悪夢の終わりと破滅の始まり30
午前中に蒼井さんに連れられてホウキに乗って生身でマッハの世界を経験して、目的地に着いたと思ったら、どう見ても死体としか思えないモノに追われ、逃げて隠れて気がついたら俺と同い才くらいの赤谷を子供扱い。
今日はなんて日だ。
マリーさんは司にナイフを蹴飛ばされた後、追いついたキャロラインさんとノーラちゃんに捕まり、キツい目を俺に向けている。
しかし、赤谷がマリーさんを大事にしているように見えなかったり、奴隷のまま奴隷扱いしない事に苛ついたのだ。
そんな赤谷のどこがいいのか庇うマリーさんに軽くダメだしをした俺は、自然な動きでジト目の司、七歌、苺さん、蒼井さんを視線から外した。
「……マリーさんが赤谷を、物凄く好きなことは見ているとよく分かります。けど、そこで庇うのはちょっと違いません?」
赤谷はマリーさんが「奴隷のままいたい」と言ったから奴隷のままにしていると言った。マリーさんも赤谷にそう、願っているから構わないでくれとは言っている。
「赤谷も気づいているんだろう? なんでほっとくんだ。」
ビクッ。赤谷の目が泳ぐ。
「マリーさんは奴隷のままでいたい訳じゃない。赤谷と離れたく無いから奴隷でいるだけだ。赤谷と一緒にいたいから”奴隷“でいるだけなのに、赤谷。お前はマリーさんに何をした。」
実際に会ったのは今日一日というか、半時間もない間だけだが、客観的に司と再会してからの俺を見ればこんな感じだったんだろう。言い訳ばかりして好意の上に座るようなまね。見ていて気持ちが悪い。
「答えろよ。マリーさんを必要な仲間と言ったその口で、マリーさんを奴隷と言い切って、お前はマリーさんに何をした! マリーさんをどうしたいんだ!」
次は俺が司を助けるって言っておきながら、司が頼ってきた時にスルー。司より大事な人がいるって言っておきながら、司を優先して苺さんを悲しませて蒼井さんに言われた「司君をどうしたいの?」。まさか、俺がこの言葉を言うなんて。
はぁ~ん? ふぅ~ん? ほっほぉ~う?
視線が痛い、痛い。絶対、向こうは見れない。
「……そう、ね。」
見れないって思っていたが、蒼井さんが頷く気配がした。そして赤谷に近づいていく。
「淳くんなら私が言わなくても気づくとは思っていたわ。けど、わざわざ言ってくれたんだから淳くんはハッキリとさせた方が良いのかもしれないわね。いろいろ経験した人が言うのだから間違いないでしょうし。」
蒼井さんの言葉がささくれだつ指のように痛い。
「私は、マリーさんは……嫌いではないわ。……その。……キャロラインも嫌いではないし、ノーラも。」
さっきまで盛大な喧嘩をしていたのに、蒼井さんは少し赤い顔をして言った。そして、息を飲む音が三回聴こえる。
「………たぶん、私達はうまくやっていけると思うの。」
俺は蒼井さんが、赤谷のハーレムを否定して自分だけを選べと言うんじゃないか、と思っていたから肯定するような事を言うのに驚いた。
「……アオイ……。」
誰の声か分からないが驚いたのは俺だけじゃないようで、かすれた声が流れて
「私は貴女を蹴落とす気だったのに……。」
この声は元貴族の金髪娘だ。かすれているから蒼井さんまでは聞こえないとは思うが、聞こえていたら大惨事だよ。
「淳くんは、初めて会った時から言っていたものね! 俺はハーレム王になる、だったかしら?」
蒼井さんが言葉を重ねる度、俺の中で赤谷の評価がドンドン低くなっていく。俺ですら、そこまでは言えない。てか、初めて会った時から何を言ってんだ、こいつは。
司も大変だったろうな、とチラリ見ると。
司と七歌と苺さんの三人は黙って俺を見ていた。
その目は……。
「お。……俺は違う! 俺はそんな事していない! 言ってない!」
首を横に振り、まさかの事に狼狽える俺。
「そんな馬鹿な事を言っていた淳くんを好きになったから、覚悟は出来てるわ。」
蒼井さんは、そんな俺を無視して赤谷に近づいて
「ハーレムを作りたいのでしょう? このまま奴隷として付き合うのか、マリーさんを奥さんの一人って見るのか。……ハッキリしなさい!」
赤谷の頬を両手で優しく包んだ。
「蒼井さん……。」
蒼井さんの言葉に思わず呟いた赤谷は、視線で何かを蒼井さんに問いかけ、蒼井さんは赤谷に小さく頷いた。
「ごめん。それと、ありがとう。」
ギュ。
そんな音が聞こえた気がするぐらい固く抱き締めた後、蒼井さんをその場に置いて赤谷は押さえつけられたマリーさんまで歩いていきキャロラインさんとノーラちゃんの二人はマリーさんを放して離れた。しかし、それに気づかないマリーさんは、後ずさり赤谷から逃げようとする。
「マリー。俺にとってマリーさんは旅の仲間ってだけじゃない。奴隷でもない。」
イヤイヤと子供みたいなマリーさんを逃がさないとばかりに抱き締めマリーさんの顔をまっすぐ見て言った赤谷は
「マリー。俺は君の首輪をとるよ。そして、君が良ければ俺の……奥さんになって欲しい。」
言うと同時にマリーさんの首輪が弾けて燃え落ちていく。
マリーさんは目を見開いて
「私はただの村娘で何の役にもたたない女です。勇者様と一緒になるなんて……っ!」
自虐するマリーさんの言葉を口を塞いで止めた赤谷は
「違う。俺は勇者じゃないよ。俺は淳って言うんだ。」
耳もとで囁いた。
「ジュンさま……。」
「様はいらないんだけどな。……マリー、俺の奥さんになってくれ。」
「……あ、蒼井さんが……。」
「今はマリーの事だけを見るよ。」
「……よろしいのですか?」
「俺はマリーを奴隷って思った事はないよ。だから、マリーも俺を主と見ないで一人の男として見てくれ。……答えを聞きたいな?」
マリーさんの目からポロポロと涙が溢れていく。
「わ……私。あきらめなきゃって……私、奴隷だから一緒にいるだけでいいって思わなきゃって……勇者様……いえ、ジュンさまのお側で、蒼井さんやキャロラインさん、ノーラさんのお子様をお育てする事であきらめなきゃって……。」
「俺、俺とマリーの子供も見たいな。きっとマリーみたいに周りに気を使う優しい子供だよ。」
「ジュンさまみたいにやんちゃかもしれません。」
「俺の、奥さんになってくれるね?」
「……はい。」
赤谷に抱きついてうつむき加減のマリーさんから、ようやく”良い返事“が聞けた。奴隷として会わなければ、話はもっと早かったのに。
しかし、赤谷のプロポーズを見ていたのは、蒼井さんだけじゃない。ややたって、マリーさんが落ち着いてきて赤谷から離れると
「次は私ね。」
「ずるい。次はあたいだよっ!」
キャロラインさんとノーラちゃんも赤谷に抱きついてマリーさんは苦笑、蒼井さんは肩をすくめる。この日、赤谷はキャロラインさんにもノーラちゃんにもプロポーズをして、蒼井さんにまで、改めてプロポーズした。
俺達は、それをずっと見ていた訳だが。
俺は知らなかった。
将来、ノーラちゃんが始めに子供を産む事も、次はキャロラインさんでマリーさんと続く事も。
子煩悩な蒼井さんが自分の子供がいないからと三人の子供を甘やかせて三人から怒られる事も、そこから第一婦人と第二、第三、第四婦人との戦いが始まる事も。
そして50才近くなり、自分の子供を諦めた蒼井さんが婦人を辞めたいと泣き出して、他の婦人達が慰める事も、そんな中、蒼井さんが妊娠した事が分かって婦人達が盛大なお祝いをする事も。
この時、俺は知らなかった。




