカトニアの城下町。
男の使命はただ一つ。目の前の情景を守ること。
しかし……その視界に映る、黒ずくめの女性。
妙にふらふらと歩くその姿と特徴的な目隠しに、ジャスティスは一瞬で人物を特定した。




