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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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悪夢の終わりと破滅の始まり31

昨夜は眠れなかった。

俺は中庭の真ん中で陽ざしを浴びながら深く息を吐いた。

黄色くすら見える蒼天に輝く太陽を見上げて、体感温度を計りながら、そう思う。

赤谷と四人のプロポーズを間近で見た俺と司達はなんとも言えない空気の中、集団で使っている元領主の家で、それぞれ別れ部屋に入った。現在、元領主の家にいるのは英雄一同七人、赤谷の恋人たちが三人、英雄達をしたう元農奴の獣人が八人、そこに俺、妹の七歌、苺さんの三人が加わり、合計二十一人。その人数でも収まる大きさの家だが、昨夜のゾンビを見たら拳銃片手に歩きたくなってくる。やはり最後にロケットランチャーが落ちてくるのだろうか。それはともかく、俺よりヘタレな男と勝手に思っていた赤谷の意外な甲斐性に自分を省みて……昨夜は眠れなかった。結局の所、俺は苺さんを恋人と言いながら司への回答を保留している。

いや、一度はっきりとは言ったのだが、その後の司のアプローチにズルズルと苺さんを巻き込んで今まで来ている。

赤谷は蒼井さんが本命だったみたいだ。しかし、マリーさん達からも好意をもたれ。そして昨日、全員にプロポーズした。

それを見ていた司と苺さんは沈み込むような深い息を吐き、七歌は無色透明な瞳を俺に向けて「あんたはどうすんの」言葉なく語りかけてきた。

確かに、赤谷がしたように「皆が好きで離したくない」ってのはありと言えばありなんだろうけど、俺が、司と苺さんの両方を選ぶのはなんかおかしいだろ……。

じゃあ、俺は誰を選ぶべきなのか。

苺さんか司か。

用意されていた部屋のベッドの上、贅沢で、くだらない事を悩みに悩んでいるうちに陽が昇っていた。


「お兄ちゃん。おはよっ!」

「直樹。早いわね?」


ボーッとして立っていたら元気な司とクスクス笑う苺さんが中庭を見渡せる窓の向こう、テラスの入り口で俺を見ていた。


「アニキ……あんた何、光合成しているのよ。」


日本で言えば初夏の優しい陽ざしの中、無意識に両手を高く広げていた俺は七歌の言葉に我に返る。


てーのひらをー

「直樹って、時々謎よね?」

「い、いや、これは……その……。」

アメンボだってー

「アニキがおかしいのは昔からだから。いいから手を下ろしなさいよ。」

「お、おう。」

みんなみんなー

「ったく。他の人もいるのに。みんな笑っていたわ。」

「マジかっ見られてたのか。」

ぼっくらっはー


耳に心地良い声で歌うから余計に腹が立つ。調子に乗って二番を歌い出した司の頭を脇に固め、ヘッドロック状態でゲシゲシ小突く。


「いたたたー。いたいよぉ、お兄ちゃぁん。」


もちろん、手加減しているから、それほど痛い訳が無く大袈裟に痛がる司は「えへへ」と笑っている。


「あなた達ーっ! 朝御飯出来てるわよ。はやく食べなさ~い。」


そんなじゃれあう俺達に、初めて聞く蒼井さんの甘い声が届き、誰からとも言わず始まったクスクス笑いが広がり。

今日は良い日になる。

確信した朝だった。




この世界には、稲が無い。葦は有るのに稲に該当するのは無いのだ。これはゲームとして、この世界を楽しんでいた時に隅々まで調べたからおそらく間違い無いだろう。

この世界の主食は麦を砕いて捏ねて焼き上げるパンだ。それも膨らむ柔らかいパンではなく、ナンのように平べったく焼いたパンを細長く短冊状に切られた物で食材……肉や肉や肉や肉と野菜に巻き付け食べるのが一般的になる。というか、それしかない。

しかし、麦は塩害に弱く、この土地のように塩を撒かれた土地では収穫は難しい。だから、俺は塩害に強いといわれる水田による農法と海辺でも生えるほど塩に強い葦との交配種である対塩害稲穂で定期的かつ大収穫を狙う……それが俺のプランの全てだ。まだ、実験的な側面が強いので収穫量に不安が残るが大学での小規模農業では期待通りの収穫が出来ている為、博打を打つような状態ではない。とはいえこの稲を実際に塩の被害を受けた土地で発育させた時、どんな育ちかたをするのか、そのデータ取りの名目で大学から持ち出しているのだから、数通りの違う育成環境を作るようにお願いしたのだが。


「農地はここら辺から、あの海辺に近い岩の辺りまでですね?」


俺が地図を見ながら場所を確認した後、獣人の一人が「そうです」と返事をする。厳つい熊みたいなスキンヘッドのオヤジが俺のような若輩に丁寧な言葉を返すのは違和感が物凄いのだが、この世界での獣人は人族に強く出る事が出来ないので我慢するしかない。


「じゃあ、水源は……。」


この土地の水源は塩水になっている筈だけど?

ちょっとだけ首をかしげて蒼井さんを見る。蒼井さんは肩をすくめてかなり遠くにある岩山を指した。ざっと見て十キロ位か。あそこが水源だとすると長い水路を作らなくては。


「二本柳君。農地はここで良いのかな?」


小太りの男が魔法学校の教師みたいな服を着ている。だだ、ビール腹と言っていいのか、胸が薄く腹はポッコリしているので、あの映画に出てくる人のようなかっこのよさはない。


「あ、はい。そうですね、紫さん。後は土を入れ換えて、水路を作って、塩分が抜けやすいように地面の下側2メートルぐらいに排水溝を作って土に残る塩分を抜いていきます。これは時間がかかりますから来年に使えるように今から準備しておく分ですね。」

「いやいや、後になれば面倒な気持ちになってしまうから今、やってしまおう。」


俺がざっとした流れを言うと紫さんは手にもつ杖を地面に向けて、サッと振った。

ズゾゾゾゾッ。

同時に土が盛り上がり2つの腕と2つの足がある人形が出来あがる。それも1000の桁かと思うほどの数が起き上がり驚いて見ている俺の前を行儀よく行進して行く。

ザッザッザッザッ。

意外に早足な土人形が向こうに行進して行った後、向こう側から違う土人形が早足でやって来た。

サクサクサクサク。

軽快な足使いでやって来た土人形達は向こうに行ってしまった土人形達が起き上がった場所にうずくまり平らに慣れていき……


「これで土の入れ換えは終わったねぇ。」


時間にして10分ほど。塩で硬く引き締まった土は何処から来たのか滋養豊かな土へ変貌していた。


「それじゃあ、水路は俺が。」


赤谷が腰の剣を抜いて、両刃の剣を片手で構える。


「一式、穿牙。」


気負いの感じられない赤谷は小さく呟くと無造作に剣を突き出した。俺の目には赤谷が構えて、気づいたら剣を突き出した姿で止まっていたのだが、


「バ……赤谷は剣の腕前は凄いんだよ。あの技は剣を音速を越えて突き出しすことでソニックブームを起こすんだ。」


司の言う通り赤谷が剣を突き出した先から何かの力が地面を抉りながら水源があると言う岩山へ真っ直ぐ進んでいた。

だが。


「ソニックブームってそんなもんじゃねーだろ……。」


岩山との間にある物を壊し砕きながら、ソニックブームって名前の何かの力が進んでいる。見るみる遠くに飛んでいき、やがて何かにぶつかった音が響いた。


「淳くん、田んぼの排水溝も、よ?」

「分かっているよ。」


赤谷が数回、剣を振ると深さ2~3メートルくらいの溝が縦横に幾つも出来ている。


「剣、振った回数と溝の数が合わね……。」


赤谷は()()、剣を振っただけ。しかし、そこそこ深い排水溝は1000体に及ぶ、人間大の大きさの土人形が収まる土地にかなりの数が存在した。


「次は私ね。」


蒼井さんが声も高らかに宣言して


「荒ぶれ汝。汝の名は破砕なり。」


蒼井さんのかぶる三角の帽子の遥か高い位置に輝く光が生まれ、光は大きく、そして鋭くなっていく……。


「メルトダウン」


いや、ダメだろっ!?

それはダメだっ!

しかし、俺の声は蒼井さんには届かず目が痛くなるほどの輝きは岩山に突き刺さった。

ゴ、ゴゴゴンッ!

凄まじい音が辺りを揺すり、某発電会社が水蒸気爆発と説明したきのこ雲が岩山の中腹辺りから上がっている。どう見ても水蒸気爆発には見えないのだが、水源は無事なんだろうか……。


「ちなみに原子を掛け合わせている訳じゃ無いから水は大丈夫よ?」


言いながら、蒼井さんは片手を額に当て遠くを見るように。


「……ちょっと、やり過ぎたかしら。」


一人言だったのだろう。普通なら聞こえる筈がない小さな声。だが、風のイタズラか、聞こえてしまった。聞こえた蒼井さんの声は「やり過ぎた」と言う割りには弾んでいて……俺の中にあった”大人の女性“としての蒼井さん像がガラガラと音を立てて崩れていく。


「そうだよな……忘れてたよ……。」


俺は忘れていたのだ。できれば忘れたままにしたかった。

蒼井さんはホウキに乗って音速を越えて行く超人(ヘンタイ)だったんだよな。


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