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第14話:旅立ちの準備

「なるほど。彼等の両親が失踪、ですか。しかし他の村人は普通に生活している、と。それは妙ですね」

「はい。村が夜盗に襲われたならまだわかりますが、ご両親は自分から子供を置いて村を出ているようなのです」


 残念ながら金銭的な理由から、子育てを放棄する両親もこの世界では珍しくない。

 しかし―――


「あんなにも素直で良い子を育てたご両親が、そんなことをするなんて……どうしても、信じられないんです」


 子どもには子どもの自我があり、そのまま親の鏡にはなりえない。

 だが両親の姿は少なからず、子どもの人格に影響を与えることもまた事実。

 あんなにも真っ直ぐに前を向き、互いに手を取り合い、人の言うことを素直に享受できる子ども達をシリルは他に知らない。

 そんな子たちを育てた親がその子を捨てるとは、どうしても思えなかった。


「ナンバーゼロ。あなたは彼等の両親を“信じている”のですか? それとも、“信じたい”のですか?」

「…………」


 ガルドレッドからの突き刺すような言葉に、口をつぐむシリル。

 かつて両親を失った……いや、気づいたら“既に失っていた”シリルにとって、その言葉は何よりも深く心を抉った。


「失礼、余計なことですな。しかしナンバーゼロ。彼等の両親を探す理由が、あなたにはあるのですか?」


 生きていく上で、理由というやつは思った以上に大きな意味を持つ。

 行動の原動力となるそれを見失うのは、大海原で海図を失うに等しい悲劇だ。

 ガルドレッドは厳しい視線を浴びせながら、どこか心配そうに言葉を紡ぐ。

 シリルは俯いていた顔を上げると、今度は強い意志の元で口を開いた。


「理由は……わかりません。ただ”絶対に”放ってはおけない。もし放っておいたなら、私が私ではなくなってしまう。それだけはよく、わかります」

「…………」


 シリルは真っ直ぐにガルドレッドへと顔を向け、背けることはない。

 ガルドレッドはがっくりと肩を落とすと、口を開いた。


「負けましたよ、あなたには。理屈ではないと、そういうことですね」


 ガルドレッドは、理知的とは程遠いシリルの回答に頭を振り、ため息を落とす。

 しかしその表情は、どこかスッキリしているようにも見えた。


「ごめんなさい、ガルドレッドさん。今回の式典の損失は、私への支援金を使ってください」


 基本的に魔術協会の魔術師には、多かれ少なかれ支援金が支給される。

 ナンバリングされた魔術師ともなれば、その支援金は莫大。

 ナンバーゼロであるシリルへの支援金はそれこそ、小国の国家予算に匹敵する。


「もちろん、あなたの支援金から捻出しますよ。最初からそのつもりです」

「うう、はい。よろしくお願いします……」


 シリルはションボリと頭を下げ、しかし自分の責任だけにぐうの音も出ない。

 ガルドレッドは手帳にサラサラと数式を記入し、シリルへの支援金の残りを計算する。

 シリルとしてはこれから旅立とうというのだから、せめて路銀くらいは残っていてほしいものだが……


「ほう、これはすごい」

「!? あ、あの、支援金、そんなに残ってたんですか!?」


 シリルはガルドレッドの呟きに一瞬で笑顔になり、ピンク色になった頬でガルドレッドへと尋ねる。

 ガルドレッドはズレたメガネを人差し指で押し上げ、淡々と回答した。


「いえ。今回の損失でちょうどあなたへの支援金がゼロになりました。これはある意味凄いですね」

「あぅ。そ、ですか……」


 両親を見つけるまでの路銀を、果たしてどのように稼ぐべきか。

 シリルはがっくりとうなだれながら考えていた。


「まったく。支援金の八割をブックマーカーに寄付などするからでしょう。あなたほどの魔術師がこんなボロに住んでいること自体、前代未聞だ。城に住む者すらいるというのにトップがこれでは、他の魔術師に示しがつきませんよ」

「ううっ、本当に、ごめんなさい……」


 シリルはしゅんと小さくなり、再び俯く。

 ガルドレッドがいつものように、いつもの説教を始めようとしたその時―――


『ぐぅぅー。きゅぅぅぅぅぅぅ』


 シリルの部屋から、盛大なお腹の音が鳴り響いた。

 恐らく、というか間違いなくレウスの仕業だろう。


「ぷっ……ふふっ。レウス君、凄い音ですね。お腹すいちゃってます」

「はぁ。まったく、間抜けな音だ。怒る気が失せましたよ」


 ガルドレッドはやれやれと肩を竦め、頭を横に振る。

 心なしか楽しそうなその声に、シリルは頬を綻ばせた。


「さて、と。レウス君のためにも、お料理しなくちゃ。ガルドレッドさんも、一緒にやりますか?」


 シリルはにっこりと微笑み、ガルドレッドへと言葉を紡ぐ。

 ガルドレッドは苦笑いを浮かべ、言葉を返した。


「いえ、遠慮しておきましょう。私の目的は、あなたを探すことでしたから。それに―――」

「それに?」

「……いえ、なんでもありません。それよりあなたの料理、見ていても構いませんか?」

「??? ええ、もちろんです。あ、では、ちょっと待って下さいね、今準備しますから」


 シリルはわたわたと奥の部屋に戻ると、慌てて洋服棚の白いエプロンを掴む。

 腕を通して背中で結び目を作ると、挟まってしまった長い髪を両手でかきあげて自由にする。

 そのまま物入れに向かうと、入っていた座布団を引き出して床の上に置く。

 壁に立てかけられていた食卓を持ち上げると、手際よく部屋の真ん中へセットした。


「あ、いや、これは申し訳ない。気を使わせてしまいましたな」


 ガルドレッドはばつが悪そうに俯き、頭を掻く。

 これでも魔術協会の職員たちの長。それなりの器量と実力はあるつもりだが、どうも時々考えすぎてしまって、咄嗟に動くことが出来ない。

 相変わらずの悪癖だと、ガルドレッドはため息を落とした。


「お茶、こちらに置いておきますね」


 シリルはそつのない動きでいつのまにかティーカップを食卓に置くと、ガルドレッドへと微笑みかける。

 ガルドレッドはその大きな尻を座布団の上に置くと、恐縮した様子で頭を下げた。


「あ、いや、おかまいなく。ううむ、重ね重ね申し訳ない」


 仕事はいっぱし以上にできるつもりだが、どうも家の中となると勝手が違う。

 普段から買ってきた食事で済ませ、家のことをほとんどしないガルドレッドにとってこの空間は完全にアウェイだった。


「さて、と……では、がんばりまっす!」


 シリルはぐぐっと眉間に皺を寄せ、ふんすと鼻息荒くしながらぐっと両手でガッツポーズを取ってキッチンの前に立つ。

 ガルドレッドは飲んでいたお茶を吹きだしそうになりながら、慌てて言葉を紡いだ。


「!? な、ナンバーゼロ。今のは、一体なんです?」

「えっ? あ、えっと、人から聞いたんです。“がんばりまっす!”って言うと気合が入って、良いお料理ができるから……って」


 シリルはきょとんとした表情でガルドレッドの方を向き、頭の上に疑問符を浮かべる。

 ガルドレッドは頭を抱えると、後でそれを吹き込んだ人物に説教することを心に決めた。


「はぁ。そのおまじないは嘘ですから。次からやらなくて結構です」

「ええっ!? そ、そうなんですか!?」


 シリルは眉をハの字にすると、少ししょんぼりした様子で俯く。

 ガルドレッドはズレた眼鏡を直すと、ため息を落として言葉を返した。


「いや、失礼。邪魔してしまいましたな。私の事は気にせず、続きをどうぞ」

「あ、は、はい。わかりました」


 シリルは慣れた手つきで料理道具を操り、次々と料理を完成させていく。

 ガルドレッドはお茶をゆっくりと飲みながら、その姿をじっと見つめた。


『やはり以前より、手際が良くなっている。最後にナンバーゼロの手料理を食べたのが、約半年前……一体今は、どれほどの腕になっているのやら』


 料理の上手い者は、魔術にも長ける。

 そんなトンデモ論文を思い出し、ガルドレッドは小さく微笑む。

 ナンバーゼロのあの様子を見る限り……あながち、間違っていなかったのかもしれない。


『“立場は平等にあらず。されど才覚は、平等なり”という格言があるが……どうやらその格言を考えた人の傍に、あなたはいなかったようですな』


 ガルドレッドはどんどん成長していくシリルの姿を見つめ、嬉しそうに眼を細める。

 半年前の時点でラスカトニア一番の定食屋を唸らせていた、ナンバーゼロの手料理。

 今はどんなレベルになっているのか……想像するのも怖いくらいだ。


『単純な“美味しさ”だけなら、宮廷料理レベルを凌駕しているやもしれんな……まったく、恐ろしい方だ』


 そんなマルチな才能を持つ女性が、自分の団体のトップに立ってくれる。

 これほどの喜びが、他にあろうか。いや、ないだろう。

 ガルドレッドは少なくとも、他に思いつかなかった。

 シリルの手際をじっと見つめ、思考の海に落ちるガルドレッド。

 手元のお茶がすべて無くなった頃……芳しい香りが、部屋の中に充満してきた。


「ほう、これは……カレーライスですね? しかも、スパイスから作っているようだ」

「あっ、わかりますか? 育ててたスパイスがようやく実ったんですよ~」


 シリルは嬉しそうに微笑みながら、取り皿へカレーライスをよそって食卓へ運ぶ。

 気付けばガルドレッドの前には、芳しい香りを放つカレーライスが鎮座していた。


「ん? ナンバーゼロ、これは……」

「あれ!? てっきり召し上がっていくと思ってたんですが……違いましたか!?」


 シリルはわたわたと両手を動かし、慌てた様子で言葉を紡ぐ。

 ガルドレッドはしばらく俯いて考えると、ゆっくり返事を返した。


「いや……いえ、なるほど。都合が良いかもしれませんね」

「??? あ、え、えっと。これスプーンですので、どうぞ」


 シリルは慌ててスプーンを持ってきてガルドレッドの手元に置き、お茶のおかわりをティーカップに注ぐ。

 カレーライスはもくもくと湯気を立て、芳しい香りが、ガルドレッドを包み込む。

 ガルドレッドは「いただきます」と呟いてスプーンを掴むと、そのカレーライスを口に運んだ。


「!? あなたは……まったく、どれだけ神に愛されているのでしょうね」


 カレーライスを食べたガルドレッドは頭を抱え、やれやれと頭を横に振る。

 口に入れた瞬間広がるスパイスの香りと、ピリリとした辛さ。しかし決して辛すぎはせず“食欲”という本能が次の一口をどんどん要求してくる。

 自制心が無ければ、あっという間に一皿平らげてしまうだろう。

 良く見ると小分けに切られたハンバーグも入っているようだ。肉汁がルーの中に適度に溢れ、なんとも言えない旨味を引きだしている。


「ええ!? 神って、どういう意味ですか!? お、美味しくなかった、でしょうか……」


 シリルはしゅんと肩を丸め、来ていた白いエプロンの裾を掴む。

 どこまでも自信なさげなその姿にガルドレッドは小さくため息を落とすと、すぐに言葉を返した。


「まさか、でしょう。この料理を不味いという男など、ありえますまい」


 子どもや成人男性が好きそうな、はっきりとした味わい。しかしそこまで人は選ばず、万人に対しておすすめできる味だ。

 恐らく意識的に味を子供向けにしたのだろうが、レベルが高すぎてストライクゾーンが広くなっている。

 末恐ろしい人だと、ガルドレッドはつくづく思った。


「はぁ。よかった。お口に合わなかったらどうしようかと思いました」


 シリルはにっこりと微笑み、自身も食卓に腰を下ろす。

 しかしガルドレッドはその頃すでに、一杯目を平らげていた。


「大変美味でした。ごちそうさまです」

「はやっ!? あ、あの、おかわりは不要、ですか?」


 シリルは下ろしていた腰を再び上げ、立ち上がろうと足に力を込める。

 ガルドレッドはすぐに右手を伸ばすと手の平をシリルに向け、その動きを制止した。


「……それより、ナンバーゼロ。私に頼みごとがあるのではないですか?」

「うっ、や、やっぱりわかります……か?」


 シリルは眉をハの字にしながら、エプロンを掴んで俯く。

 どうやら本当に、ガルドレッドへ頼み事があるようだ。


「おや、本当にあったのですか。あてずっぽうだったのですか」


 ガルドレッドはよく洗濯されたハンカチで口元を拭いながら、シリルへと言葉を返す。

 シリルはそんなガルドレッドの言葉を受けると、みるみる顔を赤くした。


「あ、ひ、ひどい! ひっかけたんですね!?」


 シリルは少し頬を膨らませ、不満そうにガルドレッドへと言葉を紡ぐ。

 ガルドレッドは小さく笑うと、言葉を返した。


「失礼、おふざけが過ぎましたね。頼みたいのはその子たちのこと、でしょう?」


 ガルドレッドは落ち着いた様子でお茶を飲み、小さく息をつく。

 シリルは本題に戻ったことを悟ると、真剣な表情に戻った。


「はい、そうです。私はすぐにでもここを出ます。ですから―――」

「彼らに言伝と、この料理を食べさせるように、ですか。あとはそう、彼らを魔術協会でかくまうように。でしょう?」

「……はい。その通りです」


 身勝手な言い分であることは、わかっている。

 しかしだからと言って、彼らを旅に連れて行くというのは危険すぎる。

 それならばせめて、信頼できる場所で待っていてほしいというのがシリルの願いだった。


「見たところ、有翼族に竜族……ですか。まったく、重荷を背負わせてくれたものです」

「ううっ、ご、ごめんなさい……」


 有翼族だけでもA級に珍しい種族だというのに、竜族とは悪い冗談にもほどがある。

 この二種族の子どもというだけで、狙ってくる奴隷商人や盗賊はいくらでもいるだろう。

 もっとも治安の格段に良いラスカトニアでは無用な心配だが。


「ただ預かるなど、当然出来ません。が、魔術師見習いとしてなら本部に居ても問題ないでしょう」

「!? あ、ありがとうございます! ガルドレッドさん!」


 ガルドレッドの言葉を聞き、ぱぁぁと表情が明るくなるシリル。

 ガルドレッドは落ち着いた様子でお茶を口に運び、やがてティーカップを置いた。


「勘違いしないでください、ナンバーゼロ。レアリティのある種族であれば、魔術の習得率に違いがあるかもしれない。だから、預かる意味があるのです」

「はいっ、わかってます! ありがとうございます、ガルドレッドさん!」

「はぁ。まったく、本当にわかっているのか、いないのか……」


 嬉しそうにするシリルの様子を見て頭を抱え、ため息を落とすガルドレッド。

 無粋な事を言えば、協会のトップはシリルであり、実際シリルが預かってくれと頼めばガルドレッドは絶対に断れない。そして預かったとなれば、全力で二人を守らなければならない。

 が、その事実をガルドレッドは言わない。理由はさして知るべし、である。


「さて、と。では私も行くとします。少しでも早く、親御さんを見つけたいですから」


 シリルはすっくと立ち上がると、エプロンを外して洋服棚に戻す。

 そのまま踵を返すと部屋の本棚へと近づき、お気に入りの本を2、3冊選ぶとローブのポケットに入れた。


「相変わらず、旅の準備はなし……ですか。それで、路銀はどうするおつもりですか?」

「……あ」


 シリルは玄関に向かって歩こうとしていた足を止め、小さく声を出す。

 ガルドレッドは頭を横に振ると、小さくため息を落とした。


「ナンバーゼロ。さっきのカレーライスに使ったという、あなたが育てたスパイス……市場価格でいくらするか、ご存知ですか?」

「??? い、いえ、植物学の本を参考に育てただけですので、値段までは……」


 的を得ないガルドレッドの質問を不思議に思いながら、言葉を返すシリル。

 真意がわからず疑問符を頭に浮かべると、首を傾げた。

 ガルドレッドはそんなシリルの言葉を受けると、スーツの上着の内ポケットから財布を取り出す。


「正解はひとさじ、30万ゼールです。さて、一般的な定食屋の食事代が700ゼールとして、あなたの料理の腕、使用したスパイスの量から考えると……まあ、これくらいでしょう」

「えっ!? あ、えっと……」


 ガルドレッドは財布から20万ゼールを取り出し、シリルへと突き出す。

 シリルはぽかんとしながら、そんなガルドレッドを見つめた。


「ええと、ガルドレッドさん。それは、どういう……?」


 シリルは頭に疑問符を浮かべたまま、今度は反対方向に首を傾げる。

 ガルドレッドはズレてしまった眼鏡を押し上げると、言葉を続けた。


「つまり、先ほどの食事代ですよ。……足りませんか?」

「ええっ!? い、いえ、そんな、食事代だなんて大それたもの、頂けないですよ!」

「……ふぅ。やはり、そうですか」


 再びため息を吐きながら、予想通りの回答をするシリルを見返すガルドレッド。

 一度目を閉じると、ガルドレッドは改めて言葉を続けた。


「私は一度も“ご馳走になる”とは言っていませんし、あなたも“食べて良い”とは言っていない。つまり先ほどのカレーライスは、私が勝手に食べたもの。同等の対価を払うのは当然でしょう」

「あっ……!?」


 シリルは先ほどの問答を思い出し、ガルドレッドの言葉の正当性を確認する。

 確かに自分たちは一言も、そういったやり取りはしていない。

 少し……いや、かなり強引な論調だが、言っていることは事実だ。


「で、でも、20万ゼールなんて、そんな大金頂けないですよ」


 シリルは両手と頭を横に振り、数歩後ずさる。

 ガルドレッドはやれやれと頭を横に振り、言葉を続けた。


「使われた食材と料理の腕を考えれば、妥当な金額です。それより早く受け取って頂けますか? そろそろ、腕が疲れたのですが」

「っ!? ご、ごめんなさ……あ」


 腕が疲れたというガルドレッドの言葉を受けたシリルは慌てて両手で紙幣を受け取る。

 ガルドレッドはニヤリと笑うと、その手をためらいなく離した。


「あ、あわわわわ、だ、だめですよガルドレッドさん! こんなお金―――」

「いいから受け取っておきなさい、ナンバーゼロ。私の普段の食事代に比べれば、ささいな出費です」

「ガルドレッドさん……」


 確かにバーバリアンである上、美食家でもあるガルドレッドの食事代は20万ゼールをゆうに凌駕する。

 まして30万ゼールするスパイスを使った料理とシリルの料理の腕を考えれば、20万ゼールは破格だった。


「……ありがとう、ございます。私必ず、お二人のご両親を探し出してきます」


 シリルは真剣な表情でガルドレッドに顔を向け、眉間に皺を寄せる。

 ガルドレッドは満足そうに微笑むと、ゆっくりと頷いた。


「そうして下さい、ナンバーゼロ。そして……出来る限り早く、本部に帰ってくるように」

「あぅ。はい、ごめんなさい……」


 協会のトップがいつまでも本部を空けているというのは、どう考えても望ましい状況ではない。

 シリル自身もそれがわかっているからこそ、再び深々と頭を下げた。


「さあもう行って下さい、ナンバーゼロ。この子達が起きてしまいますよ」


 ガルドレッドはお別れをしない理由を察しているのか、シリルにすぐ部屋を出るよう促す。

 シリルは小さく頷くと、ドアに向かって体を向けて歩き出した。


「……ナンバーゼロ!」

「!? は、はい!」


 去ろうとするシリルの背中を見つめ、口を開くガルドレッド。

 驚きながらも振り返ったシリルの顔を見つめると、真剣な表情で言葉を紡いだ。


「どうか……お気をつけて」


 ガルドレッドは自分の中にある大きな感情の波をその一言に押し込み、言葉にする。

 シリルはその心に気付き、嬉しそうに頷いた。


「はいっ。いってきます!」


 シリルが去り、閉じられる扉。

 ガルドレッドは目の前にあるお茶を、一口すする。

 そのまま視線を動かすと、窓の外から見える魔術協会本部を切なそうに見つめた。


「……ああ、まったく、本当に。働き甲斐のある職場だよ」


 小さくため息を落とし、ズレてしまった眼鏡を押し上げる。

 その頑強な顔にはいつのまにか、穏やかな笑みが浮かんでいた。


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