悪夢の終わりと破滅の始まり29
「マリーさんをどうしたいんだ!」
怒鳴る俺の言葉に、今にもナイフ片手に飛び出しそうなマリーさんの動きが止まる。赤谷は俺の目の前でビックリした顔をしていた。俺より少し背の高い赤谷を睨みながら、もう一度。今度は腹を狙った一撃。
「ぐっ。」
手加減の無いパンチだったのに赤谷は小さく呻いたきり何事も無かったように立っている。これでもパンチゲームで999の最高点を出した事も有るんだが。星を砕いて地球を救った男だぞ?
「……なんでマリーの事で、お前に殴られなきゃならない。」
赤谷は憮然とした顔を向けて低い声を出す。怒る寸前の苛立ちというかムカつきが感じられる良い声だった。たが、俺は
-なんでお前が怒る。
そんな風に受け流した。
-今、怒っていいのはお前じゃないだろう?
そう、思っている。
赤谷はマリーさんに甘え過ぎだ。赤谷が連れている蒼井さんは元の世界の仲間で魔王討伐で共に戦った仲間で勇者の赤谷の隣に立つ魔女だ。キャロラインさんは元貴族らしく赤谷をそっち方面から助けている。ノーラちゃんは職業、暗殺者だから暗い世界の情報に詳しく陰に潜む護衛として助けていた。しかし、マリーさんは奴隷としてしか赤谷との繋がりはない。奴隷でなければ、自分でも言っていたように”村娘“でしかないのだ。そんなマリーさんが誇らしげに”奴隷の証“を見せて、奴隷である事に執着している。その意味を考えてしまえば。
「勇者様に何をするんですか!」
俺が更に赤谷へ言葉を重ねようとした時、マリーさんの金切声が聞こえ、声の勢いに反射的に逸らした顔の横をヒュッとナイフが空気を裂くように通っていった。耳の上にかかっていた髪の毛が空を舞う。
「うおおおおっ! あぶねっ! 今の危なかったっ!」
ほんっとザクッ! は勘弁してください!
必死に避けた俺だが意外に鋭いマリーさんのナイフ捌きに体勢が崩れ、マリーさんの追撃を避けることは出来そうに無かった。マリーさんが持つナイフが俺の身体に吸い込まれるまでの短い時間に走馬灯の如く司との想い出が頭を巡り……
「お兄ちゃんんんっ!」
想い出の司が俺に抱きついて上目使いに呼んだ声と現実で駆け寄ってきた司の叫びが同時に聞こえて。綺麗な脚が半月を描いてナイフを弾いた。
「……ま。……間に合った……間に合ったよ。……神さま、ありがとう。」
ゼーッゼーッと荒い呼吸を繰り返す司は、マリーさんと俺の間に立ち細い声で呟いた。そして今ごろになって赤谷がマリーさんを押さえる。
「マリー。何て事を……。」
「……勇者様……。申し訳ありません……。」
おもわず出たような赤谷の言葉にガクリ項垂れるマリーさん。司はマリーさんが赤谷に完全に押さえられているのを確認してから俺に向き直ってペタペタ触りだした。
「大丈夫? 怪我してない? 痛いとこは? 僕が全部治すからね。」
顔を両手で挟み右、左と動かし傷が無いのを確認。グイッと顎を上げて首筋の確認。ワイシャツのボタンを外して胸もとを確認してわき腹に手をやり触診しながらズボンに手をかける。
司はどこで覚えたのか、素晴らしい動きで「ああっ」と叫ぶ前に俺の上半身を裸にひんむいていた。
「大丈夫だよ。お兄ちゃんはジッとしてるだけで。全部、僕に任せて。」
怪しげな司のセリフ。さっきまでのゼーッゼーッとした荒い息ではなくハアハアと熱い息をしている。
「大丈夫。大丈夫だから。司、落ち着け。なっ? もう、やめろーっ! 止めてーっ! イヤーッ!」
司の変態ぶりに目が点になった赤谷とマリーさん。
ズボンを脱がそうとする司と、させまいとする俺の戦いを見た遅れてきた七歌と苺さん達は呆れて盛大なため息をつく。
「……イタイ……。」
司は頭を押さえてブツブツ言っているが俺はもちろん、司の頭を手加減無しにどついた七歌も無視した。普段は、そんな風にならないのに時々スイッチが入るんだよな。
その司には金髪ツインテールの黄野さんがいてくれて、また司が暴走しないように見張っていてくれていた。
「……赤谷はマリーさんをどうしたいんだ?」
カッコつかね~。
そう思いながらも話を戻した。
「だから、なんでマリーの事をお前に言わなきゃならないんだよ?」
腕組みをして眉をひそめた顔で返す赤谷にフンと鼻を鳴らして
「成人式を終えた大人が、子供みたいにマリーさんに甘えているから聞きたくなるんだ。」
ビキ。赤谷のコメカミに、怒りマークが生まれた。まあ、俺もだが子供は自分が子供だと思わないものだしな。
「マリーさんは奴隷だよな?」
俺はどう言えば赤谷に伝わるのか考えながら問いかける。
「マリーさんは赤谷と共に旅をして、魔王討伐の手助けをした。」
「……そうだ。マリーがいなければ魔王がどうとかいう前に俺達は旅を続けられなかった。マリーが後ろを守ってくれたから俺達は魔王を倒す事が出来たんだ。」
赤谷はマリーさんの肩に手を置き俺を真っ直ぐ見て言った。そう、そこなんだよ。そこでマリーさんを見ていれば嬉しそうに笑顔になったマリーさんを見れるのに。お前が見るべきなのは俺じゃないだろう?
「……だけど、奴隷だよな。」
今度は問いかけるのではなく、断言して責めるように。赤谷はピクリ頬を引きつらせ
「マリーが、このままでいたいって言ったんだ。」
小さな声でぼそり。
うわっ。自分でも”言い訳“って分かっているみたいだ。自信無げな声だったぞ。
「そうです。私が勇者様の奴隷のままでいたいって言ったんです。あなたにとやかく言われる謂れはありません。」
何となく。マリーさんはそう言うだろうなとは思っていた。
「マリーさん、そんな所ですよ。」
この場合は赤谷を庇っちゃダメだ。
「赤谷と一緒にいたい。マリーさんはそう、思っているのに、赤谷はそんなマリーさんの気持ちを利用しているだけだ。」




