第1話:その出会いは突然に
廃工場の中心で、二人の魔術士が対峙する。
一人は目隠しをした盲目らしき女性。もう一人は、ガラの悪い男。
男は自身の魔術が女性に対して通用しないことに動揺し、その声を荒げた。
「は、はひゃ、ナンバー、ぜろ。史上最高の、まじゅつし? ふざけんな、ふざけんな。ふざけんなよぉ……!」
男は生まれて初めて“恐怖”という感情を味わい、狂ったように笑い出す。
そんな男の声を受けた女性は……怪訝そうに眉間に皺を寄せ、男に向かってその顔を向けていた。
チート級の女魔術士が、子ども達と旅をするようです
第1話:その出会いは突然に
大荷物を抱えた商人に剣を腰に下げた旅人。小銭の音を響かせながら歩く貴族風の男など、今日も交易の町クロイシスには多くの人々が行き交う。
街道の左右には魔術書を売る店、武器防具を売る店、日用品を売る店などが軒を連ね、行き交う人々へと活気のある声が送られていく。
暖かな日の光が運んでくる陽気が人々の心をさらに踊らせ、町中に活気が満ち溢れていく。
しかし―――そんな人々で溢れ変える街中にぽっかりと空いた人の波。
多くの人々が常に行き交うことが自慢の街道の真ん中で人の波が裂け、不自然な空間が出来上がっている。
その空間の中心では1人の女性が、ゆっくりと歩いていた。
長く伸びた黒い髪は太陽の光を浴びて輝き、身に纏った漆黒のローブに同じく黒い影を落とす。
一歩歩く度にヒールの音が響き、花のように甘い香りを漂わせてその女性は歩いていく。
目元には魔術的な紋様が装飾された黒い目隠しが巻かれ、女性の視界を完全に遮っている。
もしこれだけなら、彼女はこれほど周囲の人々に距離を取られ、恐れられることはなかっただろう。
しかし―――女性は杖すらも持たずに、真っ直ぐ歩いている。それこそが最大の不思議であり、周囲の旅人達を不審がらせている原因だった。
もしも盲目であるなら杖の一つも持ち、前方をその杖で確認しながら歩くだろう。しかし女性は杖を持たない状態で、前方から歩いて来る人を器用に避けながら進んでいく。
それこそが女性の持つ不審さ。いや、不自然さだった。
全身黒ずくめの服装に、不審なその挙動。
そしてどこか近寄り難い不思議なオーラを女性は発していた。
「おい、魚屋。お前声かけてみろよ」
「何を言うか肉屋。お前こそ声かけろや」
「まあ落ち着け。彼女かなりの美人さんだぞ? そう邪険にするもんじゃない」
「「じゃあお前が声かけろ武器屋」」
「いやぁ……遠慮しとく」
女性の歩いている道の左右には先述した通り多くの店が軒を連ねているが、女性の“得体の知れなさ“に遠慮して中々店主達が声をかけられないでいる。
目隠しによって目元は見られないが、その髪と輪郭は間違いなく美人の部類に入る。
できれば店主達としても声をかけて、我が店自慢の商品たちを見て楽しんで欲しい。しかし、イマイチ勇気が出ない。
そうして店主達が二の足を踏んでいた、その時。
「っひゃう!?」
高く可愛らしい声が、通路内に響いた。
女性は両手を伸ばした状態で地面に身体を打ちつけ、石畳の間から小さく土埃が上がっている。
「うぅ……」
女性は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染め、石畳の上で倒れている。
するとそんな女性を見た果物屋の店主らしきおばちゃんが、女性へと声をかけた。
「ちょっとあんた、大丈夫かい? 目が見えないなら杖の一つも持たなきゃダメじゃないか」
おばちゃんは女性に手を貸して立ち上がらせながら、注意するように声をかける。
そんなおばちゃんの声を受けた女性は、朗らかな笑顔を見せて返事を返した。
「あはは、ごめんなさい。でも、大丈夫ですから」
女性は恥ずかしさからか顔を真っ赤にしながら、ぱたぱたと両手を左右に振る。
そんな女性の返事を聞いたおばちゃんは不思議そうに首を傾げ「そうかい? ま、気をつけな」と返事を返すと、自分の仕事に戻っていった。
「すみません、おば様。ありがとうございました」
女性は品のある仕草でおばちゃんに向かって頭を下げると、そのまま何事もなかったように歩き出す。
当初は“得体の知れない”という印象の強かった女性だったが、おばちゃんと普通に会話し美しい笑顔を見せたことによって、周囲の店主達のイメージはガラリと変わる。
その瞬間から周囲の店主達は、女性に向かって一斉に声をかけてきた。
「ちょっとそこの黒いお姉さん! うちの魚見ていかない!? 今なら安くしとくよ!」
「あ、てめえこの魚野郎! お姉さん、魚より肉だよ肉! うち良い肉揃ってるから! 見てくだけ見ていって!」
「まったく野蛮な連中だ。お嬢さん、うちの武器で身を守ったほうがいい。さあ、今すぐに!」
「え、ええっ!?」
突然周囲の店主達から声をかけられた女性は驚き、あわあわと両手を動かしながらどう返事を返したものかと思い悩む。
しかし今度は、そんな店主達の声をかき消すような大きな声が街道へと響いてきた。
「待ちやがれ、こんガキャぁ!」
怒号にも似た声が街道に響き、女性を含めた全ての人々はその方角へと顔を向ける。
その方角から小さな影が2つ人々の波の中から飛び出すと、女性の元へと走り寄ってきた。
そして―――
「えっ!? えっ!?」
2つの影は女性のスカートをめくり上げると、そのままスカートの中へと潜り込む。
その二つの影を追ってきたと思われる強面の男は、息を切らせながら女性へと声をかけた。
「おい! こっちにガキが2人走って来なかったか!?」
男は声をかけた後で女性が盲目であることに気付いたようだが、今更撤回するのも面倒だと思ったのか、女性からの返答を待つ。
女性はわたわたと両手を動かし、言葉を捜した。
「あっ、えっと、あのぅ……」
女性はしばし頭を悩ませて思考を巡らせるが、ふとももにしがみついた小さな手を感じると、意を決したように男の方へと顔を向ける。
不思議な威圧感を持ったその外見に気押された男は、半歩後ろへと下がった。
「えっと、子どもならあっちの方に行ったみたいですよ」
女性は柔らかに微笑みながら、通りの先へと指先を向ける。
男は一瞬怪しむように女性を見つめるものの、無言のプレッシャーに負けて一歩退いた。
「そうか。時間取らせたな」
「いえいえ」
男はそのまま通りの奥へと走り出し、無理やり人波を掻き分けていく。
周囲の人々や店主達はほっと肩を撫で下ろし、男の後姿を見送った。
「ふぅ……ぁんっ!?」
「「「っ!?」」」」
人々と同じくため息を落とした女性は突然ピンと背筋を伸ばし、色っぽい声を上げる。
そんな女性の様子に驚いた店主達は、皆一様に女性へと視線を向けた。
女性は変な声を出してしまったことに赤面し、両手で口元を押さえながらも、自身のスカートの中へと視線を落とす。
やがて女性のスカートの中から、2人の子どもがひょっこりと顔を出した。
「ぷっはぁー! 助かった! ありがとよ、ねーちゃん!」
「…………」
スカートの中から出てきたのは、少年と少女の2人組だった。
黒い髪で短パンを履いた少年の頭には黒く輝く角が生え、赤い輝きを灯した瞳は力強く輝く。
白のワンピースを身に纏った少女の背中には美しい天使のような白い羽が見え、ガラスのように透き通った白い肌に、金色の髪がよく映える。
一目で非凡な種族ではないとわかるその外見に、周りの人々は再びざわつき始めた。
「でもよー、ねーちゃん。ぱんつはもっと可愛いの履いたほうがいーぜ? 真っ白とか今時子どもしか履かねーよ」
角の生えた少年は歯を見せてにししっと笑いながら、頭の後ろで手を組む。
その言葉を聞いた女性は、みるみるうちに頬を紅潮させていった。
「なぅっ!? で、でも、普段服とか買いにいけないですし、それは仕方な……ってそうじゃなくて!」
女性は少年に手玉に取られたのが面白くないのか、紅潮した頬を膨らませてぶんぶんと両手を上下に振る。
周囲の店主達は一瞬女性のパンツを想像したが、やがて顔を横に振ってその妄想を振り払った。
「うぅ……こほん。それで、お2人はどうして追われていたんですか?」
女性は膝を折って自分の視線を少年の視線の高さに合わせると、暖かな声で言葉を紡ぐ。
少年は頭を掻くと、困ったように視線を巡らせた。
「んー、まあ、深い理由なんかないんじゃね? 俺たちの事が珍しかったんだろ」
少年は小指で耳の穴をほじりながら、女性からの問いかけに答える。
ぶっきらぼうだが、確かに少年の言うことはもっともだ。
2人の姿を見る限り、その辺りにいるような種族ではない。明らかに希少種だ。追われる理由などいくらでも思いつきそうなものだった。
「ま、別にいーじゃんそんなの! じゃ、俺たちは行くから!」
「あっ!?」
少年は男の去った方角から逆方向に元気良く駆け出そうとするが、数歩走った段階で隣に少女がいないことに気付く。
少年が後ろを振り返ると、少女は無表情のまま女性のスカートを握っていた。
「おい、なにやってんだよ! 早く逃げなきゃやべーだろ!?」
少年は少女の手を引いて走り出そうとするが、少女は女性のスカートから手を離そうとしない。
少女は軽く頭を横に振り、少年へと言葉を返した。
「いや……」
小さく消え入りそうなその声は美しく、波紋の広がる水面のように人々の耳に柔らかく届くが、少年は怪訝そうに眉間に皴を寄せていく。
女性は少女へと体を向けると、穏やかな声で言葉を紡いだ。
「あの……一体、何があったんですか? お父さんやお母さんは?」
「……っ」
女性は首を傾げながら、にっこりと微笑んで少女へと語りかける。
少女は俯いていた顔を上げると、一瞬驚いたように目を見開いた。
「??? どうし……きゃっ!?」
「…………」
突然少女は女性へと抱きつき、その豊満な胸元にうにうにと顔を擦り付ける。
淡い石鹸の香りと輝くような金の糸が、空中へと広がった。
「あ、え、っと……」
女性はわけもわからないまま少女の小さな体を抱き止めるが、どうしたら良いのかまったくわからない。
周囲の店主達も困惑した様子で女性を見つめており、少年はぽかんと口を開けて女性に抱き着く少女を見つめていた。
「す、き……」
「へっ!?」
少女は小さな声で言葉を紡ぐと耳まで真っ赤に染め、女性の胸元へと顔を埋める。
女性はどうしたら良いのかわからず、ただ困惑するばかりだった。
「てめ、このエロガキ! だったら俺もそっちに―――」
「いや。だめ」
女性へと近づこうとする少年を睨み付け、ふるふると顔を横に振る少女。
そして少女は少年から視線を外さないまま、言葉を続けた。
「くっついちゃ、だめ。ゆるさない」
「えっ? えっ?」
少女は女性を抱きしめる手の力を強め、少し頬を膨らませて少年を睨み付ける。
少年はそんな少女の様子にたじろぎながらも、やがて言葉を返した。
「へっ、なんだよ許さないって。俺がねーちゃんにくっついたらどうすんだ?」
「ぼこぼこにする……」
「ボコボコにすんのかよ! やめろよ!」
容赦のない少女の言葉に動揺しながらも、少年は即座にツッコミを入れる。
自分にくっついてきた少女を見つめてしばらくぼんやりとしていた女性だったが、とりあえずその右手を少女の頭に乗せ、ゆっくりと動かしてみた。
「え、と。よ、よしよし……?」
「っ!」
女性は困惑した状態のまま、とりあえず少女の頭を撫でてみる。
少女は一瞬驚いたように両目を見開くが、やがて目尻をとろんと下げ始めた。
「ふぁ……っ」
少女は目を細めて気持ちよさそうに細い声を落としながら、女性を抱きしめる手の力を強める。
徐々に冷静さを取り戻してきた女性は、ようやく少年へと視線を向けた。
「あ、あの。この子一体どうしたんでしょう? それにこの羽と、あなたの角は一体?」
女性はまだ混乱しながらも、少年に対して質問する。
少年は耳の穴を小指でほじりながら、面倒くさそうに返答した。
「んー? まあ、俺らはちょっと珍しい種族なんだよ。さっき俺らを追っかけてたおっさんは、多分奴隷商人とかじゃねーの?」
「ど、奴隷商人って……」
あまり穏やかでない単語の登場に、女性はさらに困惑していく。
思わず少女を撫でていた手を止め、少年へと言葉を続けた。
「でも、それなら尚更ご両親と会わなきゃですね。きっと今頃心配してま―――」
「……っ」
「あ、え?」
少女は胸元に埋めていた顔を上げ、少し頬を膨らませながら不満そうに女性の顔をじっと見つめる。
しかし女性が少女へと顔を向けると、慌てて視線を外した。
「あ、えっ、と。よしよし……?」
「っ!? ……♪」
女性が再び少女の頭を撫で始めると、少女はどこか満足そうな笑顔でうにうにと顔を胸元へと擦り付ける。
まるで喉元を撫でられている猫の尻尾のように、少女の背中の羽はパタパタと動いていた。
「う、可愛……じゃなくて! とにかく、ここから移動しましょうか。通行の妨げになってますし」
女性は困ったように微笑みながら少年へと顔を向け、言葉を紡ぐ。
少年は整った女性の笑顔を正面から見つめると気恥ずかしそうに顔を背け、ぶっきらぼうに言葉を返した。
「あ、お、おう。そーだな……」
「??? あ、ま、待ってください!」
少年はそっぽを向きながら頭を掻き、そのまますたすたと歩き出す。
女性はそんな少年の態度に疑問符を浮かべながらも慌てて少女を抱きかかえ、少年の後ろを追いかけた。
「「「…………」」」
女性へと声をかけていた店主達は立ち去っていった女性達を見送り、互いの顔を見合わせる。
その後再び視線を戻すと、もう女性の後姿は見えなくなっていた。
「なあ、なんかさ。俺ら完全に蚊帳の外―――」
「言うな! 空しくなる」
店主達はお互いに励ましあいながら、再び旅人たちへの声かけを再開する。
こうして大通りで起きた小さな騒動は幕を下ろし、女性と少年少女の3人は一直線に街道先にある広場に向かって駆け出していた。




