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いとこは聖女様。  作者: 空気鍋
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悪夢の終わりと破滅の始まり28

先週の投稿できなくて申し訳ありません。


何となく口から出た「殴る」っていう言葉は口から出たとたん、妙に頭の中に落ち着いた。


そうか。俺は赤谷を殴りたかったのか。


赤谷が司を呼ぶ度にモヤモヤしたモノが胸を埋めていたが、マリーさんの境遇を聞いてモヤモヤが形になったみたいだ。「殴る」という行為は、けっして褒められるような事では無いけど言葉で伝わらない想いを行動で表すのは有りだろう。ってか、そうされないと分からない人間もいる。


「はあ? なんでそうなるんです?」


今のマリーさんに”縁側で日向ぼっこをするおばあちゃん“を思い浮かべる長閑さは全く無い。何時もは細く開かれたキツネ目も半眼に開かれ、喉元にノコギリを当てられたような威圧がのし掛かる。”顔が良いだけの村娘“と何度も言っていた人とは思えない殺気に満ちた顔だった。


「赤谷が差別用語で呼ばれる一端が分かったから、かな?」


マリーさんの問いかけに回答はぼかしてずれた事を言い返す。


「……。」


お前殺す。そんな目で俺を見る銀髪の女の子。

もしかしたら気持ちだけじゃなく本気なのかもしれない。腰に下げた大きめのナイフを片手で弄っている。今のマリーさんと俺の間は一挙動では詰める事はできそうにない程度の距離しかない。邪魔な物は何もないから、例えばマリーさんがナイフを刺すのではなく投げ飛ばしたら。

司と、やっと会えたのに、ザクリッ! は勘弁して欲しいところである。


「俺は、さ。」


恥ずかしい自分語りにはなるが、頭を掻きながら口を開く。


「自分が鈍感な奴だって知らなかったんだ。」


普通だと思っていた。自分では空気も読めて人に優しく時に厳しく頼られる人間だと思っていた。だが、高校生最後の年に、最後の文化祭の、その日に嫌われている自分を知った。


「クラスって分かるかな……男女混じって30人くらいの集まりでいろんな勉強をするんだけど……。」


文化祭の準備が終わった後、クラスの女の子の一人から打ち上げに誘われて断った翌日には


「誰も話しかけてこなかった。誰に話しかけても返事が返ってくることがなかった。」


その頃、司は小学生なのに昼休みには俺がいる高校に遊びに来ていて、前々から不穏な空気を感じていたらしい。だが、俺はそんな事も分からないまま遂には爆発させた。


「鈍感な事は悪い訳じゃないって言われたけど、親しくしていたはずの友達からも無視されるくらいの事をしていて、気づかなかった俺は。」


いつの間にかクラスでハブられているのが周りのクラスにも伝わっていて。登校の、下校の間に交わされる”ヒソヒソ“に耐えきれず高校どころか家からも出ていく事ができなくなっていた。

司はそんな俺を甘えさせて俺も司に甘えて部屋からも出なくなった訳だが、ある日。司に八つ当たりをした俺は、手加減を忘れ本気で殴っていた。

鼻と口から血を流し動かなくなった司。音を聞きつけ飛び込んできた父さんに蹴飛ばされ、司が救急車で運ばれるのを見ているしかできない俺。

それなのに、翌日、司は震える身体を隠して何事も無かったように俺に会いに来た。その司を見て


「初めて自分をバカだと思った。」


もう二度とバカな事はしない。その時、そう誓った筈だった。けど、司がいなくなって、俺はまた自分が傲慢な人間になっていて。司が戻ってきても、その事に気づかず”大事にしたい人“を泣かせて。泣かせても気づかなかった俺を


「たぶん、人間には二通りの人間がいるんだ。一度の失敗で懲りる頭のいい奴と何度も繰り返す頭の悪い奴。俺は頭の悪い奴で時々、誰かに殴ってもらわないと正気になれないんだ。」


家族が叱った(殴った)

叱られなきゃ分からないなんて子供過ぎる話だけど。成人式を過ぎて数年過ぎても俺は自分で思うより子供だったって事。


「だから? だから、何だと?」


マリーさんが冷たい凍える、まるで冷凍室にいるような声を出した。


「数回しか会っていないけど、赤谷はいい奴に見える。」


マリーさんの片手はナイフの柄を握り目はジッと俺を見ている。いつ、マリーさんからナイフが飛んでくるのか。

なるべく平然とした顔をしているつもりだが、背中は汗でびっしょりだ。逃げ回っていた時より、よほど汗を流している。


「……。」


マリーさんは無言で見ていて凄いプレッシャーをかけてくる。俺はもう口を閉じてしまいたい気持ちを抑え


「マリーさん達が赤谷を嫌っていないのが証拠になるのかな?」


赤谷を罵倒しまくっていた女の子はいたけど、とりあえず別に考えるしかない。


「判断力があって行動も出来るなら、頼りになるだろうし。」


蒼井さん達の争いをオロオロと見ているだけの赤谷は、地面から数えるのも嫌になる程、数多く出てきた動く死体を見るなりテキパキと指示していた。


「だけど、俺と同じで気づかなきゃならない事に気づいてない。忘れているって言うべきかな?」


俺にはマリーさんが誇らしげに”奴隷の証“を見せた気持ちが分からない。赤谷がマリーさんに”奴隷の証“を着けたままにさせる気持ちも分からない。マリーさんにとって赤谷は自分の全てを預ける相手みたいたが、赤谷はマリーさんをどう思っているんだろうか。マリーさんを、どう思っていたら護衛も無しに死体だらけの場所に一人だけに出来るのだろうか。


「赤谷は俺に似ている。大事にしなきゃならない事を大事にしていないのが特に。」


マリーさんは”隷属の首輪(奴隷の証)“を赤谷との”絆“と言っていた。奴隷である事だけが”絆“だと。

なんて細くて薄っぺらい”絆“なんだろう。


「あなたと勇者様は違います。あなたには分からないだけです。」

「ああ、分からない。俺には自分に好意を向けてくれる娘を奴隷のままにしておくなんて出来ないからな。」

「……。だから、私がそれを望んだ。そう、言いませんでしたか。」

「望んだから奴隷にして、望まれたから奴隷のままにする。」


もし、それを司や苺さんが俺に望んだら俺は本気で怒るだろう。俺は、そんな浅い関係を結びたいなんて思えないから。何事かあっても共に考えて共に笑いあえるような、そんな関係になりたいし、顔を付き合わせて笑う時に、命令だから笑っているんじゃないかなんて考えを持ちたくない。


「赤谷はマリーさんが望むから、そのままにしている……じゃあ、赤谷はマリーさんをどうしたいのか分かるかな?」


この短い間では赤谷の気持ちは分からない。だが、もしも俺なら。俺と赤谷が同じ種類の人間なら赤谷は忘れているんだと思う。


「……かまわないで……そう、言いましたよね?」


暗く冷えた声がマリーさんから聞こえた。俺を注視する目は無機物を見るガラスみたいなものに変わっていて、溢れていた殺気も今はほとんど感じられない。しかし虎がそこで獲物を狙っているような透明で純度の高い死気が俺を襲う。

マリーさんはナイフを持つ手に力を込め……俺は怯える身体を必死に動かし距離を取ろうとして……。


「マリー、遅くなった。迎えに来た……ゴッ?」


まるで狙ったかのように、ひょっこりあらわれた赤谷は間に入ってマリーさんに向けてヘラッと笑った。そんな力を抜いた赤谷の頬を俺は容赦なく右ストレートで打ち抜く。


「いいとこに来たっ! 助かった!」


かけ声は赤谷を褒めて感謝の気持ちを伝える。あのままじゃナイフは避けれなかっただろうから絶妙なタイミングで来てくれた。


「来てそうそう悪いが歯を食いしばれ!」

「いやいや、順番おかしいよな? 普通、殴る前に言うよな!」

「ちょうど良かったんだ。」

「なにがだよ!」


さすがに”勇者様“。俺の一撃ではふらつく程度で平然としている。チッと舌打ちをしながら反撃を許さない一言を。


「お前はマリーさんをどうしたいんだ!」


赤谷を殴られて逆上したマリーさんがナイフを振り上げ掴みかかってくるのを避けずに言い切った。


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